第29話 魔法使い

 水の音が聞こえて目が覚めた。目を開けるとそこには見覚えのある天井が見える。ここは先日からお邪魔しているリカルド邸の家だろうか?そう思いながら体を起こす。


「痛っ!」


 痛みが全身を駆け巡る。


「・・・・・・・」


 僕は自分の周りをぐるっと見回す。暗い室内、窓から差し込む光、並んでいるベット。そして僕は頭をポリポリと搔きながら考える。


 えーっと。どうなったんだっけ?なんでここに寝てるんだ?たしか最後の記憶は・・・・。


「あ、そうか。あの巨大イノシシ。ボアだっけ。あれを穴に落として・・・」


 そこからの記憶がない。僕はその時気絶してしまったんだろうか?そう考えた直後、部屋の入口の扉がガチャリと開く。


「お、起きたか」


 扉を開けたのはリカルドだった。リカルドは微笑みながら僕に歩み寄ってくる。


「えっと・・・僕はなんでここに?」

「ああ、それはな。ボアを捕まえた後、ナツト殿は気絶したんで、ディエゴが担いでこの家まで運んだ」

「そうですか・・・。ありがとうございます」

「いやいやお礼なんて・・・。それより体の具合はどうだ?」


 リカルドに言われて自分の体を確認した。体の所々はまだ痛いが、表面に見える傷はほとんどない。おかしいな?あの巨大イノシシに何度かサッカーボールみたいに転がされたのに。


「大丈夫そうです」


 僕の返事を聞いたリカルドは笑った。


「そうか。良かった。君たちは2人とも魔法使いなんだな。アイラ殿が君の傷をあっという間に治してしまったぞ」

「え?アイラが?」


 ということはアイラも魔法を使ったのか。それで僕の傷が治っているんだな。ありがたい。礼を言わなければ。


「あの。アイラは今どこに?」


 僕がその質問をするとリカルドはにやりと笑った。


「それは自分で確かめてみるんだな」


 そう言ってリカルドは出口を指さした。僕は眉をひそめながらも立ち上がり、言われて通り出口に向かって歩く。部屋の出口を抜けるとダイニングに出る。そこにも人がいない。おかしいなと振り向くと、リカルドが微笑みながら口を開く。


「玄関の外にいる」

「はぁ。そうなんですね」


 そう言って僕は玄関に近づいて扉を開けた。太陽の光がとてもまぶしくて、僕は目を細める。


「お!来た来た!」

「ナツト殿だ!」


 未だはっきりと外の状況がわからないが、外が騒がしいことだけはわかる。僕は2、3歩前に歩いた。すると僕の元へ駆け寄る人物がいる。


「おい!ナツト!お手柄だなぁ!」


 その人物は僕の肩をバンバンと叩いた。この痛み、この話し方。まだ明るさにはっきりと慣れていないが、この人物が誰かはすぐにわかる。


「痛いです。ディエゴさん。というかお手柄って?」

「あ?お手柄はお手柄だ!この村ができて以来、一番でかい獲物だ!」


 それを聞いて僕はホッとする。僕が穴に落とした巨大イノシシはちゃんと捕獲できてたんだな。落ちたのまでは確認したけど、その後は気を失ってしまったから、今どうなっているかはわからなかった。だが、ディエゴの反応を見る限り、捕獲は成功しているようだ。


「いえ、ディエゴさん達がいたお陰で捕まえられたんです」

「ここにきて謙遜とは憎いねぇ!だが、一緒に捕まえたってのはいいな!ナツト!お前は今日から村の仲間だ!」


 そう言って再び僕の肩をバンバンと叩く。やっぱり痛い。だが、ディエゴと話しているうちに明るさに目が慣れてきた。辺りを見回すと村中の人間がここに集まっている。その中にアイラがいた。


 僕はディエゴさんの脇を通り抜けて、アイラの元へ近づくとアイラも僕に気が付いて口を開いた。


「大猟でだったようね。おめでとう」


 そう言ってアイラは笑った。


「ありがとう。アイラも僕の体の傷を治してくれたんだろ?ありがとう」

「どういたしまして」


 僕とアイラが会話していると、アイラの隣にいたソフィアが僕に向かって口を開く。


「ナツトさん!おめでとう!そしてありがとう!お祭りもこれで盛り上がるわ!」

「あ、ああありがとう」


 満面の笑みだった。その笑顔を見て僕は少し不安になる。


「ねぇアイラ。僕って今から死ぬのかな?それともすでに死んでるのかな?」


 僕はアイラにだけ聞こえる声量で質問した。アイラは目を丸くした。


「どうしたの?いったい?」

「いや、だってこんなに注目されたことって今までなかったから・・・。しかも女の子から立て続けにおめでとうを言われるなんて・・・」

「いやいや。あるでしょ普通。誕生日とか」

「いやいやないよ!普通!誕生日って何それ美味しいの!?」


 アイラはあきれ顔を浮かべた。


「ともかく、今は夢でもないし、ましてやあなたは死んでもない」

「じゃ、じゃあ素直に喜んで・・・いいんですか?」

「それで私がダメって言ったらどうするつもり?」

「落ち込んでその辺の草をむしりながら、恨み言をボソボソと呟いてる」

「うっとおしい。じゃあ私がぶん殴って痛みを感じたら夢じゃない。この判別方法でいい?」

「いや、夢って意外に痛いときあるよ?」

「よし。じゃあぶん殴って死んだら現実、死ななかったら夢でいい?」


 そう言ってアイラがこぶしを振り上げた。


「うわぁぁごめんなさいぃ!」


 僕は全力でアイラに謝罪の言葉を口にして頭を守った。


「はぁ。殴るわけないじゃない」


 そんな僕にアイラはため息をついてそう言った。


「よかった」


 アイラに殴られたら上半身が無くなりそうだ。前世と同じ死因で死ぬとか嫌にもほどがある。


「そういえばアイラって、国家認定魔法使いなの?」

「なにそれ?」

「え?僕が封印能力を使ったら、リカルドさんにそう言われた。僕はほらあれだけどアイラは普通に魔法使ってるしそうなのかなぁと」

「あれって何よ?」


 あれというのは僕はこの世界に来たばかりで、この世界の事を何も知らず、国家から認定されるような偉い人物でもないので国家認定魔法使いではないのだが、アイラにとっての僕は記憶喪失なので、もしかしたら記憶を失う前はそうだったのだろうかと思われている可能性がある。この食い違いを説明しても、話がごちゃ混ぜになるだけなので、一言で"あれ"という風に表現したのだ。言葉って便利だね!


「僕にはわかんないって話。アイラは?」

「私もそんな認定されてるとかそういう大層なものじゃないわ。ほら私ってあれだし」


 "あれ"というのはアイラの正体が人間ではなく魔族のハーフという事を指しているのであろう。


「そうだよね。でも今更違うとも言い出せないし・・・」

「うん・・・。それなんだけどね・・・。ナツト」


 アイラが暗い表情を浮かべていた。


「どうしたの?」

「うん。私たちが魔法を使った瞬間、この村の人たちは国家認定魔法使いだと決めつけた。まるで、国家認定魔法使い以外、魔法は絶対使わないと言うように。ここに違和感を感じるの」

「それは・・・つまり?」

「要は私たちがこの村を出るまで、国家認定魔法使いだと誤解させておいた方がいいかもしれないということ」

「・・・・・なるほど・・・・なるほど・・・・」


 僕はポカーンとした表情になってしまった。その顔を見てアイラが不安そうに質問してくる。


「本当にわかってる?」


 僕は慌てて表情を引き締める。


「大丈夫。大丈夫。わかってるよ。この国で魔法を使うためには免許がいるかもしれないってことでしょ?」

「うん。まぁそんなところ。確証は全くないけどね。というかちゃんとわかってるじゃない。なんで、一回顔芸挟んだの?」

「いや。思い返してみればそうだなぁ。アイラは良く気付いたなと感心してた」

「・・・・・・・」


 アイラは無言になってしまった。しまった。なんか余計なことを言ってしまったか。いや余計な事なら僕の唖然とした表情は完全に余計な事だったんだけど、それでアイラを怒らせてしまったかな。


「なんかごめん」


 とりあえず僕は謝った。


「え?何が?」


 アイラの表情が無表情から驚きに変わった。


「無言になったし、なんか気を悪くさせたかなと思って」

「いやいや。全然そんなことないから大丈夫」

「そう?なら良かったけど」


 この期に及んでアイラに嫌われたくない。世界に一人しかいない旅の仲間なのに、ここで怒らせてしまってパーティ解除なんてことになったら僕はこれからどうやって生きればいいんだ・・・。


「と、とにかく。お互い気を付けましょう」


 アイラはそう言って僕の前から立ち去った。僕は周りを見回して、まるでお祭りのように騒いでいる村人たちを見る。僕はその光景を見て自然と口角が上がる。


 結局この村人たちは夜になっても騒ぎ続けていた。

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