第24話
「……お会い出来て光栄です。殿下」
頭を下げるレイラ様に続いて、俺も静かに頭を下げた。隣にいたフローレス嬢も、俺達の姿を見て慌てて頭を下げた。
「パーティー以来だな。途中から何故か記憶が曖昧なんだが……」
あ、それ俺が作った麻酔弾ブレスレットのせいです、殿下。
首をかしげる殿下に対して、俺はすかさず心の中でツッコミを入れた。
「……うむ、思い出せない。まぁ、とりあえずいいだろう。それより、お前達は面識がなかったか?」
殿下はそう言いながら、後ろを振り返った。すると、眼鏡を掛けている男が「私は少しだけ……ジャックは初めてじゃないか?」と、もう一人に尋ねた。それに対してもう一人の男は、黙ったままコクリと頷いた。
「うむ、そうか。まあ、一応紹介しておいてやる。こっちは俺の婚約者で、こっちは俺の側近をしているマーシュとジャックだ。以上」
殿下はそれぞれの方を親指で指しながらそう言って、満足気な表情を浮かべた。
そんな殿下に対して、俺は周囲にバレない程度の小さなため息を漏らした。なんて適当な……まあ、紹介なんてされなくても、貴族社会では知っていて当然の御二方だ。
眼鏡を掛けている御方は、マーシュ・イビル・シュバリィー様。この国の宰相である、シュバリィー公爵の御令息だ。因みに、シュバリィー公爵家はグロブナー公爵家と並ぶ「三大公爵」の一つに入る名家である。確か、レイラ様とは一度だけ面識があったはず……
もう一人の強面な御方は、ジャック・ラオネル様。近衛騎士団長のラオネル伯爵の御令息だ。
確か、レイラ様から聞いた話では、御二方ともジェイコブ皇太子殿下と同じ『おとめげーむ』の攻略対象だったはず。
「まぁ、これからは学園の先輩だからな。これを期にお互い覚えておくがいい」
殿下が意気揚々とした態度でそう言うと、シュバリィー様は一歩前に出て胸に手を当てながら、軽く会釈をした。
「お久しぶりですね。再びお会いできて光栄です、グロブナー嬢。改めまして、マーシュ・イビル・シュバリィーと申します。そして、後ろに控えている者がジャック・ラオネルと申します。以後、お見知りおきを」
シュバリィー様がそう言うと、ラオネル様は胸に拳を当てながら静かに頭を下げた。
「お久しぶりですわね、シュバリィー様。それとはじめまして、ラオネル様。レイラ・エミリ・グロブナーと申し上げます。わたくしも、御二人にお会いできて光栄ですわ」
レイラ様がにこやかにそう返事を返すと、シュバリィー様は何故かこちらに視線を向けた。
「ところで……グロブナー嬢の後ろに控えている者達は平……いえ、特待生の御二人、でしょうか?」
「あ、ええ。紹介いたしますわ。わたくしの専属従者をしているノア・マーカスと、友人のアリス・フローレスですわ」
レイラ様がそう言うと、俺とフローレス嬢は改めて深く頭を下げた。すると、シュバリィー様はきょとんとした表情を浮かべながら口を開いた。
「友人……平民とですか?」
シュバリィー様にそう尋ねられたレイラ様は、少しだけ眉間にシワを寄せ「そうですが、なにか?」と答えた。すると、シュバリィー様はハハっと笑い声を上げた。
「あぁ、いや失礼……なんでもございません。グロブナー嬢」
「……そうですか」
レイラ様が怪訝な面持ちでそう答えると、シュバリィー様は僅かに広角を上げ、レイラ様を見つめながら「相変わらず、面白い御方だ」と呟いた。
「友人……ん? ……お前……」
突然、殿下はそう呟きながら、何故かフローレス嬢の姿をじっと凝視し始めた。フローレス嬢はなんだか気まずそうに目線を反らしている。もしかして、2年前に一目惚れをした初恋の相手だと気付かれたか?
「あぁ、思い出した! 昨日転びそうになっていた女か」
「え、ええ……えっと、その節はありがとうございました」
フローレス嬢は、殿下に対して気まずそうにそう答えた。すると、レイラ様はフローレス嬢に小さく耳打ちをした。
「ちょ、ちょっと、アリス。貴方まさか殿下との『出会いイベント』済ましちゃったの?」
「う……うぅ。そうなの……回避しようとしたんだけど、駄目だったのぉ」
フローレス嬢は小さな声でそう言いながら、半べそをかき始めた。
あぁ、出会いイベント……そういえば、そんな事言ってたな。俺との出会いは入学式の会場。そして殿下とは確か、学校のエントランスで転びそうになる『ひろいん』を偶然通りかかった殿下が助けるという出会いだったはず。
「まぁ、そんな気まずそうにするな。仕方ない事だ。お前も
「……は、はい?」
ウンウンと頷きながら、突拍子もないことを言い出した殿下に対して、フローレス嬢は目を丸くさせながら思わず聞き返した。
「恥ずかしがるな、恥ずかしがるな。平民のお前が皇太子である俺に少しでも近づくには、婚約者であるレイラに取り入るのが、一番手っ取り早いからなぁ。ウンウン」
頭があまりにもお花畑な殿下の発言によって、レイラ様とフローレス嬢は口を開けながらポカーンとしている。
俺も殿下のバカさ加減がここまで悪化したのかと思うと、ため息しか出てこない。いや、ため息はいつもの事か。
俺がそんな事を考えていると、殿下はフローレス嬢の近くまで近寄り、顎をクイッと持ち上げた。
「まぁ、平民だとしても魔力持ちの特待生として入学したお前みたいな上玉……俺の愛妾くらいにはしてやってもいいな」
殿下はそう言って、フローレス嬢の顎を持ち上げたまま自慢家な表情を浮かべた。
……もう本当に男の屑代表みたいな発言だな。ん、いや待てよ。このやりとり……ハッ、これはまさかレイラ様から散々聞かされた『俺様皇太子ルート』に入るときのセリフってやつじゃないか?
屑みたいな発言だが、こんな間近で自分の好きだった『おとめげーむ』の実体験なんかしたら、フローレス嬢もうっかり殿下にときめく可能性があるかもしれない。そうなれば、レイラ様も殿下と婚約破棄できて万々歳なんだが……
俺は心の中で微かな希望を抱きながら、フローレス嬢の顔を少し覗いてみた。
「………………(物凄く嫌そうな顔)」
うん。
やっぱり、俺様皇太子ルートは駄目みたいだ。
まぁ、あんな事言われて惚れちゃったら、ただの変態ですもんね。
しかし、周りの何人かの御令嬢は、そんな光景を見ながら「キャー!」と黄色い悲鳴を上げた。うん、何人かは少し変わった嗜好の御令嬢もいるようだ。
そして、黄色い悲鳴を上げていた御令嬢方は、ヒソヒソと眉をひそめながら「なんて卑しいのかしら、あの平民。やっぱりおかしいと思ったわ」と話し始めている。そんな周りの声に気が付いたフローレス嬢は、ハッと我に返り、殿下を突き飛ばして慌ててレイラ様の方へ視線を向けた。
「ち、違います! そんな理由で私は……」
「分かってるわ、大丈夫よ。だから、そんな半べそかかないで。アリス」
レイラ様はフローレス嬢に対して、優しく宥めるようにそう言うと、今度は殿下の方へ視線を移し口を開いた。
「殿下?」
「な、なんだ」
「殿下のその俺様キャラは正直、痛い男ってやつですわ」
レイラ様はそう言いながら、にっこりと微笑んだ。
「……おい。どういう意味だ、それは」
殿下はにっこりと微笑むレイラ様を睨みつけながらそう尋ねた。
場の空気が一気に凍り始めたが、そんな中でもレイラ様はにっこりと微笑んだまま話を続けた。
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