第13話 少年ルーカ

「俺の名前はルーカ。この近くのコニカ村に住んでる。お前達は?」


 少年は僕らを村に案内しながら自己紹介を始めた。


「僕の名前は柊夏人」

「ヒイラギナツト?変な名前だな。長いし」


 ルーカは首を傾げている。


「夏人でいいよ」

「わかった。ナツト。で、そこのかわいいお嬢さんは?」

「私の名前はアイラ」


 アイラはペコリと頭を下げた。

 

「ナツトにアイラか。この辺じゃ見ないやつだな。旅人か?」


 ルーカの質問に僕は頷いた。


「どこから来たんだ?」

「実は覚えていないんだ」


 僕は悲しそうな表情を浮かべながらそう言う。


 まさか異世界から来たなんて言っても信じてくれないだろうし、そんな事を言って頭が残念な人なんだと思われるのも嫌なので、ここは記憶喪失というこということにする。こうすれば説明の手間も省けるし。


「そうか・・・元気出せよ」


 ルーカは僕を元気づけてくれた。年齢は僕の少し下ぐらい、気安く話せる雰囲気、そして嘘の記憶喪失を心配してくれる優しさ。少し話しただけでもこの少年の心根が優しいとわかる。


「ありがとう。ところでルーカはここで何をしてたの?」

「ああ。俺は街に品物を届けに行ってたんだ。そして今は街から帰るところ」

「街まで?」

「ほら、さっき説明した街だよ」


 僕とアイラが一時的に滞在したあの街のことらしい。じゃあ、街ですれ違ったかもねとありきたりな言葉が頭に浮かんだが、よくよく考えたらそれがどうしたと言われそうなので口には出さないでおく。たとえすれ違ったとしても、その時はお互い顔も名前も知らなかったのだから、会話のネタにもならないだろう。


「ああ。あの街ね」


 僕が同意すると、伝わったのが嬉しかったのか、すこし微笑んで口を開いた。


「そういえばお前らもその街から来たんだろ?じゃあすれ違ってるかもしれないな!」


 ルーカは笑顔でそう言った。


「そうだね!」


 僕はあらん限りの笑顔で返事をした。


 ここで"それがどうかしたの?その時はお互い顔も知らなかっただろ?"というのはあまりに大人気がないというものだろう。僕は16年生きてきて、前世ではまだまだガキと呼ばれる年齢だが、そのへんの気遣いが十分にできると自負している。こういう場面では相手の言葉を否定せず、頷きながら話を合わせるという事が重要だ。こういった日常会話は社会において潤滑油となる重要な会話。


 そんな会話に対して、その時はお互い顔も名前も知らなかったのだから、その発言に意味はないだろうなんていう事なんでできないし、僕もそう思いましたけどという謎マウントも取る意味はない。けど、思いついたときに言っとけばよかったなぁ~


「ルーカは一人で街まで行ったの?」

「ああ。村から街までは近いし、村の皆は今忙しくてな」

「そうなんだ」


 一人で街まで出ていって、その帰りに魔物に襲われるなんてついてないな。偶然僕らが通りがかったから良かったものの、あのままでは人知れずに殺されていたかもしれない。


「魔物が出るなんて怖いね」


 僕がそう言うと、ルーカが俯いた。


「普段は魔物なんて出ないのにな。今日は運が悪い。あ、でも通りがかりの親切な人が助けてくれるんだから、運がいいのかもしれない。本当に助かった。ありがとう」

「いえいえ。どういたしまして。まぁ助けたのはアイラなんだけどね」

「そうなのか?」


 ルーカは驚いた表情を浮かべ、僕たちの後ろを歩いているアイラに振り向いた。


「ありがとうな!アイラ!」


 笑顔でアイラに礼を言った。


「え、ええ・・・」


 アイラは複雑な表情でルーカの言葉を受け取った。確かにアイラの心中は喜んで礼を受け入れられる状態ではないかもしれない。ルーカの記憶を改ざ・・・記憶が無くなる前はアイラの角を見て怯えていた姿をアイラは見ている。ということは、アイラにとって自分の正体がバレたら怖がられて、忌避されてしまうという恐怖を感じているのかもしれない。


 この世界での魔物がどのような扱いをされているかわからないが、アイラの口ぶりから察するにそんなに良いものとは言えないだろう。少年たちを送り届けるために街に入ろうとした時も、アイラは街の外で待つと言ったし、もしかしたら人間と魔族という対立関係がこの世界には存在しているのかもしれない。


「おっ!村が見えてきた!」


 僕が考え事をしていると、突然ルーカが嬉しそうに叫んで走り出す。僕はルーカに釣られるように視線を前方に移動させると、そこには木製の柵に囲まれた民家が数件目に入った。木の柱、石造りの壁、煙突からはモクモクと煙が上がっている。それはまるでヨーロッパの風情に溢れる片田舎のような質素で趣深い村。


「あれがルーカが住んでいる村?」


 僕がそう質問すると、ルーカは頷いた。


「ああ、そうだ!あれが俺が住んでいるこにコニカ村だ!」


 ルーカは自分の村についたのがよほど嬉しかったのか、溌剌と僕の質問に答えた。まぁ喜ぶのも無理はない。移動の途中で魔物に襲われて死ぬ思いをしたのだから、実家に帰ったら安心するのは人情というものだ。


 僕だって実家に帰りたい。家族と会いたいし、友達とまたバカ話をしたい。現世で友達だったハルキや幼馴染のイノリは元気だろうか。僕が死んだ事をちゃんと悲しんでくれてるだろうか。特にイノリは僕が死んだところで"ふーん"ぐらいで終わらせられそうで怖い。いや、過去を引きずらないという意味ではその方が良いのかもしれないが。


「村についたね。今日はあそこで宿が借りれるか頼んでみよう」

「うん・・・」


 アイラはどんよりとした表情をした。

 

「夏人のことを考えると、室内で夜を明かせたほうが良いけど、私は魔族だから・・・」

「大丈夫。引き続き僕がアイラの角を隠すし、もし正体がバレたらまた一緒に逃げよう」

「うん・・・ごめんね・・・」

「謝ることなんて無いよ」


 僕はアイラにそういった。するとアイラは頷いて顔を上げる。


「ありがとう」


 僕とアイラはルーカの後を追って、コニカ村に足を踏み入れる。


「じゃあ、話を通してくる。ちょっと待っていてくれ!」


 ルーカはそう言うと、こちらの返事を待たずにパタパタと走り出し、複数ある民家の中の一つに入る。どうやらあそこがルーカの家のようだ。


「大丈夫かな?突然訪ねてきた旅人を泊めてくれるかな?」


 僕は不安な胸中を暴露した。僕とアイラはこの村に何のつながりもない部外者。そんな人間を快く受け入れてくれるかどうか正直疑問である。逆の立場から考えると、こんな怪しい二人組を泊めようとは思わないだろう。少なくとも僕だったら、思わない。


 前世では、横暴な王子が冬の夜に訪ねてきた老婆を泊めなかったため、罰として魔法をかけられたというものがあるが、よくよく考えるとそんな夜に老婆が独りで出歩いている状況は怪しい。確かに何らかの理由で放逐されたという可能性もあるが、それと同じぐらい、城に入って盗みを働こうと考えている盗賊という可能性もある。


 城に入れないのは、城主として城に勤める人間を守るために、そういった判断をしたのかもしれない。そんな常識的な城主に対して、怪しい老婆を助けなかったという理由で罰が与えられるなんて、残酷な話のようにも思える。


 僕やアイラだって、冬場にうろつく老人ぐらい怪しいと思う。年頃の2人が街を出て旅をしている上に、片方は記憶喪失でもう片方はこの地域の出身者じゃないとくれば、夜逃げとか、駆け落ちとかそういう可能性がある。


 この世界には奴隷というものも存在するようなので、僕らは主人から逃げ出した奴隷と見られる可能性だってある。そうなれば、僕らの主人と目される人物との諍いを避けるために、僕らを受け入れないという可能性もある。もちろん僕らに主人などいない。まぁ盗賊から逃げてきたという点では接点はあるかもしれないが・・・。


「泊めてくれるかわからない。たとえ泊めてくれたとしても身包みをはがされて放り出される可能性もあるわ」


 アイラは暗い表情でそう言った。確かに僕らを泊めるリスクだけでなく、僕らが泊めてもらう場合に発生するリスクも考えなければならない。ルーカはともかく、ルーカの家族は僕らを泊めることにより、金品を要求もしくはそれこそ身包みを剥がされる可能性がある。泊めてもらう分際で何を考えてるんだと自分でも思うが、リスクがある以上身構えておかなければ、やられてからでは遅いのだ。


 そういう意味でも宿屋という場所はある程度は信用ができる場所ではあるが、この村にないという事ならどうしようもない話だ。今の僕にやれることと言ったら、頭を下げ、宿泊のお願いをし、そしてそれがうまくいった場合には、発生するリスクに最大限の注意を払うという事だけだ。


「まぁなるようになる。としか今は言えない。泊めてもらうためにある程度の覚悟はしておこう」


 僕がそう言うとアイラは頷いた。


「おーい!2人ともこっちの来い!」


 その時、民家から出てきたルーカが僕らの事を呼ぶ。表情が明るいので泊めてもらえる約束を取り付けられたのかもしれない。僕はアイラに行こうと言って、ルーカの方へ歩いた。


「泊めてくれるってさ!しかも何日でもいいだって!」


 ルーカは嬉しそうにそう言ってきた。


「本当⁉ありがたい!」


 僕は喜んだ振りをしているが、心の中は不安でいっぱいだ。見ず知らずの者に宿を貸す。それ自体は家主がとても善意に溢れた人だったと納得はできるが、それが何日でもと言われると少々怖い。普通知らない人間を家に上げて、顔も見ていない人間に対して何日も泊まって行っていいなんて言えるだろうか。僕は絶対に言えない。


 いつだって善意というものはリスクが付きまとうものだ。不用意に善意を振りまくという事は、自ら進んでリスクを背負っているという事と等しい。いったい何のためにそんなことをするのだろうか。


「2人とも!家に入れ!家族に紹介するよ!」


 僕たちはルーカの言われるままに、不安な気持ちを抑えながら家の中に入った。

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