第19話 アイラのお手伝い

 朝の4時頃。リカルドが夏人を起こしに来た時、アイラも一緒に目を覚ましていた。アイラと夏人は客人として同じ部屋をあてがわれていたので、リカルドが夏人を起こす声が聞こえてしまっていた。


「ふぁ~」


 アイラは夏人が部屋を出た後に、体を起こして欠伸をした。そして寝床から立ち上がり、キッチンの方へ行く。


「おはようございます。アイラちゃん」


 キッチンに入ったアイラは、突然声をかけられた。驚いてその方向を見るとダニエラが寝間着姿で立っている。


「おはようございます。ダニエラさん。早いですね」


 アイラがそういうとダニエラは微笑む。


「今日は早く起きちゃって。お客様が来てくれたことが嬉しくて、ついはしゃいじゃった」


 そう言って笑うダニエラは、なんというかその・・・可愛らしかった。ダニエラは年齢で言うと20代後半ぐらいだろう。そんな彼女は子供のような可愛らしさと、女性の色気を兼ね備えている。アイラにとってはなんだか羨ましい魅力を持っていた。


「寝床の準備をしてくれてありがとうございます」


 アイラは村長夫妻に教えてもらったこの世界式のお辞儀をした。


「そんなに畏まらないでください。よく眠れましたか?」

「はい。ぐっすり眠れました」

「そう。それは良かった」


 ダニエラは微笑んだ。


「私が作ったハーブティでよければお茶でもいかがかしら?」

「ありがとうございます。いただきます」


 アイラは正直、未だにこの家の人達が怖かった。自分は魔物と人間のハーフで、魔物にも人間にも属せない孤独な生き物。もし正体がバレたら、この家の優しい人々でも私を叩き出すかもしれない。実際、過去にそういうことが有ったとアイラは記憶している。


 とはいえ、今は好意で私と夏人の世話を焼いてくれている。その優しさは受け取らなければ失礼に当たるだろう。泊めてくれて優しくしてくれた礼は別の形で返せばいいだろうと考えた。


「じゃあ、椅子に座っていてください。すぐに淹れますから」


 そう言うとダニエラはキッチンに向かった。アイラは椅子に座ってダニエラの後ろ姿を見ていた。


「・・・・・・・・」


 しばらくすると、ダニエラがハーブティーを淹れてアイラの元へ持ってくる。


「熱いので気をつけてください」


 ダニエラはそう言いながらコップを差し出した。アイラはそれを受け取って礼を言う。ダニエラは満足そうに頷いて、アイラの隣に座った。


「昨日はうちの人が騒がしかったでしょう?ごめんなさい」

「いえ。賑やかで楽しそうでした」


 私が素直な感想を言うと、ダニエラは良かったと呟いた。


「アイラちゃんは一歩引いている所があるみたいですので、もしかしたら余計なお世話だったかなと心配でした。でも嫌じゃなかったら良かったです」


 アイラはダニエラに、自分の心中を言い当てられた気がして驚いた。もしかして、私の正体について何らかの不信感を抱いているのだろうかと不安になった。


「そんな・・・嫌だなんて・・・」

「そう?私はアイラちゃんが何を思って一歩身を引いているかわからない。けど女なら隠し事の一つや二つあるものだからね。特に男の人の前では・・・」


 アイラは数秒ぽかんとして、その後ダニエラが言わんとしている事を理解した。


「いや夏人とはそんな関係じゃないです!」

「そう?でも嫌いな相手とは旅はできないでしょう?」

「それは・・・そうですが別にそういう対象というわけでは・・・・」


 アイラは顔をも真っ赤にしながら否定する。


「貴方も年頃の女の子だから、全くそういう事を考えないというわけではないでしょう?私だって貴方の年齢の頃にはあの人と結婚してルーカを身ごもっていましたから」


 アイラの見た目はおよそ16才。人間なら人生の伴侶を探している年齢だ。だが、アイラは半分魔族なので人間の常識は当てはまらない。実際アイラは16才より遥かに上の年齢である。


「正直・・・そういう事は考えたことがないです」


 アイラがそう言うとダニエラは少し寂しそうな顔をした。


「そう・・・」


 ダニエラはおそらく、アイラが恋愛や結婚の事を考える余裕がなかったと推察したのだろう。冒険者ではない16才の少女が、ただ街から街へ歩き渡るというのはよほどの事情がない限りありえない。旅というのは常に危険が付きまとうものだ。だからダニエラはアイラはそういうのっぴきならない事情があるのだと理解したのだろう。


 そう理解するようにアイラは意図してそういうふうに話を誘導をした部分もある。自分が魔族の血を引いていることがばれないように、あの手この手で話を逸らしていく。


 ダニエラは、そんなアイラの頭に手を乗せて頭を撫でる。


「大変だったのですね」


 別に大変だったわけじゃないと思った。だけど、頭を撫でられている内につい涙腺が緩んでしまい、泣き出しそうになる。自分でも理解できない、自身の体の変化にアイラは驚いた。


「・・・・・・・・・・」


 しばらく無言の時間が続いた。


「すみませーん!」


 そして突然、家の外から声が聞こえる。ダニエラはその声を聞いて慌てて立ち上がる。


「もうそんな時間なのね!」


 アイラは日が昇っているのに気がつく。起きたときは真っ暗だったのにもうそんな時間が経っていることに驚いた。


 ダニエラは玄関まで生き、扉をガチャりと開けた。


「あら。ソフィアちゃん。いらっしゃい」

「おばさん。今日もお世話になります」

「こちらこそお願いね。ささ、入って入って」

「お邪魔します」


 そう言って一人の少女が家の中に入ってきた。アイラはその少女と目が合う。


「あっ」


 ソフィアは予想もしていなかった出会いに目を丸くしてる。


「は、はじめまして・・・」


 アイラは初めての出会いに動揺しながらなんとかそう口にした。


「は、はじめまして・・・。もしかして、昨日ルーカ君からこの家に泊まっているという?」

「え、ええ。昨日からご厄介になっています」

「そうなんだ・・・女の子なんだ・・・」


 アイラを聞いたソフィアはそう呟いた。アイラは慌てて手を振りながら口を開く。


「い、今は夏人がいないからあたし一人しかいないけど、もう一人いるのよ!」

「ナツト・・・?」


 ソフィアが首を傾げていると、ダニエラがソフィアの肩に手を置いた。


「ナツト君はルーカよりちょっと上くらいの年齢の男の子。あの子、同性の友だちができたみたいで嬉しいみたいよ」


 ダニエラがそう言うと、ソフィアがホッとした表情を浮かべる。


「そうなんだ。なんか変な雰囲気にしてごめんなさい。私の名前はソフィア。よろしくね」

「私の名前はアイラ。よろしくねソフィア」


 ソフィアが手を差し伸べてきたので、アイラもその手を掴んで握手をする。


「アイラちゃん。ソフィアは今度の祭りの主役なのよ。この村で一番かわいい子が主役になるの」

「へぇ!」


 アイラは驚いてソフィアをまじまりと見る。金髪に控えめな表情をした齢16才ほどの可愛い少女。こんなに可愛らしい少女なら祭りの主役にふさわしいと思った。


「すごいですね」

「そ、そんな・・・」


 ソフィアは照れながら髪をいじる。


「さぁソフィア。椅子に座ってお茶を入れるわ。一息ついたら始めましょう」

「はい」


 ソフィアはダニエラの言葉に頷いて、アイラ近くの椅子に座る。


「始めるって?」


 アイラの質問にソフィアが返答する。


「今日は、今度の祭りの衣装を縫うの。やり方をダニエラさんに教えてもらいながらね」


 ソフィアの言葉を聞いてアイラは頷いた。


「なるほど。祭りの準備ってわけね」

「そうそう。衣装はその祭り毎に設えるのが決まりなの。私は自分で作ってみたくね。本番は自分で作った衣装に身を包むのよ」

「へぇ。そうなんだ。それは素敵ね」

「でしょ!好きに作っていいって言われたから、自分の好きなものを詰め込んじゃった」


 ソフィアはそう言って笑った。


「それなら立派な衣装ができそうね」

「うん」


 ソフィアが頷くと、キッチンならダニエラがお茶の入ったコップを木の板に乗せて持ってきた。


「色々詰め込みすぎて、まとまりが無くなってるけどねえ・・・」


 ダニエラはそう言って苦笑いを浮かべている。

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