第4話 内緒話

 そして話は現在に戻る。僕は騙されて盗賊に捕まり、彼らのアジトへ連れて行かれた。目隠しをされていたので詳しい状況はわからないが、馬車の移動スピードと移動した時間から考えるとそこまで遠いところに連れてここられたわけじゃないらしい。


「おい!着いたぞ!」

「ZZZzzz・・・後5分・・・・」

「こいつなんでこんな状況で寝れるんだ?馬鹿なのか?」


 盗賊が僕の頭を叩いて僕を起こす。そして無理やり荷台から降ろされて少し歩かされる。そしてその後目隠しを外された。


「ここにしばらく泊めてやる。その後でお前の家に案内してやるからな!」


 盗賊はそういった。僕の目の前に何日か過ごすであろう場所が目に入る。広さ6畳程の空間に、ベットと汚い簡易トイレがあった。格子の嵌った小窓から差し込む光と、壁の一面が鉄格子で風通しが良いのが特徴的な住まいだ。どこをどう見ても牢屋である。


「あの・・・」

「なんだ?訊きたいことがあれば分かる範囲で教えてやるぞぉ」


 男はニヤニヤと下品な笑い声を浮かべながら僕の相手をする。

 この場合の質問に、これはどういうことなのかということは別に訊く必要はないだろう。僕が連れてこられたのは鉄格子の部屋で、それはつまり僕を逃さないようにするためだ。別の家に連れて行ってやるという言葉から察っするに奴隷商人なのかもしれない。どちらにしろ捕まった時点でそんな事を気にしてもしょうがない。でも1つだけは聞いておきたい。


「ちゃんとご飯って出るんですか?」

「は?」


 突然の言葉に男は驚く。こういう質問は想定してなかったようだ。


「はっはっはっ!お前は本当に馬鹿らしいな!飯はちゃんと出してやるよ!大事な商品なんだから!味は保証しないがな!」


 男は愉快そうに笑って僕の質問に答えた。そしてひとしきり笑った後に僕を鉄格子の中に蹴り入れて外から鍵をかける。


「大人しくしていろよ!」


 そう言って男は立ち去った。


「あちゃ~。まさか一番目に会った人間が奴隷商人とは・・・」


 運が無いなと思った。親切な農家とか行商人だったら、いや親切じゃなくてもそういった普通の職業をしている人が見つかったなら、後をつけていけば人里にたどり着く。そうすれば今ほど不便な生活は強いられていなかったかもしれない。言葉は通じるんだから物乞いにはなれるし、もし前世の記憶が役立てられれば何かしらの仕事に付くこともできたかもしれない。


 いやでも、よくよく考えると恐ろしい魔物に襲われるよりはマシだった。もしそういった魔物と出会っていたら僕美味しく食べられていたわけだからそういった意味では、猶予をもらえたと言うべきか。


「しかしどうすべきか・・・」


 見たところ前面に鉄格子、その反対側の壁には高い位置に小さな窓がある。その窓は絶対届かない場所にある上、ここにも鉄格子が嵌められている。他にはベットと筆舌に尽くしがたい匂いを放つトイレがあるが両方ともしっかりと固定されているので動かすことはできない。


 壁も床も石造りで頑丈。もしハンマーか何かを持っていたとして、簡単には破壊はできないだろう。その他に気になることは小さな排水溝があるにはあるが、とても小さいしここも例にもれず格子がある。


 ざっと石造りの床や壁をくまなく探してみても、なにか脱出の糸口になりそうなほころびは特に見つからない。これは完全に諦めるしか無いようだ。せっかくの異世界に旅行感覚の軽い気持ちで来たのに、開始数分でバットエンドの分岐に入ったような感じがする。どこで選択を間違った?


「どうしようかなぁ」


 僕が床に座り込んでどうしようか悩んでいると突然声がした。


「また新しい人が来たの?どんな人かしら?」


 僕はどこからともなく聞こえるその声の主を探した。部屋の中を探してもそれらしい人は見つからない。となると牢の外から聞こえた声なのだろうか?でも不思議なことにどこからその声が聞こえたのか全然わからない。


「誰?」


 僕がそうつぶやく。


「私の声が聞こえるの!?」


 声の主は驚いている。


「普通に聞こえているよ。それがなにか変?」


 あれ?僕なんかしちゃいました?思わずそう言いそうになったがどう考えても、今言うことじゃない。僕の質問に声の主が答える。


「これは私がテレパスで飛ばしている言葉なの。だから誰にでも聞こえる言葉じゃない」

「テレパスっていうと・・・あのテレパス?声を送ったり思念を送ったりするやつ」

「そうよ。ここの人間たちは私がテレパスを送っても気づかないの。だから、秘密裏に助けを呼ぶためにテレパスを使っていたんだけどようやく聞こえる相手が見つかった」


 あの女神はこの世界のことを全く説明しなかったので知りようもなかったが、この世界にテレパスという力があるということは確認できた。しかもそれは特定の人間しか使えない能力であるということ事も。


「君ってテレパス以外にも使えるの?」


 僕がそう言う。


「しっ!テレパスで返事をして。話しているのがバレる」


 そう言われたってどうやって使えば良いのかわからない。だからと言って、静かにしろという言葉を無視して話し続けるわけにはいかないから、僕は極力声を抑えて質問する。


「使い方がわからない」

「嘘でしょ!聞こえるなら使えるでしょ普通!」

「そんな事言われても。もしかして訓練すればできるの?」

「え?貴方って魔人や魔法使いの類いじゃないの?」

「いや違うよ。普通の人間。だけどこの世界では生後数時間ぐらいだから、この世界のことはよくわからないんだ」

「・・・・・・何を言ってるの?この世界って?」


 僕がこの世界に来てからこの声の主との短い会話するまでの状況を考えると、何点か想像できる部分はある。


 まず最初に先程の盗賊の姿から人間の姿は僕が居た世界と大きく違わないということ。意思疎通できる人間である僕が、生後数時間ということはこの世界の常識外、つまりこの世界の人間も僕らの世界と同じように、生まれ、成長して、十数年かけて成長するというのだろうという可能性が高い。


 声の主の反応を見るに異世界という存在はこの世界でも認知されていないということだ。この場合の異世界というのは僕らの世界のことを指す。


 あと、この世界には魔人や魔法使いがいるということもこの声の主は明言した。


 正直、現時点では使い物にならない推察だが、ここから外に出たときに役に立ちそうだ。この世界に元の世界の常識など通用するとは限らない。


「ねぇできればもっと話をしたいから、そのテレパスってやつのコツを教えてくれない?」

「え?コツって言われても・・・」

「お願いします」

「うっ・・・。あんまり役に立たないかもしれないけど・・・。ひとまず目をつぶって」

「うん」


 僕は声の主の言う通り目をつぶった。


「深呼吸をして心を落ち着かせる。そうすると五感が優れてくると思う」

「うん」


 言われた通りに深呼吸を数回行うと、声の主が言うように五感が鋭くなってくる気がする。


「それをしばらくしていると見なくても自分の周りの物や生き物を感じられるようになる」

「うん・・・うわっ!ネズミだ!」

「うわ!吃驚した!いきなり大声を挙げないでよ!」

「ご、ごめん・・・」


 この場所にいそうな名前を呼びたくないあの虫じゃなくてよかった。僕はあの虫が本当に苦手だ。黒くてカサカサ動いて、極めて生命力が高く人間の髪一本あれば1ヶ月ほど生存できるといううわぁぁぁ!思い出したらますます怖い!


 ともあれ、再び落ち着いて目を閉じて深呼吸を数回する。すると五感が優れ、風の音や人の息遣いが少しずつ聞こえるようになってくる。そして更に集中すると不思議な事に、自分が今いるフロアの構造が頭の中に浮かんでくる。このフロアの牢の数は8個。そのうち5個は使用中。使用中の牢の中の人物はいずれも若く、おそらくだが僕が一番年齢が高い。


「どう?なにか感じる?」

「・・・・・・・・・」


 僕は無言で声の主が発するテレパスを追った。そして声の主がいるであろう牢を突き止めそこに感覚を集中させた。ハッキリとはわからないがその牢の中にいる人物の姿はおそらく女の子だろう。年齢は僕と同じか僕よりちょっと下ぐらい。


「まぁすぐには出来るようにならないか。私だって・・・」

「できた」


 僕は彼女の言葉を遮ってテレパスを送る。


「はぁ!?嘘でしょ!」


 彼女の驚きようを察するにテレパスは成功したようだ。よし。これで堂々と内緒話が出来る。そう思ってテレパスで言葉を送ろうとした直後、このフロアに入ってくる人物がいる。


「おいてめぇら!飯だぞ!」


 盗賊の男は大声を出しながら僕らに近づいてくる。料理が盛られたトレーを何枚か持っている。


「しっかり食べろ!血色が悪いと値段が下がるからな!」


 そう言って料理を僕たちに配っていく。内容はパンと薄いハムが2枚。あとよくわからない雑草のサラダだった。あれ?これだけ?スープとかもらえないのかな?


 僕はそう思ったが、男はちゃんと食えよと言ったきり、すぐにフロアから立ち去る。うーん。やっぱりスープはなしか。そう思ってパンに口をつける。とても硬かった。

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