第17話


 ガタガタガタッガタガタガタガタガタッ


「…………」


「…………」


「…………で?」


 ジェイコブ皇太子殿下は、腕を組みながら股を大きく広げ、再び不満気に口を開いた。


「……どーーしてがこの馬車の中にいるんだよ! !!!」


 殿下はそう言いながら、勢い良く俺を指差した。


「私はお嬢様の従者ですので、如何なる時もお嬢様のお側でお守りしなければならないのです」


 俺が何食わぬ顔でそう答えると、殿下は勢い良く立ち上がった。


「そんなもの公爵家の馬車か馬にでも乗って護衛をすればいいだろうが! くそっ、なにが楽しくてお前なんかと!」


「あら、私は楽しいですわよ?」


「ありがとうございます。お嬢様」


「くそ! レイラお前は黙っていろ」


「あら、馬車の中で立ち上がると危ないですわよ。殿下」


 レイラ様がそう言うと、殿下は立ったまま「ぐぉぉおおおお」と雄叫びを上げながら、恐らく時間を掛けてセットしたであろう髪をクシャクシャっと掻きむしった。

 俺はそんな姿を見ながら、小さくため息を漏らした。2人っきりなんてさせる訳がないだろう。この俺が。俺は知ってるんだからな。さっきから殿下の視線がレイラ様のおっp……お胸様をいやらしい目でチラチラ見ている事に。このケダモノめ。まあ、でも一応はこの国の皇太子殿下だしな。ここは少し下手に出てみるか。


「殿下のご気分を害してしまい、誠に申し訳ございません。しかし、お嬢様は殿下の婚約者であって、まだ正式に婚姻を結んでおりません。婚姻を結んでいない男女を、密室に2人っきりにさせる訳にはいきませんので」


「たかが馬車如きではないか。それに、たかが従者の分際で、俺に口答えする気か?」


「……申し訳ありません。旦那様にきつく申し付けられておりますゆえ、ご容赦下さいませ」


「くっ……公爵の奴か……ふん、もういい」


 殿下は鼻息を荒くさせながら、そのままドカッと腰掛けた。


 グロブナー公爵家は古くから王家に仕えており多大なる功績を残し、四大公爵家にも数えられる由緒正しい名家である。このようにグロブナー家と王家との絆は深い為、いくら皇太子殿下という立場であっても恐らく公爵であるジェームス様との対立は避けたいのだろう。

 なんだかやっぱりそう思うと『おとめげーむ』で婚約破棄をされて、ギロチン処刑までされるなんて事が公爵令嬢の一人娘であるレイラ様に本当に起きるのかとも思うけど……


「……くそ。どいつもこいも……気に食わない奴らばかりだ」


 殿下は貧乏揺すりをしながら、そう呟いた。


 今日はいつにも増して機嫌が悪いな。

 俺は息の詰まる中、再び小さくため息を漏らした。まぁ、そうなるのも仕方がないかもしれないな。


 恐らく側室のヴィオラ様が昨年、第二皇子となるラファエル殿下をご出産された事が原因なんだろう。ヴィオラ様は2年前、ちょうどひろいんと出会った『星の夜祭』の直後、まだ発展途上の隣国から側室として迎え入れた。その後、直ぐにヴィオラ様のご懐妊の知らせが出回ったのだ。

 更に現在、第一皇子のジェイコブ殿下派と、ジェイコブ殿下の素行の悪さから王位を継承をするべきではないと主張をするラファエル殿下派とで、貴族間の派閥化が起きている。また、秘かに陛下も出来の悪いジェイコブ殿下より、ラファエル殿下に期待をしているのでは? と噂されているようだ。

 そんな周りの様子にジェイコブ殿下や王妃殿下も嫉妬と嫌悪感を抱いているようで、最近では態度や素行の悪さに拍車が掛かっているみたいだ。


 俺達はそんな重い空気のまま、王城へと馬車を走らせた。



 ******



 馬車を走らせ王城へと到着すると、着飾った貴族の方々が多く集まっていた。

 殿下はというと、レイラ様の婚約者という立場にも関わらず「おい、早く行くぞ」と言って、さっさと馬車から降りて中の方へと向かってしまった。仕方がないので、俺が会場の前までレイラ様をエスコートしなければ。


「悪いわね。ノア」


「とんでもございません。お嬢様」


 俺がそう言いながら足を進めていると、先ほどからチラチラと周りから視線を感じた。恐らく、隠しきれないほど溢れ出ているレイラ様の魅力と、少しだけ年不相応な妖艶さに惚けている野郎共の視線に違いない。


「……チッ……虫けら共め」


「ん、なにか言った?」


「いいえ。何も?」


「そう……というか、さっきから凄く視線を感じるわね」


「……気のせいですよ。きっと」


 悪い虫共が湧いてるだけです。お嬢様。

 俺がそんな事を考えていると、レイラ様は隣からじっと俺の顔を見つめた。


「どうかなさいましたか?」


「……ノア。貴方、けっこう鈍感なのね」


「??」


「視線の原因は貴方よ。さっきから周りのご令嬢や若い女性の御付きの者がチラチラ見ては、キャッキャ騒いでいるわ。ほら、周りを見てみなさいよ」


 レイラ様にそう言われ、俺は少しだけ周りを見渡した。確かに何人かの若い女性方も、こちらをチラチラと見ている。が、やはりどちらかと言えばレイラ様に対する男性からの視線の方が多い気がする……


「うーん。どうなんでしょう」


「ほんと鈍感なのね、貴方。最年少の高位魔道師という立場で、こんなにイケメンなんだもの。騒がれて当たり前だわ」


 レイラ様はそう言いながら、子供のように少しだけ頬を膨らました。そんなレイラ様を見た瞬間、俺は愛おしくて思わず笑いが込み上げた。


「何よぅ!!」


「ははっふっ……なんでも、何でもありません。お嬢様」


 俺がそう言うと、レイラ様の頬はますます膨らんだ。


 ……あぁ、無理だ。愛おし過ぎる。


 正直、こんな魅力的なお姿のレイラ様を殿下に預けるだなんて……くそ、恨めしい。ドレスの色だって殿下の瞳と一緒なことに実はちょっと……いや、だいぶ嫉妬している。


 ずっとこのまま隣にいれたらいいのに。


 そんな風に想いながら、俺達は会場へゆっくりと向かった。


 会場の前まで到着すると、殿下が会場の前で何人かの女性をすでにはべらせていた。

 殿下は俺達の姿を見つけると「お前達やっと来たか」とため息をついて、侍らせている女性達の腕を適当に振り払った。


「「あぁ~ん、殿下ったらぁ!」」


「後でな。おい、さっさと入場だけ済ますぞ」


 殿下にそう言われ、レイラ様は表情を崩さず笑顔で「ええ、そうですわね」とだけ答えた。目は笑ってないな。


「じゃあ、行ってくるわね。ノア」


 レイラ様がそう言うと、俺の腕に掛けられていたレイラ様の腕がスルッと抜けていった。


「行ってらっしゃいませ。お嬢様」


 俺はそう言いながら胸に手を当て、ゆっくりと頭を下げた。


 あぁ、俺がレイラ様の婚約者だったらな。


 俺は頭を上げ2人の後ろ姿を見送りながら、胸に当てていた手をギュッと握りしめた。


「……あれ、ノア君じゃないかい?」


 俺は突然後ろから声を掛けられて、思わずビクッと体を弾ませ後ろを振り返った。


「あ、やっぱり。久しぶりだね」


 後ろを振り返ると「ルウ・シモン」侯爵子息が、にこやかな表情を浮かべながら立っていた。

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