第12話 ゴブリン
僕とアイラは魔法を使われたであろう場所に向かって走っていた。
こんな人里離れた場所で魔法を使うというのはいったいどういう場面なのか。魔法の練習と考えても流石に街から離れすぎている。それよりは、魔法を使った人は何かに襲われていて、それを撃退するために魔法を使った可能性が高い。もしくは盗賊が荷馬車を襲撃するためか。どちらにしろ逼迫した状況になっている可能性は高い。一刻も早く事態を把握しなければ。
約500メートルほど走り、丘を登って魔法を使ったとされる場所を見る。
「た!助けてぇ!」
そこには僕と同年代くらいの少年が、緑色の肌をした二足方向の生物に追われていた。
「あれはゴブリン!」
アイラは驚いて口を開いた。僕はその言葉を聞いて改めてその二足歩行生物を見る。
「あれがゴブリン・・・」
目測で身長は140~150cmほど。全体のフォルム自体は子供のように見えなくもないが、筋肉隆々、頭には角が生えている。それが4匹ほどいた。剣と盾を持っているゴブリンが2匹、何も持っていいないのが1匹、杖を持っているゴブリンが1匹が全力で逃げる少年を追っている。
「ゴブリンソーサラーもいる!」
アイラが慌てた様子でそう叫んだ。ゴブリンソーサラーというのは、杖を持っているゴブリンの事あろうか。名前から察するに魔法を使えるゴブリンの事のようだ。ということは、先ほど感じた魔法はあのゴブリンから発せられたものか。
「た、助けなきゃ!」
今にも追い付かれて襲われそうな少年を助けるために、アイラは走り出そうとした。だが、少年とゴブリンたちがいる場所はここから最低でも200メートルはある。でこぼこした走りにくい道と距離から換算しても、今からだと間に合わない。
「アイラ待って」
僕はアイラの服を掴んでアイラを止める。
「何!?」
アイラは焦った表情で僕を見た。
「一つ質問。アイラの魔法であいつらを一撃で倒せる?」
僕はアイラの目を見てできるだけ早口でそう質問した。
「何を言って・・・」
「できる?できない?」
「できる・・・けど・・・」
アイラは僕に気押されながらそう言った。
「よし。じゃあ僕をあそこまで投げて。僕があそこに到着したらありったけの魔法を打って」
「は?」
アイラは眉間にしわを寄せて首をひねった。僕の言っていることはアイラに理解できないのは当然のことだ。今思いついたんだから。だけど、詳細を説明している暇はない。
「僕を信じて。言う通りにお願い」
僕はそういうと、アイラは頷いて僕の背中を掴んで持ち上げる。
「行くわよ!舌を噛まないでね!」
そう言ってアイラが僕をぶん投げた。僕は封印能力で慣性を一時的に封印し、急激な加速に対策した。そして時間にして5秒ほどで少年のところへ到着する。到着する直前に封印した慣性を解き放って、急停止の衝撃をある程度減衰させた。とはいえ、完全には消し去ることができなかったので、僕はとんでもない痛みに襲われたが、逆に言えば痛みだけで済んだ。
「なっ!」
少年は突然現れた僕に驚いて目を丸くしていた。周りのゴブリンたちも驚愕して一時的に動きを止める。僕はその隙に少年に近づいた。
「伏せて!」
僕は少年の頭を掴んで少年をうつぶせにさせる。そして封印能力を僕たちの周辺に貼る。どんな攻撃が来ても耐えられるように作った、障壁とか結界のような使い方だ。
数秒後、ゴブリンたちが目の前で起きている一部始終を飲み込み、僕の封印障壁に剣を振るおうとしたその時、上空から巨大な火の玉が落下した。
「うわぁぁぁぁぁ!」
少年は何が起こっているのかが飲み込めず、叫び声を上げる。
「うわぁぁぁぁぁやりすぎぃぃぃぃ!」
僕も叫んだ。予想していたより10倍ぐらい強い炎が飛んできたので、めちゃくちゃ怖い。家3~4軒吹き飛ばせるくらいって謙遜がすぎるだろ!日本なら数十軒は余裕で吹っ飛ぶ威力だよこれ!
僕が心の中でそうツッコんでいるうちにアイラの炎は鎮火した。時間にして約10秒ほど。その時間ずっと高温に晒されていた僕の封印障壁にはヒビが入って今にも崩れそうな状態となる。だが、なんとかやけど一つなくやり過ごすことができたとホッとした。
あたりを見回すと、先程まで居たゴブリンが消し炭になっているのを確認した。140cmほどの体は真っ黒に炭化し、肌の色も、毛も、顔のパーツも指の本数もわからない。そんな死体が4体ほど転がっていた。
完全に燃え尽きていてくれてよかった。もし生焼けだったらきっと僕は吐いていたと断言できるほどグロテスクな光景だ。僕は心の中でアイラの強力な炎に感謝しつつ、魔術障壁を解いた。その瞬間香ばしさ半分、焦げ臭さ半分の匂いが僕の鼻に入り、思わず胃酸が逆流しそうになる。
ゴブリンと言えばファンタジーものでよく出てくる魔物。ゲームだと序盤で出てくるような魔物で、ゲームの主人公たちはなんの感慨も持たず倒していく。だが、実際にこの世界に生きる生物として認識し、そして実際に死んでいる姿を見ると、とてもゲームのようには行かない。
「夏人!」
アイラが僕の名前を呼びながら近づいてくる。その声を聞いた僕はアイラの方を見て手を降った。
「よかった無事で!手加減したつもりだったけど思ったより火力が強くて・・・」
アイラは申し訳無さそうにそういった。え?ちょっとまってこれは手加減したつもりなの?ゴブリン達が生焼けな部分が無いほど真っ黒焦げになっているよ?じゃあ本気で魔法を打ったらどうなるの?この辺一帯を灼熱地獄にできるんじゃなかろうか。凶悪な腕力、凶悪な魔術、そして鋭い角。アイラは可愛い顔してとても強力な魔族らしい。
「ごほっごほっ!」
先程助けた少年が咳をして立ち上がる。そしてアイラの顔を見て目を丸くする。
「ひぃ!魔族!」
少年の顔が真っ青になる。
「あっ、角」
僕は少年の顔を見て、アイラの角を隠し忘れていた事を思い出した。そういえば街を出た時、オド不足になりそうだったから一時的に解除してたんだった。とっさのことなので角を隠すのを忘れてた。
しかし、この少年。助けてもらっておいてその反応は少々失礼じゃないか?確かに少年の気持ちもわかる。魔物に襲われていたら突然男が飛んできて、いきなり地面に叩きつけられて、気がつくと自分を襲っていた魔物ごと、周囲は焦げ炭だらけ。僕が少年の立場なら驚愕と恐怖が同時に押し寄せて来ただろう。それは分かる。実際僕も死ぬ思いをしたからね。
「・・・・・・・・記憶を封印」
僕は少年に向かって封印能力を使用し、今起きた出来事の記憶を封印した。その事により少年が気絶したので、起きる前に角を隠す為、アイラに近づき角に封印能力を使用する。そして能力の使用が完了すると、すぐさま少年の元へ駆け寄り、すぐ隣で腰をおろし、頬を叩いて起こす。
「大丈夫ですか?」
「う、ううん」
僕は極めて何もなかったかのように、まるで善意100%のような親身な態度で少年を叩き起こす。
「あれ・・・なんで俺・・・」
少年はまだ焦点があっていない瞳に僕を写す。
「大丈夫ですか?親切な僕と麗しい人間の女性であるアイラがたまたま通りかかってラッキーでしたね」
僕は念の為、アイラが人間だということを強調して話しかける。これでなんとか誤魔化されてくれないだろうか?
「親切・・・?ラッキー・・・?」
少年はまだ半覚醒の状態で、僕の言葉の一部を復唱した。そして次の瞬間、少年の意識は突然覚醒する。
「はっ!そうだ!ゴブリン!俺は襲われてて・・・あれ?」
少年は気絶する前の記憶を思い出した後、現状を確認する。気絶する前まではゴブリンに襲われていたが、気絶から戻ってみると僕とアイラが立っているというのが、記憶封印した後のこの少年が覚えている部分らしい。アイラがド級の魔術を使ったことと、アイラが魔族であることはすっぽり消え去っているらしい。よかった。丁度いい感じに記憶が削れている。
「大丈夫?」
僕がそう言うと少年は慌てて立ち上がった。
「ご、ゴブリンが近くにいる!はやくここから離れないと!」
僕とアイラにそう言ってきた。取り乱す少年に向かって僕は落ち着いた態度で口を開く。
「大丈夫だよ。ゴブリンは倒したよ」
少年は周りを見回す。すると焼け焦げた周りの様子を見て、驚愕の表情で口を開く。
「いったいどうやって・・・?」
アイラが超デカイ炎で焼き尽くした・・・というと怖がらせてしまう可能性がある。ゴブリンの脅威から守った相手を、また別の恐怖で塗りつぶすのは正直気が引けたので、アイラがやったことは隠して、少年に伝える。
「火を使って追い払おうとしたら、なんか爆発した」
「爆発?」
「うん。僕もよくわからない。なんで爆発したか君が分かるなら教えてほしいんだけど」
僕は何も知らない事を装って少年に質問した。一から十まで作り話をしても良かったが、それよりは一部を不明なままにしたほうが、嘘を付く量が少なくなりバレにくくなると思った。さらにこちらが把握していない事を質問している体を装うことで、嘘にリアリティが出る・・・といいなと思ったけどどうだ?ちゃんと誤魔化されているか?
「え?わからない・・・」
少年はキョトンとして首をひねっている。よし、成功だ!僕は少年の様子を見て、わからないなら仕方ないと良いながら立ち上がり、ズボンに付いた土をパンパンと手で払った。
「ところでこの近くに集落はない?街とか、村とか」
僕の質問に少年はすぐ答える。
「ああ、俺が住んでる村が近くにある。それ以外だと向こうの方向に街があるけど、ちょっと遠い」
そう言って少年は僕とアイラが来た道の方向を指差した。
「僕らは街から来たんだ」
「へぇ。じゃあ街以外だと俺の村が一番近い。このへんだとそれ以外に集落はない」
「そうか。じゃあその村って宿屋とかある?」
「宿屋は無いな。本当に小さな集落なんだよ」
「そっか・・・。困ったな」
困ったな。近くにある村は1つだけだがそこには宿屋がない。街に帰れない以上、その村に宿屋があることが希望だったが、どうやらその希望も潰えたようだ。これはもう今日は野宿するしか無いかもしれない。僕はともかくアイラのような少女に野宿させたとあっては男が廃る・・・気がするのでなんとかちゃんとした宿を見繕いたかったが・・・。
「宿に困ってるのか?」
僕が悩んでいると、少年が僕にそう質問してくる。僕が頷くと少年の顔はぱぁっと明るくなり、その勢いのまま口を開く。
「じゃあ俺の家に来いよ!頼めば一晩ぐらいなら泊めてもらえるだろ!」
「本当!?」
思っても見ない提案に僕は驚いた。これでアイラが野宿することはなくなる。
「ああ本当だ。付いてきて」
そう言って少年は歩き出した。僕はアイラの方を振り返って、アイラに質問する。
「アイラもそれでいい?」
僕がそう質問するとアイラは頷いた。
「うん。人間の夏人には野宿は大変でしょうし」
アイラも快諾してくれたので、僕とアイラは少年の後を追う。
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