第27話 猪突猛進
――――パリーン!
僕の封印壁が破られるときはガラスが割れるような音がすることを知った。
僕が迫ってくる巨大イノシシの方向へ作り上げたその名も封印壁。その封印は"侵入"という概念を封印し、まるで壁を一瞬で作るような能力。一見強そうな能力だが、僕が練ったオド以上の物理的な力が加わると破壊されることがたった今、判明した。
それほどの巨大な力が加わるという状況はそんなにないので、得難い経験だと言える。だが、ドヤ顔で貼った封印壁を、巨大イノシシが突き破って僕を轢き殺しかけた現状を考えると、両手を上げて喜べるかというと難しいところだ。
僕が展開した封印壁を突き破った巨大イノシシは、巨大な鼻で僕をしゃくりあげた。それだけで木材がひしゃげるほどの大きな力が加わるが、その力は封印魔術である程度減衰させ、減衰しきれなかった分は身体強化魔法を施した僕の体で受けた。おかげで骨一本も折れずに空中に投げ出されている。
とはいえ、完全に痛みを消しされたかといてばそうではなく、体のあちこちに打撲、擦過傷を受けてしまう。さらに、しゃくりあげて空中に打ち上げられた僕の目下には、落下を今か今かと待ち望む巨大イノシシがいる。きっとこのまま僕が落下してしまえば、僕は嬲られて殺される。なんて性格の悪い生き物なんだこの野郎。
とはいえそんなことされてはたまらないので僕は何かしらの手を講じなければならない。右手に先程封印した巨大イノシシの衝撃を玉状にしたものを持ち、振りかぶって僕の真下にいる巨大イノシシに投擲する。
「ようもやってくれたなぁ!この野郎!」
僕は気持ちが高ぶっていたので、思わず力んでしまったが、なんとかイノシシにぶつけることができた。玉がイノシシにぶつかった瞬間、僕はその玉を解除する。
――――ギィィィ!
イノシシは突然の衝撃に思わず鳴き声を上げて、後退りをした。僕はその間に着地し、森の中に身を隠す。そして感知魔法を使用し、周囲にいるはずのリカルド、ディエゴ、マルコを探す。
「・・・・・・いた」
感知した時点で一番近くにいたのはディエゴだが、この狩りの指揮を撮っているのはおそらくリカルドなので僕はリカルドの場所へ移動した。リカルドは木の上に登り、イノシシの動向を監視していた。
「リカルドさん」
僕が声をかけるとリカルドの体はビクッと跳ねる。
「うおっ!びっくりした!」
「す、すみません」
僕もリカルドがびっくりした声にびっくりした。
「おー!ナツト殿!生きてたか!」
「ええ。なんとか・・・・」
「よかったよかった。木が倒れたときは肝が冷えた」
「ご心配おかけしました」
「いいや。無事で良かった。4人の無事が確認できたし、これでとりあえず撤退できるな」
「撤退するんですか?」
「ああ、狩るのは無理そうだ。俺が囮になるからディエゴとマルコとナツト殿は撤退してくれ」
リカルドはそう言って笑った。
「それは・・・」
僕が険しい顔をすると、リカルドは僕の肩に手をおいて口を開く。
「大丈夫だ。俺なら隙きを見て逃げ出せる。合流ポイントで落ち合おう」
リカルドはそう言って微笑む。リカルドは僕らを逃がすために死ぬ気なんだと思った。あんな巨大なイノシシを数分間足止めするだけでも命がけなのに、それを十数分、下手をすると数十分も引き付けて置かなければいけない。その後でもし、逃げ出すチャンスが有ったとしてもその時はヘロヘロになっているだろう。
「リカルドさん・・・」
「そんな気を落とすな。狩りは動物の命を奪う行為だ。狩られる動物だって命がけである以上、狩人である俺たちだって命を落とす可能性はある。俺の場合はそれが今日かもしれないってだけだ。まぁ死ぬ気はないがな」
「・・・・・・・・」
そうだ。狩りというのは命がけだ。狩る方も狩られる方も。狩られる方は当然、命を奪ってくる敵に対して命がけの反抗する。僕はそんなことも理解できていなかった。リカルドやディエゴ、マルコも狩りのそういう面を知っていたから、ディエゴは率先して獲物に突っ込むし、マルコは死亡率を下げるために罠の研究を進めている。僕だけが半端な気持ちでこの狩りに参加した。
「よし。じゃあディエゴとマルコにも撤退を伝えてくれ。一応俺も叫ぶが聞こえていなかったら頼むぞ」
そう言って木から降りようとする。僕はそのリカルドに対して口を開いた。
「待ってください」
「ん?」
リカルドは僕の方を振り向いた。
「どうかしたか?」
「僕に・・・チャンスをくれませんか?僕にあのボアを狩らせてください」
「いやいや無理だよ。いくらナツト殿が国家認定魔法使いだったとしても一人でやるのは・・・」
「方法はあります。一人でもなんとかできますが、手伝っていただければ確率は上がります」
「手伝う?剣も斧も矢もあの巨大ボアにはほとんどダメージないんだぞ」
「ええ。それは見ていました。だからそれを使わないで捕まえます」
僕はじっとリカルドの目を見つめた。リカルドは顎をなでて考え事をした後、口を開く。
「・・・本当にあれを捕まえられるか?」
「ええ」
僕は迷わず断言する。こういった場合は迷ったり曖昧な返事をしてしまうと、信用を欠いてしまう。
「わかった。ただしワンチャンスで、失敗即撤退だからな?」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだがな。とはいえ、どうするつもりだ?」
「それは・・・・」
僕はリカルドにこれからやろうとしていることを説明した。その説明を聞いたリカルドはうなずた。
「なるほど。試してみる価値はあるが・・・そもそもそんなことできるのか?」
「ええ。やってみます」
僕が頷くとリカルドは自分のふとももを叩いた。
「よしわかった!やってみよう。じゃあ準備ができるまで、俺が巨大ボアの注意を引いておく」
僕はうなずいた。
「お願いします」
リカルドは任せておけと言って木から飛び降りた。
その後の僕は急いでディエゴとマルコの場所へ走り、僕の作戦を説明。
「え?ああ、わかったが、そんなことできるのか?」
「概要はわかったけど成功するかな、そんな作戦?」
2人の了解を得て作戦を実行に移す。作戦に関してマルコから色々アドバイスを貰いながら決行する場所を決める。作戦といえば大仰だが、その実、それは極めて単純な罠にかけるという内容だ。だからマルコの存在は貴重だった。
しばらくして罠を作り終わると、僕はディエゴとマルコにその場を預けて急いでリカルドのもとへ走る。罠にはめるために囮の役割を交代するためだ。ディエゴは自分が行ってもいいと言ってくれたが、ディエゴは先程交代したばかりであるうえ、罠の設置も手伝ってもらったので、まだ体力が回復していない。それなら僕がやったほうが生存確率が高い。
僕は感知魔術でリカルドとイノシシがいる場所を特定し、急いでその場所に急行した。
「はぁはぁはぁ!」
リカルドはまだやられてはいなかったが、息を切らして今にも倒れそうなほど疲弊していた。
「リカルドさん!準備ができました!」
「来てくれて助かった!もー無理だ!」
リカルドがそう言って僕のもとへ移動してきた。僕はリカルドとすれ違うと、僕と巨大イノシシの間に封印壁を張った。巨大イノシシなそのままその壁に突っ込んでくる。
イノシシという生き物は、有刺鉄線だろうが電気鉄線だろうが、一度破れると学習したものはたとえ怪我をする恐れがあっても、恐れず突っ込んでくる習性がある。イノシシの突進はそれほど向こう見ずであり、それ故に恐ろしい。この世界のイノシシもそうであるかはわからないが、この巨大イノシシはその傾向にあるようだ。
――――ギィィィ!
イノシシは僕の壁にぶつかるとパリーン一枚目の壁をぶち破った。僕はそうなることを予測していたので、一枚目の壁にピッタリとくっつけて二枚目の封印壁を仕込んでいた。おかげで、一枚目を割ったイノシシはそのまま二枚目に衝突し、叫びながら倒れる。
「お見事!」
僕が巨大イノシシを転がした瞬間を見ていたリカルドが僕に向かってそういった。僕は礼を言って伝えるべきことを伝える。
「ありがとうございます。罠の場所は僕の後方にしばらく言ったところです。そこにディエゴさんとマルコさんもいます」
「了解だ」
そうってリカルドはディエゴ達がいる場所に向かって移動を開始する。
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