第18話
「あ、やっぱり。久しぶりだね」
俺が後ろを振り返ると「ルウ・シモン」侯爵子息が、にこやかな表情を浮かべながら立っていた。
「お久しぶりです、ルウ様……といっても麻酔弾ブレスレットを作っていた時に、お会いしたじゃないですか」
「ははっ、そうだったね」
ルウ様はそう言うと、目を細めながら微笑んだ。元から細い目をしているせいか、微笑むとさらに目が細くなり、ほぼ線のように見えてしまう。
このお方が、あの『麻酔弾ブレスレット』を作るときに手伝ってくれた、魔道具に詳しい人だ。ルウ様はいつも優しげな雰囲気を纏っていて、俺やレイラ様とは同い年である。スルス館の長である「オリバー・シモン侯爵」の御子息で、侯爵家では三男にあたる。
「あ、久しぶり〜ノア君♡ アーシャちゃんもいるよぉ」
そう言ってルウ様の後ろから、1人の侍女がひょこっと顔を出した。彼女は「アーシャ」と言って、ルウ様のところで働いている侍女だ。さらに、彼女もまたスルス館の魔道師の1人である。
俺は彼女を見た瞬間、思わず顔をしかめた。実は、彼女のことがちょっぴり苦手なのだ。俺がそんな事を考えていると、ルウ様は「あ、そういえば……」と呟いた。
「今年は君やグロブナー公爵家のレイラ様も、学園に入学するんだろう?」
「ええ。そうですね」
「君らと一緒に学園生活を送れるなんて嬉しいよ。凄く楽しみだ。それに……
「あの子……ですか?」
俺がそう尋ねると、ルウ様はハッとした表情を浮かべて「しまった」と呟いた。
「あ、いや、まだ他の人には言っちゃいけなかったんだった。今はあんまり詳しくは話せないんだけど、ごめんね。その子と約束してて」
「も~ルウ様はオマヌケさんですねぇ~」
アーシャさんにそう言われると、ルウ様は頭をポリポリと掻きながら「はは」と、気まずそうに笑った。
『あの子』ねぇ……そういえば……ルウ様は『おとめげーむ』の中で、おたすけなんとかって言っていたな。もしかしたら、ひろいんに関係してるかもしれない。また今度、レイラ様に詳しく話を聞いてみよう。
「いや、でも入学したらまた紹介するよ。それじゃあ、僕はそろそろ会場に向かうね。また入学式で会おう、ノア君」
「ええ。楽しみにしております、ルウ様」
俺がそう答えると突然、アーシャさんは何か閃いたような表情を浮かべ口を開いた。
「あ、じゃあ~ノア君わぁ、アーシャちゃんと控え室に行きましょ! ね!」
アーシャさんはそう言いながら、俺の腕に自分の腕を絡ませた。すると、俺の腕になんだか柔らかい感触が伝わってきた。
「あ、ちょ、まっ……」
「待たないよーん」
「ははっ、2人とも仲良しだね。ぶつからないように気を付けて、アーシャ」
「はぁーい♡」
アーシャさんは俺の腕を組みながら、ヒラヒラとルウ様に手を振った。どこが仲良しなんですか! どこが!!?
「ふふ、実は今日、ルウ様について行ったら、ノア君に会えるかなって思ってついてきちゃった♡ アーシャちゃんもリベルテ学園の卒業生だからいっぱい、いろぉんなこと教えてあ・げ・る・ね♡」
アーシャさんはそう言いながら、俺にウィンクをしてきた……だから苦手なんだ、この人は。
そうして俺は、アーシャさんにズルズルと引きずられながら、その場を後にした。
******
俺はなんとかアーシャさんから逃れる事に成功し、王城の中庭へやってきた。そして、そのまま中庭の大きな噴水のところで座り込んだ。
最悪だ。なんだか、どっと疲れた。
あの後、アーシャさんに連れられ控え室の方へ行くと、何故か他の侍女や控え室で休んでいた貴族のご令嬢達にも揉みくちゃにされ、思わずここまで逃げてきたのだ。
俺は先ほどまでの出来事を思い出し、深いため息を漏らした。あぁ、今日何回ため息ついているんだろう。
俺は一度顔を上げ、夜空で上品に輝く満月を見つめた。
「……あー……レイラ様に会いたい……」
補充したい。
頼むから、俺の心の充電をさせてくれ。
そう切に願っていると、後ろから「ノア~」と、微かに俺の名前を呼ぶレイラ様の声が聴こえてきた気がする……
あぁ、幻聴まで聴こえてきた。
「~~ノア~~~~!」
!?
幻聴じゃない! 本当に呼んでた!
俺はパッと立ち上がり、後ろを振り返った。すると、ドレスで走ってくるレイラ様の姿が見えた。
「あっ……いた、ノア! はぁはぁ……っ……」
俺の元へたどり着くと、走ってきたせいか髪が乱れ、顔も少し火照っていて汗ばんでいる。さらに、息を切らしながらその状態で、身体と胸を大きく上下に動かしている様子がなんというか……非常に色っぽい。
俺の心は今、十分過ぎるほどに充電された。が、充電どころか思わず理性が振っとんで、そのままレイラ様を押し倒して襲ってしまいそうだ。
いや、俺は従者。俺は紳士。これくらいで動揺を表になんか出しはしない。俺はそう自分に言い聞かせて、レイラ様に自分の手を差し出した。
「お、おじょう。だっ……だだだいじょうぶ、デスカ」
「おじょう?」
……失敗した。めちゃくちゃ動揺してた。
俺が心の中で反省していると、レイラ様はくしゅんと可愛らしい声を上げてくしゃみをした。そんな薄着で走ってきたんだ。きっと、汗が冷えてしまったんだろう。
俺は直ぐに自分のジャケットをレイラ様に羽織らせた。
「まだ夜は肌寒いです。羽織っていて下さい」
「あ、ありがとう。ノア」
「袖に腕も通して下さい。なんなら、前も全部閉じて下さい。俺が過ちを犯す前に」
「え? わ、分かったわ。でも前も全部はちょっと厳しいわよ。このドレスじゃ」
「まあ、譲歩しましょう。というか、どうしたんですか? まだパーティーの途中じゃ……ハッ、まさかあのエロ殿下が?」
「まあ、それもあるわ。だいたいの人に挨拶し終わったら、急に
レイラ様の話を聞き終えると、俺は頭がぶちギレそうになった。
「あの糞エロ小僧。麻酔弾に毒でも混ぜておくんだった」
「そ、それは捕まるから! なんなら、ギロチンフラグ回収しちゃうわよ!」
レイラ様はそう言いながら、慌てて俺を宥め始めた。
「あ、あと、それだけじゃなくて……会場でルウ様とお会いした時に、ノアがルウ様の侍女に連れて行かれたって聞いて……」
「え」
「ル、ルウ様の侍女が『今日のノア君、色んな女の子に狙われてるから急いで奪われないようにしなきゃ』って聞いて……慌てて探しにきて……それで」
レイラ様はそう言いながら、頬を紅く染め、モジモジとし始めた。
俺はそんなレイラ様の様子に、胸がキュッとなった。そして、俺はレイラ様の顔を覗き込むように、自分の顔を近づけた。
「……心配、して来てくれたんですか?」
「っ……う、うん」
急に顔を近づけられたレイラ様は、更に顔を真っ赤にさせた。俺はそんな姿が愛おしくて、そのまま顔を近づけたまま優しく微笑み「ありがとうございます」と答えた。俺がそう言うと、恥ずかしくなったのか、レイラ様はコクンと頷いてから顔を反らした。
しかし、俺はすかさずレイラ様の手を取り、そっと腰に自分の手を回した。すると、レイラ様は思わずビクッと身体を弾ませ、少しだけ顔を上げて俺の顔を見つめた。
「ノア?」
「……その、踊りません、か?」
「え?」
「いや、ほら、ここからなら微かに音楽が聴こえますし。お嬢様もそんなに今日、踊れてないでしょう?」
「そ、そうね。折角だしね!」
レイラ様は少しだけ慌てた口調で答えた。
そして、俺達は微かに聴こえる音楽に合わせて踊り始めた。自分から誘っておいてなんだが、密着したレイラ様の柔らかい感触が妙に生々しくて、変な気分になりそうだ。心臓がバクバクして飛び出てきそう。
「久しぶりよね。ノアと踊るの」
「え、あぁ。そういえば、そうですね」
昔はダンスの練習の度に付き合っていたが、最近は全く踊っていなかった。
「なんだか昔よりも背が伸びて、ちょっとだけドキドキしちゃうね」
レイラ様は頬を紅く染めたままそう言って、俺に笑い掛けた。
「……お嬢様。お願いですから、この状態で色々と煽らないでもらってもいいですか」
「え、どういうこと?」
俺は紳士。俺は紳士。俺は紳士……
そう言い聞かせながら、俺は自分の理性と自分のムスコを落ち着かせた。
少しでもこの2人だけの時間を、長く過ごす為に。
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