第26話 神の奇跡

 僕は目をつぶって、アイラから教えてもらった方法を思い出す。


「目をつぶって、五感に意識を集中してする・・・」


 僕はまずテレパスを使用した。周辺の生物や物の存在を感じる。ここにはリカルド、ディエゴ、ディエゴを追うイノシシ、木の上で矢を射るマルコがいる。それ以外の動物はこの周辺には感じない。もしかしたらイノシシと僕らの戦いにおびえて、ここから離れてしまったのかもしれない。


「すぅ・・・ふぅ・・・・」


 僕は鼻で空気を肺に取り込み、口から空気を吐き出す。感覚をさらに研いで、集中を深める。そしてテレパスで感じられる範囲を更に広げる。


 周辺に生物なし。更に範囲を広げる。まだ何もいない。もっと範囲を広げる。ルーカを発見。ルーカはここから数百メートル離れた場所で、他の村人たちと合流し事情を説明してるところだった。


 今からルーカは村人に状況を説明する。そしてその村人が他の村人を集める。そして村人たちがこの場所へ到着する。この時間をどんなに希望的に試算してみても、僕らが全滅するより早くなることはないようだ。


 となると、全員生還のためには今いる4人でこの巨大イノシシをどうにかしなければならない。一応、逃げるということも考えてみたが、それをするためにはどうやっても引き付け役が最低でも一人は必要だし、その一人はおそらく殺されることになるだろう。


 その上で改めて現在の状況を打開するためには何が必要か。そんなのはじめから決まっている。ディエゴもきっとそのことを見越して僕に神の奇跡とやらを使えるようになれと急かしたのだろう。今考えてみると、とても合理的な判断のように思える。


「すぅ・・・はぁ・・・」


 僕はまた意識を集中する。今度は神に奇跡を願うために集中する。


「カリヌ神。我に力をお与えください」


 心を込めて、言葉一つ一つを間違えないようにそう呟いた。


「駄目だ・・・」


 しかし、なんの力も感じない。改めて僕は思考する。神の奇跡というのはなんだろうか?どういう理屈であのような人並み外れた俊敏さだジャンプ力を獲得しているのだろうか?そしてどうすればあの力が使えるようになるのだろうか。


 僕がカリヌ教の奇跡が使えない理由として考えられる可能性その1は、カリヌ教の信者にのみ使える力であること。可能性その2は信心がたりないということ。可能性3としては、神の奇跡などというものはそもそも存在せず、この世界の人間はもともとあれほどの身体能力を獲得しているということ。


 ぱっと思いつけるのはこの3つか。もし可能性その1が正しければ僕は現段階であの身体強化を使うことができないことが確定してしまう。だから、この可能性については一旦おいておこう。


 可能性その2の信心がたりないということに関しては、リカルドはカリヌ教に対してそこまでの敬意を払っているようには見えなかった。むしろこの地域の土着神を進行しているように感じる。そのため可能性2はないと考える。


 可能性3である、元々この世界の人間はあれほどの身体能力を獲得しているという点もないように感じる。僕らを捕まえた盗賊たちはそこまで際立った動きはしていなかったし、信仰心の低いリカルドが生来の身体能力を使うときにわざわざ感謝の言葉を口にするとも思えない。


 あ、今思いついた可能性その4。神の奇跡はそもそも存在せず、実は別のものだということ。例えばこの世界に存在する魔法。つまり体内オドを使用し、神への感謝という詠唱を行い、行使された魔法が身体強化。この考えは神の奇跡とかいうよりよほど現実味がありそうだ。


 なんでそんな事になっているかはわからないが、それなら一応納得できる。ということはありそうな可能性は1と4。そこから導き出される結論は、神の奇跡に頼らず、テレパスのように自分のオドを使って身体強化をしたほうが確実性があるということ。


「ふっ。だいぶ遠回りしたなぁ」


 自分の愚鈍さに思わず笑いが出る。そういえば僕は生前からあんまり頭良くなかったもんなぁとしみじみ思う。でも、今はそんなことを考えている暇はない。一刻も早く、身体強化魔法を習得してリカルド達とともに戦わなければ・・・。


 幸いなことに体内オドを操るコツはテレパスのときに習得した、それを力として行使する方法は封印能力で体験済み、そして身体強化がどんなものであるかはリカルドたちが実践済み。つまり、材料も道具も設計図もある状態で組み上げるだけの作業だ。これなら僕でもできるはず!


 そう考えて再び集中した。そしてアイラに教えてもらったコツを実践し、ディエゴやリカルドがやっていることを自分もできるようにイメージをふくらませる。


「・・・・・・・・!」


 少しずつ。少しずつだが体に力を感じ始める。自分の体がふわふわと浮き上がるような、それでいて自分の体に力がみなぎっていくようなそんな感覚。


「よし・・・いいぞ・・・!」


 僕が思わずそう呟いた直後。ディエゴが僕に向かって叫ぶ。


「おい!ナツト!ボアがそっちに行ったぞ!」


 僕はその言葉を聞いて慌てて目を開く。すると巨大イノシシが僕が掴まっている木に対して突進してくる。


「ひぃ!」


 突然のことで思わず体が硬直し、顔がひきつる。そんな僕のことを無視して、イノシシは僕が掴まっている木の根元に突進して砕いた。


 うわっ!と言葉を上げる暇もなかった。掴んでいた木ごと吹き飛ばされる最中、目に映る光景を、まるでスローモーションのように眺めていた。


「飛べ!リクト殿!」


 リカルドがそう言う。


「チィ!間に合わねぇ!」


 ディエゴは険しい顔でそう叫ぶ。僕はその2人の顔を見て正気に戻った。そうだ!身体強化魔法!僕はそう思いつくと再び身体能力魔法を使うイメージを頭の中でふくらませる。すると先程のように体が浮くような感覚と力がみなぎる感覚が湧き上がってくる。


 とはいえ、この感覚が本当に正しいのかは自信がない。もしかしたら感覚だけで実際は身体強化魔法は使えていないのかもと頭の中に不安がよぎる。体が浮くような感覚って、今実際に浮いてるしね!


 とはいえ、あと数秒で地面と激突するこんな状態。迷っている時間はない。


「うおぉぉぉ!」


 僕は僕が今まで掴まっていた、今は倒壊しつつある木を蹴ってジャンプした。


「ふわっ!」


 僕が間抜けな声を出しながら、10メートルほど飛び上がった。


「は?」


 高かった木を飛び越え、今までいた森は目下に広がる。


「これは・・・成功・・・?」


 成功した!こんなこと魔法無しじゃできるはずがない!そんな思いが頭の中で駆け巡り、歓喜の感情が溢れ出す。しかし、それもつかの間。今の僕は飛んでいるわけでなく、ただジャンプしただけ。つまり飛び上がったら、その次に起きる自然現象は落下。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 僕の体はすぐさま落下し始めた。ジェットコースターでしか感じたことのない内臓が浮く感覚と超スピードで迫る地面。


「どどどどどど!」


 どうにかしなければと口に出そうとしたが、冷静じゃなくなっていたので言葉にすることができなかった。だが冷静さを失っていても、とにかく身体強化魔法をと頭の中で念じて、魔法を使う。すると全身からリカルドと同じようにオーラが迸り始める。


 よし!これなら行けそうだ!そう思った直後。僕は地面に落下して、土煙を巻き上げた。


「・・・・・・・・・痛くない!」


 僕は地面に足から落下し、うまいところで着地していた。体に痛みを感じない。着地は成功したようだ。


「やった!できた!」


 僕はガッツポーズを握って生存の喜びを噛み締めた。身体強化魔法を使うことができるようになり、さらにそこで訪れた命の危機を自分の力で回避することができた。


 できる。僕にもできる。前回、盗賊のアジトから抜け出したとき、僕はアイラに助けてもらってばっかりだった。アイラが盗賊をぶっ飛ばして(比喩ではない)くれなければ、あそこから逃げ出すことができなかっただろう。だが今の僕はその時と違い、戦うことができる。アイラだけに頼らなくても自分で困難を切り開くことができる。


「よし!これで・・・」


 僕がそう言った直後、土煙の中を突っ切ってイノシシが現れる。しかも土煙でイノシシの急激な接近に直前まで気がつけなかった。


「ひぃ!」


 やばいやられる。瞬間的にそう思った。あと数秒後にはイノシシに轢き殺されてしまう。だが、今の僕は身体強化魔法を習得した魔法使い夏人。今まではただの夏人だったが、今からの僕はスーパー夏人。こんなちょっとでかくて迫力があって、チビリそうなほどやばいイノシシが目前に迫っていてもへっちゃら!


 僕はそう考えて右手をかざして叫んだ。


「スーパー封印壁!」


 そうすると目の前に壁が光の壁が出現し、イノシシが大きな音を立てて突撃した。

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