第24話 反撃開始

 この村ではイノシシの事をボアという。生前、僕も人並みにゲームを嗜んでいたので、ボア=イノシシという図式は頭には浮かんでいたが、ディエゴの話を聞いて、人間の背丈を超えるイノシシという存在については訝しんでいた。そんな動物が存在していたならば、人間など瞬殺じゃないのかと思う。


 だが、この規格外のイノシシを目にすると、疑いようがない。この世界には純度100%の巨大なイノシシが存在する。


「このボアはデケェな!前回よりデカイんじゃないか!」


 ディエゴは嬉しそうにそう叫んだ。そしてボア=イノシシという図式も正解らしい。じゃあディエゴが言っていた3年前の巨大なボアも、巨大なイノシシということになる。よく倒せたなそんなの・・・。


――――ギィィィィィィ


 巨大イノシシは叫び声を上げ、リカルドとマルコガイル場所へと突進する。


「チィ!」


 リカルドが舌打ちをして、剣を抜き巨大イノシシに向かって投擲する。剣は回転しながら飛翔し、イノシシの眉間に激突し、カキンと弾かれた。


「弾かれた!」


 僕が見たままをそのまま復唱すると、その言葉にディエゴが反応する。


「いいや!あれでいいんだ!」


 ディエゴにそう言われたあと、再びリカルドとマルコを見ると2人はイノシシの突進経路から飛び退いていた。そこで僕は理解する。あの剣は巨大イノシシに攻撃するために投げたわけではなく、イノシシの目くらましのために投げた剣だったのだ。もし、イノシシの突進に何もせずに飛び退いてしまったら、追撃を受け突進を避けることができなかっただろう。そういう判断をリカルドは一瞬のうちに下したのだ。


 そしてリカルドの狙い通り、イノシシはリカルドとマルコに激突することなく通り過ぎる。その光景を見たディエゴは笑い声を上げる。


「デカイ!俊敏!このボアは掛け値なしの大物だな!」


 そう言ってディエゴは斧を構える。そして目を閉じ、祈るように口を開く。


「カリヌ神よ!我に力をお与えください!」


 ディエゴがそう言うとディエゴ自身の体から水色のオーラのようなものが溢れ出して立ち上る。そしてディエゴは目を開けてニヤリと笑った。


「よし行くぞ!」


 そしてディエゴは大地を蹴り走り出す。その光景を見て僕は驚愕した。ディエゴが大地を蹴ると土煙が発生し、ディエゴは目では負えないスピードでイノシシの向かっていく。


「あれは⁉」


 僕が疑問をそのまま口にした。その直後、僕の真後ろから声がした。


「ディエゴめ。カリヌ神の奇跡を前より使いこなせてるじゃないか」


 そういったのはリカルド。リカルドはイノシシの突進から避けるとすぐに僕とルーカのもとへ駆け寄った。


「カリヌ神の奇跡?」


 僕は聞き慣れない言葉を復唱した。それに対してリカルドが眉をひそめる。


「知らないか?カリヌ神の奇跡は、唱えた祈りによって様々な奇跡をカリヌ神から授かることができるんだ。今のディエゴでいうと身体強化だな」


 神の奇跡?唱えた祈りによってカリヌ神から授かることができる?この世界にはそんな物があるのか。祈りを捧げるだけで身体能力の強化をしてくれるなんて太っ腹な神様だ。いや、でも待てよ?ディエゴから魔法の気配を感じる。神の力を授かったというより、体の中から湧いてきた感じ。つまりはオドを使用して体を強化している。ということは、この世界の魔法というのは神の奇跡と呼ばれているのか?いやしかし、アイラは普通に魔法って呼んでたような・・・。


「とりあえず、ルーカとナツト殿はここから離れて村の仲間を呼んできてくれ」


 リカルドは考え事をする僕にそういった。


「と、父さんはどうするの?」


 僕の隣で青い顔をして立ちすくむルーカがそう言った。ルーカは縋るように手を伸ばして、リカルドの袖口を掴む。リカルドは微笑んでルーカの手を握る。


「俺たちはボアを足止めする。その間に呼んできてくれ」

「そ、そんな。巨大ボアの猟は死人がでるって・・・」

「そんな話をしたっけな。でも大丈夫だ。俺は前回のボア退治でも無傷で生還した。今回だって大丈夫だ」

「でも・・・」

「ルーカ。村人を呼んできてくれ。これは大事に任務だ。お前にしか頼めない。やってくれるな?」


 リカルドはルーカの目を見ながらそういった。ルーカは潤んだ目から零れ落ちそうになる涙を袖で拭って歯を食いしばり、力強く首を縦に振った。


「いい子だ」


 リカルドはそう言ってルーカの頭をなでた。


――――ギィィィ!


 その瞬間、再びイノシシが鳴く。その声に驚いて僕たちはイノシシの方に視線を向ける。するとそこにはイノシシとそれに対峙するディエゴがいた。


「これでもくらいやがれ!」


 ディエゴはそう叫びながらジャンプし、イノシシの胴体に向かって斧を振り下ろす。


――――ギィィィ!


 ディエゴの斧はイノシシの胴体に炸裂し、血が吹き出す。だが遠目から見てもその攻撃は精々薄皮を切り裂いたに過ぎないとわかる。


「チィ!硬えぇな!」


 ディエゴがそう言った直後、イノシシは身体を捩ってディエゴに体当たりをする。


「守り給え!」


 ディエゴはイノシシの体当たりで吹っ飛び、森の奥に飛ばされる。


「リカルド!」


 次に声を発したのはマルコ。マルコはリカルドの剣を拾い、リカルドに投げていた。


「サンキューマルコ」


 リカルドは剣を掴んでマルコに礼を言うと、剣を構えて叫ぶ。


「行け!ルーカ!」


 そう叫んだ直後、イノシシは僕やリカルド、ルーカがいる場所に向かって突進してくる。


「あっ・・・あっ・・・!」


 ルーカはイノシシの行動を目視すると、恐怖のあまり立ちすくんでいる。


「チッ!」


 リカルドが舌打ちをすると剣を手放し、僕やルーカに覆いかぶさる。


「父さん!父さん!」


 ルーカがリカルドの名前を連呼する。


「頭を下げてろ!」


 そう言ってリカルドは僕らを地面に押し付ける。それは僕らがイノシシの突進に巻き込まれないようにだとすぐに理解した。そして同時に、リカルド自身は突進に当たる覚悟を決めたのだろう。


「カリヌ神よ!我々をお助けください!」


 リカルドはそう叫んで目を閉じる。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 ルーカは叫ぶ。


「封印能力!」


 そして僕はその瞬間、封印魔術を展開。リカルドとイノシシの間に光の壁のようなものが出現させた。その壁は指定方向の通過を封印したもので、つまりそこを風であろうがなんであろうと、この世の殆どものはこの壁を正面から通過することができない。


 巨大イノシシはその壁に直撃する。


――――ギィィィィィ⁉


 イノシシは突然現れた壁に激突した事実がわからないと言いたげに鳴き声を上げて倒れる。


「おいおい⁉」

「これは・・・」


 ディエゴとマルコが驚愕の声を上げた。その声を不審に思ったリカルドが目を開けて、イノシシの方を振り向いた。そうするとそこには光の壁の向こうに倒れているイノシシが目に入る。


「これは一体?何が起きたんだ?」

「封印能力・・・檻」


 リカルドがそういった直後、僕は再び封印能力使用した。壁からイノシシを囲う檻へと形を変化させた。リカルドは僕の方を見て口を開く。


「これはナツト殿が?」


 そう聞かれたので僕はうなずく。


「はい。えーっと。これはカリヌ神の思し召しです?」


 僕がわけも分からず適当な事を言う。この世界では魔法を使うにはカリヌという神に祈る必要があるらしい。それがリカルドたちだけなのか、それともこの世界に住む人間は全てそうなのかは現在の時点では判断がつかない。なので、とりあえずカリヌ神のおかげということにしておこう。


「おお!もしかしてナツト殿は国家認定魔法使いですか⁉」


 リカルドが大声で僕にそう質問した。


 まーた聞き慣れない言葉を言われた。国家認定魔法使い?なんじゃそら。全然意味がわからん。よくわからんがこれってうなずいてたほうがいいんだろうか?でも"国家認定"という言葉がついているということは、その身分を語ったりすると罰則があるんだろうか?下手したら極刑とか・・・。


「えーっと・・・そんなところです!」


 僕は悩んだ挙げ句、それとなく濁したような言い方をした。日本人大好き玉虫色発言。もちろん僕も好き。


「おお!そうとは知らずご無礼を!」


 リカルドは僕が国家認定魔法使いだと勘違いすると、妙に畏まりはじめた。やっぱりこれ身分を語ってはいけない類のものだったのかもしれない。失敗したかも・・・。


――――ギィィィ!


 僕が思い悩んでいる間にイノシシが立ち上がり、鳴き声を上げながら封印能力の檻の中で暴れだす。


「くっ!まだ意識があるか・・・」


 リカルドがイノシシの方を向いてそうつぶやいた。その直後、イノシシは檻に突進して僕が作った封印能力の檻を突き破った。


「ルーカ!助けを呼んでこい!」


 その様子を確認したリカルドはルーカに向かってそう叫んだ。


「でも・・・!」

「大丈夫だ!ナツト殿がいる!助けを呼んでくる間は持ちこたえられる!」


 ルーカは頷くと森に向かって走り去る。その様子を確認したリカルドは一瞬微笑んで、すぐに険しい表情でイノシシを睨む。


「よし!捕まえるぞ!ナツト殿!」


 リカルドは先ほどとは打って変わって意気揚々と僕にそう叫んだ。

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