第21話 暗雲
朝食兼昼食がテーブルに並べられると、夏人は一同を見回した。リカルドやダニエラ、ルーカ、アイラとそしてソフィアもテーブルに付いている。
「では、食べようか」
リカルドがそう言うと皆が頷いた。
「カリヌ神のお恵みに感謝致します」
そうダニエラが言うと一同は同じようにお祈りをする。見たところリカルドとルーカはお世辞にも熱心とは言えないが、ソフィアは目をつぶって厳かにお祈りをしている。
今日のメニューは干し肉とスープ、そしてライ麦のパンと野菜たち。昨日の夜にも劣らないメニューが並んでいる。僕はリカルドに付いて朝早くから手伝っていたので、お腹はペコペコだ。すぐにでも料理にかぶりつきたい。
それはリカルドとルーカも同じようで、2人はまっさきに料理に手を伸ばす。
「うまい!」
リカルドは料理に口をつけるとそう叫んだ。それをみたダニエラは微笑んでよかったと口にした。ダニエラは幼いルーカの弟であるロランドを抱っこして、少しずつご飯を食べさせている。
「ではいただきます」
僕もそう言って料理に手を伸ばす。干し肉を掴んで口に入れる。固くて噛みきり難いが塩味が利いていてうまい。よだれがとめどなく溢れ出てくる。
「おいしい!」
僕も無意識の内にそう叫んでいた。それほど空腹だったし、それほどこの料理は美味しく感じた。それを見てダニエラは微笑んでいる。
「ソフィア。準備の方はどうだ?」
リカルドが料理を食べながら、ソフィアに質問してくる。
「もう殆ど終わっています。あとは当日を待つばかりです!」
ソフィアは満面の笑みでそう答えた。それを見たリカルドは頷いて口を開く。
「そうか。じゃあ俺も明日の猟は頑張らないとな!」
「父ちゃん。明日の猟は俺も連れて行ってくれるんだろ?」
「うむ」
ルーカの質問にリカルドは考え込む。ルーカは年頃の男の子。畑の手伝いだけじゃなく猟も行ってみたいようだ。
「どんな状況でも俺の言うことを絶対聞く。それが約束できるならいいぞ」
「絶対聞く!」
「そうか。じゃあ連れて行ってやる」
「よっしゃ!」
ルーカは嬉しそうにガッツポーズをする。
「良かったわねルーカ。でも危険な真似はしないでね。この人の言うことを必ず聞くのよ」
ダニエラはルーカに念を押す。
「わかった」
ルーカもダニエラの言葉に頷いた。
「そういえば、ナツト殿は猟をしたことがあるか?」
「大きいのは無いです」
正直僕は猟なんてしたことがなかったが、旅人が猟をしたことがないのはおかしいかもしれないので、不審に思われないように小さな嘘をついた。
「そうか。確かに動物や魔物を狩るのは一人だと難しいからな」
そう言って納得してくれた。
「そうなると困ったな。明日の猟を手伝ってもらおうかと思ったんだが・・・」
リカルドは顎に手を当てて考え込む。
「猟!ぜひ参加したいです!」
僕はリカルドにそういった。この世界ので生きる上ではそういうこともしなければならない時が来る。しかし、今の僕には猟の知識なんてまるで無い。もし、ここで教えてもらえるならまさに渡りに船というものだろう。
「なんだ。ルーカみたいに食いつくな。でもわかった。明日は一緒に猟に行こう」
「ありがとうございます」
僕が礼をいうとリカルドは笑っておう!といった。
「それじゃあ、明日は男3人で森に行くのね。じゃあお弁当をこさえなきゃ」
ダニエラはそういった。
「アイラはどうする?」
僕がアイラに質問すると、アイラが返事をするより早く、ソフィアが口を開く。
「アイラちゃんは明日も縫い物をするよね!?」
突然の声でアイラはすこし驚いていたが、すぐに微笑んだ表情にもどり頷いた。
「ダニエラさんに色々教えてもらいたいし」
アイラがそう言うとソフィアが嬉しそうに笑った。アイラとソフィアはおそらく今日、僕がリカルドさんに連れられて畑に行っていた間に出会った間柄だろう。話していた時間、最長でも数時間程度だが2人はすっかり仲良くなっている。
アイラはこの村に来て以来、ずっと控えめに立ち回っていたが、今日に入ってダニエラさんやソフィアのおかげで打ち解けている。村の人間との交流によってアイラも次第に心をひらいていく。素晴らしいではありませんか。見ていて微笑ましい。
出来ることならアイラにはもっと笑っていてほしい。だが、僕のその願望は人間社会の中ではそれも難しいのかもしれない。魔族であるという本人の自覚がアイラの中にはあるし、仲良くなればなるほど、アイラが魔族だとバレたときの衝撃は大きいものになるだろう。もし、とても仲の良い友だちに突然拒絶されたなら、それはとても悲しいことだ。だから、僕もアイラに積極的になってほしいという気持ちは伝えられずにいる。アイラにはアイラの都合があるのだ。
「俺は食後、会合に行ってくる。ルーカとナツト殿は畑の管理を頼む」
リカルドがそう言うとルーカと僕は頷く。
「じゃあ私達はお皿を片付けたら、裁縫の続きをやりましょう?」
ダニエラがそう言って微笑むと、ソフィアもアイラもお互いの顔を見合わせて嬉しそうの頷いた。こうして僕らの昼以降の行動が決定した。
食事を食べ終わると、リカルドは早速出かけていった。そのあとに続くように僕とルーカも家を後にして、村の中を歩く。穏やかな昼下がり、食事の後の腹ごなしに村の中を歩く。おいしい空気と穏やかな気候はとても心地が良い。散歩をする上でこの村は最高と言っても過言ではない。
「なぁナツト。ちょっといいか?」
村を歩いていると突然ルーカがそう口にした。
「え?何?」
「ちょっと寄りたいところがあるんだ。畑までは先に行っていてくれないか?」
ルーカの突然の言葉に僕は驚いた。
「どうかしたの?忘れ物?」
僕がそう質問すると、ルーカは首を振った。
「いいや。ちょっとした野暮用」
「手伝おうか?」
「いや良いよ。本当にちょっとした野暮用なんだ」
ルーカは頑なに僕の介入を拒む。それほど僕に手伝われるのが気が引ける用事なのか。
「水臭いよ。僕は君のお陰で安心できる宿にありつけてるんだ。ちょっとぐらい礼をさせてくれよ」
「家に泊めているのは父さんと母さんだろ」
「ルーカの家でもあるし、話を通してくれたのはルーカじゃないか」
「うーん」
ルーカは腕を組んでしばらく考え込む。数十秒ほどだった後にルーカはわかったと頷いた。
「まぁもうナツトも無関係とは言えないからな。だが、絶対に他言無用だぞ」
「わかってるって」
「本当にわかってるのか?まぁいい。じゃあ付いてこいよ」
そういってルーカは歩き出した。村の道を歩いて到着した場所は村長の家だった。
「ここは・・・」
「しっ!」
ルーカは声を出すなとジェスチャーをした。僕は頷いた。そしてルーカは村長の家の裏口に周り、室内の様子に聞き耳を立てる。僕もルーカのマネをして中の様子を探ってみる。
「生贄の準備はいいか?」
すると中からとてつもなく不穏な言葉が聞こえた。生贄?なんの?僕はその疑問をそのままにして、引き続き中の言葉を拾う。
「ああ。それは問題ないが××が」
「何のためにこの村を訪れたか知らないが不運な奴らだ」
「・・・・・・・」
「どうしたリカルド。気が進まないか?」
「そりゃ・・・そうだろ・・・。あんな子を・・・」
「仕方ない。これがしきたりなんだからな」
「それはそうだが・・・・」
中にいるものの一人はリカルドだったようだ。ということは先程リカルドが言っていた会合というのは村長の家で開かれているということか。
しかし、中から聞こえる言葉は決して穏やかとは言えない言葉だ。生贄という言葉だけなら、動物をひっ捕まえて祭りで奉納するとか考えられたが、それならリカルドがそれほどまでに反対する理由が見当たらない。それに"あんな子を"という言葉が引っかかる。野生の動物に対して"あんな子を"という呼び方をするだろうか。
もし、"あんな子"というのが特定の人間を指す言葉なら、"生贄"、"しきたり"という言葉がおどろおどろしいものとなる。もしかして明後日行われる祭りというのは、ただ食べて、呑んで、騒ぐだけのものではないのか?
僕がそんな事を考えていると、ルーカが突然立ち上がり、小声で行くぞと言ってきた。正直、まだ聞いていたかったが、ルーカがここから立ち去る決断をした以上、僕もそれに従っておいたほうが良いだろう。僕はそう判断して、村長宅から離れるルーカの後についていった。
「ルーカ。あれは?」
僕はたまらずルーカにそう質問しまった。
「今聞いたことは誰にも話すなよ」
ルーカはそう言ったっきり、それ以上口を開くことはなかった。その後、ルーカと僕は当初の予定通り、畑に行き、草むしりなどの畑作業を行った。その作業の途中ずっと、僕の頭の中では疑念が渦巻く。
この村の祭り、生贄、しきたり、あんな子、そして"この村を訪れたか知らないが不運な奴らだ"という言葉。それはもしかして僕たちのことを指すのか?それともこの村の誰かのことを指しているのか。そんな疑問が僕の頭の中をぐるぐると回るが、決して答えは出ない。
一体何だ?どういうことなんだ?
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