第30話 あくる日
「いやぁすまないね。2人とも。付き合わせてしまって」
森の道を歩きながらマルコが僕たちにそう言った。
「いいえ。お祭りムードの街を出たかったのでちょうどよかったです」
「そうか。ナツトは昨日、さんざんディエゴに絡まれてたもんね」
「ええ・・・・」
昨日、巨大イノシシを倒した直後の気絶から目が覚めた僕は、村人から散々持て成された。巨大イノシシを倒したので祭りは盛大に催せるとか、しばらく食べる物には困らないだとか叫びながら、村人達は飲んで騒いでを行っていた。祭りの前にこんなに騒いでいいのかと疑問に思ったが、まぁ前祭ということなのだろうととりあえず納得した。
でも、問題はある。僕はアルコールをしこたま呑んだディエゴに追い回されて、僕も呑むようにと強要された。僕は頑なに断わり続けて逃げ回っていたが、それはそれでディエゴにとって良い余興になったようで、結果、一日中追い回されていた。おかげで若干トラウマになりつつある。
「しばらくあの人には会いたくないです」
僕が真剣にそう呟くと、マルコは笑った。
「あはは。気持ちはわかる。あんな暑苦しいのに追い回されたら誰だって嫌になる」
マルコはそう言って笑っているが、マルコだって僕がディエゴに追い回されていた光景を大爆笑していたの忘れていない。マルコは本当に要領のいい男だと思わざる得ない。
「まぁそれはいいんですけど、今日はどうしたんですか?」
僕がマルコにそう質問する。
「ああ。それは昨日設置した罠を回収しに行こうと思って。昨日はボアが襲ってきたの後でバタバタしてて放置していつ状態だから。ナツトとアイラさんに声をかけたのは、認定魔法使いと一緒にいると心強いし、今はあの村に居たくないだろ?」
「そうですね」
僕とアイラは頷いた。
「まさか、ルーカとソフィアも付いてくるとは思っていなかったけど・・・」
マルコがため息交じりにそう言うと、ルーカが口を開く。
「昨日は役立たずだったけど、今日は狩りを成功させたい」
それを見たマルコが微笑んで口を開く。
「役立たずなんてとんでもない。他の人を呼んできてくれたじゃないか。狩りはチームワークだよ」
「それでも俺はボアにビビって逃げ出した。でも今度は逃げ出さない。必ずやり遂げる」
「勝てないと思ったら逃げる。これは大事な事なんだけど・・・まぁルーカぐらいの男の子ならしかたないか」
ルーカに向かってソフィアが口を開く。
「そうだよ。無理しないでね」
「多少の無理は・・・。というかなんでソフィアまで付いてきんだ?」
「え?だって刺繡は昨日で終わったし、アイラちゃんが付いて行くって言ったから」
ソフィアはそう言ってアイラの隣に立ち手を握りながら口を開く。
「祭りの準備はすべて完了。だからちょっとでもアイラちゃんと過ごしたくて」
「確かに今は俺らの同世代はいないもんな。だけど危険な事はするなよ」
ルーカはソフィアの言葉を受けてぶっきらぼうにそう呟いた。
「わかってるよもー」
ソフィアは頬を膨らませてルーカに講義した。そしてソフィアは言葉を続ける。
「明日は私が主役なんだから、明日までは何が何でも生き残るよ」
ソフィアがそう言うとルーカは俯く。
「・・・・・・・・・」
ソフィアの言葉にルーカもマルコも無言になった。
「ねぇ気になってたんだけど一つ聞いていい?」
その沈黙を破ったのはアイラ。アイラはソフィアに向かって質問する。
「なになに?」
ソフィアは笑顔を浮かべてアイラの言葉を待つ。
「明日のお祭りって何をやるの?」
「それは日々の収穫の感謝と村の安寧を願って食べて呑んで騒ぐ宴を催すの」
「それは聞いたけど、なんでそんな祭りでソフィアが主役なの?なにか演目するようでもないし、別に結婚準備ってわけでもなさそうなのに、ダニエラさんも村のみんなもなんでソフィアのことを祭りの主役っていうの?よくわからなくて」
アイラがそう言うとみんながソフィアの表情から笑顔が消える。ルーカもマルコも口を固く結んで目をそらしている。なんだこの雰囲気は?
「そ、それはね・・・・」
「ソフィア」
説明しようとするソフィアをマルコがたしなめる。
「それは村の外の人間に言ってはいけないよ」
「でも・・・。アイラは友達だから・・・」
「だからだよ。友達に聞かせる話じゃない」
マルコは振り向きもせず、淡々と言葉を発している。その言葉を聞いてソフィアは申し訳無さそうに口を開いた。
「ごめんね。言えないみたい」
「ううん。いいのよ」
アイラもただ事じゃない雰囲気に、それ以上の追求はできなかった。
「ソフィアは生贄になるんだ」
突然ルーカが口を開いた。
「ルーカ!」
マルコが驚いて振り向く。
「いいじゃねーか!ディエゴさんもナツトとアイラはもう村の人間だと言っていたじゃないか」
「あれはあいつが勝手に・・・」
「狩りも手伝いも、ソフィアの準備も手伝ってもらったんだ。それなのに大事なことだけ秘密のままっていうのは誠意に欠けるだろ」
「それは・・・そうだが・・・。これはこの村の問題だ。そんな問題に2人を巻き込むのは・・・」
マルコもルーカも苦悶の表情で言い合いをしている。ソフィアも悲しそうにうつむいている。
「ちょっと待ってちょっと待って。突然のことで理解できないんだけど、簡単に言うとソフィアは明日・・・」
僕はルーカ達に質問しようとしたが、発言を言い切ることができなかった。その後の言葉があまりにも恐ろしいものだったからだ。そんな僕をみてソフィアが口を開く。
「明日死ぬわけじゃないよ。この森の最奥に祠があって、数年に一度そこに子供を生贄として捧げるんだよ。それで今後の豊作を祈念するの」
「ソフィア!あなたそんなところに一人で⁉」
「行くのはひとりじゃないよ。でもそこに取り残される」
「帰ってくることは?」
「そもそも一人で帰ってこれる距離じゃないし、帰ってくることは禁止されている。だからそこに捧げられた子どもたちはそこで死んで、この森の一部になる。そしてそれが村人を守ることに繋がる」
「そんなの!」
アイラが声を荒げる。
「私は大丈夫だよアイラちゃん。ずっと前から覚悟はできている。だから大丈夫」
「ソフィア・・・」
アイラは震えるソフィアの手を握った。それ以降口を開かなかった。僕らはディエゴにこの村の人間だと言われたが、それはディエゴが勝手に行っているだけに過ぎない。多くの村人にとってよそ者である事実は変わらない。だから、この手の村のしきたりに口をだすのは出過ぎた真似だということは重々承知している。
だが、こんなことってあるか?昨日であったばかりの女の子が、すぐに死んでしまうことが確定しているなんて。それも病気ではなく、遠回しな殺人行為によって。
一行はしばらく無言で森の中を歩いた。そしてその後にマルコが口を開いた。
「1つ目の罠の場所にたどり着いたよ」
マルコの言葉に返事をする人間はいない。みんなうつむいている。マルコはため息を付いて、罠に近づき獲物の有無と仕掛けの状態を確認している。
「ルーカ」
僕はルーカにだけ聞こえる声量で話しかける。
「なんだ?」
「ルーカはどう思ってる?」
「どうもこうもねぇよ。くそったれと思ってるさ」
ルーカは内心で渦巻く忌々しさを言葉にして吐き出しているように見える。確かにこの村やソフィア達の行動には少し疑問があった。村長宅で聞いた内緒話、今はまだ暑い時期なのに、ソフィアは冬用のコートを作っていたり、ソフィアの言葉にルーカが妙な反応をしている時があった気がする。
でもどれも決定的な話じゃなかったので気にしていなかったが、この村にはそんな秘密が隠されていたのか。そんな秘密を隠したままで、ソフィアはあんなに楽しそうに笑っていたのか。
「さて、2つ目の罠の元へ行こうか」
マルコがそう言って森の更に奥に向かって歩き出す。僕らはマルコに無言でついていく。
結局、それから誰も口を開かず3っつの罠を巡った。今日の収穫はゼロ。もともとマルコは狩りのために僕らを連れ出したというより、村にずっといては居心地が悪いだろうという気遣いのために僕らを誘ったので、別に収穫物に期待していたわけではないようだ。獲物なら昨日の巨大イノシシで十分足りるだろう。
だが、マルコの気遣いとは裏腹に、今回の狩りは重苦しいものになった。
「ソフィア。もし自由になれたらどうしたい?」
ルーカが声量を抑えてソフィアにこっそり質問した。ルーカはソフィアにだけ聞こえるように言ったつもりだろうが、その内容は僕の耳にも届いていた。
「自由なんて今更考えるだけ虚しいだけだよ」
ソフィアはルーカにそう言った。
そして僕らは村に帰った。
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