第23話 待ち望んだ出会い

「今までで一番大きな獲物はだな。3年ぐらい前にすげぇでかいボアがいきなり襲ってきてよ」

「へぇ。ボアは小さくても危険ですけど、それの大きいやつが出たんですか?」


 道すがら僕はディエゴに狩りについて色々話を聞かせてもらっていた。僕が質問すると、ディエゴは嬉しそうに笑いながら答えてくれる。


「おうよ。そりゃもうデカかったぜ。今まで見たこと無いぐらいにな」


 がはは!とディエゴは豪快に笑う。


「この辺じゃそんなのも出るんですね」

「まぁたまにな。といっても人間の身長を超えるようなやつは3年前のそいつしか見たことがない」

「本当にたまにしかいないんですね」

「そうだ。そういう大きいやつは森の主となって群れのトップに君臨するから、森の奥から出てくることはない。人里に近づくのは縄張り争いに負けたやつばかりだからな」

「なるほど。それで、そんな大きな奴をどうやって倒したんですか?」

「それはな・・・・」


 ディエゴは嬉しそうに笑う。それを見ているマルコが口を開く。


「まーたディエゴが自慢話を始めたよ。あの獲物は僕ら全員で倒したというのに」


 呆れ気味の声にリカルドが返事をする。


「まぁ最後の一撃はあいつがやったからな。自慢したい気持ちはわかる」

「そうだけど、あの話を宴会の度にきかせられちゃあね」


 マルコはため息をつく。それを見たリカルドが笑う。


「ははは。たしかになマルコの言うとおりだな。しかしもう3年も経つのか」

「時が過ぎるのは早いね」


 リカルドがマルコの言葉にまったくだと頷く。


「それで最後の最後!追い詰められたボアが暴れだして無茶苦茶に突進し始めたんだ!それで村の奴も何人か吹き飛ばされた!」


 ディエゴは荒々しく声を上げて、臨場感たっぷりに説明する。


「おお!それは大変なことに!」


 僕もディエゴの話が楽しくなって、少々大げさにリアクションをした。


「だろ?俺はこのままじゃやばいと思った。そこで俺はこの自慢の斧を持ってイノシシにこう叫んだ。こっちに来てみろよ!ってな!そうすると、ボアが俺の方を見て突進してきたんだよ」

「おお!それで⁉」

「向かってきたボアは思ったより速度が早くて、右にも左にも避けられないとすぐに悟った。だったら正面しかねぇと覚悟を決めて俺は斧を構える。そして突撃する瞬間、タイミングを合わせてボアの眉間に斧を振り下ろした!」

「おお!」

「当然俺はその勢いで吹き飛ばされた。そのときに体の至る所が骨折してしまったが、何とか一命をとりとめていた。それでボアの方を見るとボアも倒れていて、足をバタバタとさせながら苦しんでいた」

「倒せたんですか?」

「ああ。ボアはしばらくしたら動かなくなった。村の連中がその後で確かめたが、ボアはその時死んでいたらしい」

「おー。すごい話ですね」


 僕がそう言うと、ディエゴは僕の肩をポンポンと叩いた。


「だろ!」


 感極まったのか挨拶したときよりも数倍後からがこもっており、おかげで先程の数倍のダメージを受けることになった。これはしばらく腕が上がらないないなと内心では思った。


「へぇ。そんな事があったんですか」

「まぁそのボアは村に運ぶのも一苦労だったけど、大きなボアを倒せたおかげで干し肉はたくさん作れたしな。半年は狩りにでなくて良くなったぜ」


 ディエゴはまたがははと笑った。僕は一緒に話を聞いていたルーカに向かって口を開く。


「すごいねルーカ」

「ああ、話自体はすごいな」


 話を聞いて興奮している僕と打って変わって、ルーカの口調は非情に冷めている。ルーカは狩りに行きたいから、父親に連れて行くようにねだっていたのに、狩りの話は興味ないのかな?


「話自体って?」

「そりゃもうその話は何回も何回も何回も聞いているからな。今更驚きようがない」

「何回もって・・・」

「エールを呑むといつもその話を始めるんだよ」

「そうなんだ・・・」


 確かにディエゴはこの武勇伝を話し慣れている様子だった。つまりは何度も話すうちに話が洗練されたのだろう。


「もうすぐ2つ目の罠の場所につくぞ」


 リカルドが僕らに向かってそう言った。僕ら全員は頷きを返す。そしてしばらく歩くとまた鉄檻が見えてくる。


「ありゃりゃ。これもダメだな。しかもここの罠、餌だけ食い荒らされてる」


 マルコがそう言った。その言葉に対して、リカルドが口を開く。


「頭のいいやつがいるんだな」

「そうですね。もしかしたら主が森の奥から来てるかもしれません」


 マルコがそう言うと、ディエゴが叫びだす。


「おお!また巨大なボアがいるというのか⁉腕が鳴るな!」

「いやいや。主級のボアがいたらすぐに逃げるよ」


 嬉しそうなディエゴに対して、マルコは冷静になだめる。


「どうしてだ⁉」

「多大な被害が出るからだよ。前回だって数名死んだだろ?」

「それはそうだが・・・」


 マルコの言葉を聞いたディエゴは落ち込んだ。そのディエゴを横目にリカルドが口を開く。


「よし。じゃあ最後の罠のところへ行こう」

「おー」


 一同はまた移動を開始する。僕とルーカはマルコの近くに歩み寄って口を開く。


「ディエゴさんが言っていた狩りで死人が出たっていうことですが、やっぱり狩りってそんなに人が死ぬんですか?」


 僕の質問にマルコが答える。


「確かに狩りは人死が出る可能性があるけど、基本的には死なないよ。猟にこなれて来ると皆、自分じゃ敵わない動物っていうのがわかってくる。そういった相手には近づかないから」

「なるほど」

「3年前の巨大ボアは突然の遭遇だったし、周りの動物は皆殺して回っていたぐらい荒ぶっていた。そんなのに遭遇したら何人かやられることもあるってこと。基本的には動物も僕らには近づかないから危険は少ないよ」


 マルコはディエゴと打って変わって、淡々と説明をしてくれる。マルコは僕が頷いているのをチラッと確認して話を続ける。


「でもその危険な猟を少しでも安全にするために僕が色々と罠を仕掛けてる。初めから捕まっていれば怪我する可能性がぐっと減る。僕はそのために日夜罠の試行錯誤を続けてるんだ」

「へぇ。すごいですね」

「そうだろ。すごいだろ?僕の凄さを今度ディエゴに説明してみてくれ。何回言っても獲物に突っ込むからねあの単細胞は」

「ははは」


 僕はイメージ通りだなと苦笑いを浮かべる。


「一昨日ぐらいに、ボアの肉を食べただろ?あれは僕の罠が捕まえたやつだ。あのサイズの動物はなかなか捕まらないから、村のものでもなかなか食べられない。君は運がいいよ」

「へぇ。あれはマルコさんが捕まえたやつなんですか」

「罠を仕掛けたのは僕。おかげで生きたまま村に運べたし、新鮮な肉を解体できた。狩りじゃあなかなか生け捕りって難しいからね」

「たしかにそうですね」


 僕はふむふむとうなずきながらマルコの話を聞く。その様子を見ながらマルコは微笑んだ。


「君は話し甲斐があるな。狩りに行くような奴らはこの事をあんまり理解できないんだ。獲物は倒して連れてくるのが男らしいと言っている」

「ははは。ディエゴさんはそう言いそうですね」


 僕が笑ってそう返すと、リカルドが近づいて来て口を開く。


「いやいや。俺だってお前の話聞いてるだろ?罠は良い。楽して獲物を捕まえれる」


 そう言い放つリカルドにマルコはため息をつく。


「はぁ。罠ってのはただ仕掛ければ良いもんじゃない。動物の痕跡を追って、その動物がどんな性格をしているか、どういう物に引き寄せられているかを観察して、行動ルートに当たりをつけて仕掛けるんだよ。決して楽じゃない」

「わかってるって。でも、生け捕りできるのは良い。新鮮な肉が食べられるんだからな」

「ま、リカルドはその程度の理解でいいよ」


 マルコが呆れ顔をする。


「おっと。もうすぐ最後の罠の場所だ」


 マルコを横目にリカルドがそう呟いた。そして一行はしばらく歩くと最後の罠の場所にたどり着く。


「ああ。今日は全滅か」


 マルコが残念そうにそう呟いた。


「ここの罠はまた使おう。でももっと罠に掛かる確率を上げられないなぁ」


 マルコが気を落としながら罠を再び仕掛け直すと、それを確認したリカルドが口を開く。


「昔に比べたらずいぶん捕まえられる確率は上がってるよ。上々だ」

「そうだぜマルコ!罠がかからなかったって俺が獲物を捕まえてやるから安心しな!」


 マルコに向かって叫ぶディエゴを見ながら、マルコはまたため息を付いた。


「そうかそうか。ありがと」

「おう!」


 マルコとディエゴを苦笑いで眺めていたリカルドが口を開く。


「よし。じゃあ獲物を探すぞ。鳥とうさぎとかを探していこう」


 リカルドがそう言った。その直後、茂みでガサガサという音が響く。一同はその音に驚いて身構える。


「音がしたな。うさぎか?」


 リカルドは隣りにいるマルコに極力声を抑えて話す。


「わからないけど、うさぎにしては音が大きかったような・・・」


 マルコがそう言った直後、茂みの中から音の正体が現れる。


「これは!」


 リカルドは思わずそう叫んだ。その直後、音の正体は高らかに鳴く。


――ギィィィィィィィ!


 鳴き声は轟音となって響き渡る。その音の正体は人間の背丈を有に超える強大なイノシシだった。

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