第16話

 コンコンコン


 俺は、ドレスルームの扉を3回ノックした。


「お嬢様、ノアでございます」


「あ、入っていいわよ」


 俺はレイラ様の声が聴こえてから、ドアノブに手を掛けてゆっくりと扉を開けた。


「ノア! どお、似合ってる?」


 ドレスルームの扉を開けると、濃い藍色のドレスに金色のレースと刺繍が施されているドレスを纏ったレイラ様が立っていた。俺が以前『星の夜祭』で差し上げた安物のネックレスも、首もとにあしらわれている。……というか、ネックレスよりもパックリと開かれた胸元のご成長されたおっp……お胸様が気になって気になってしょうがない。なんというか、これは……


「……ちょっと妖艶すぎてませんか」


「ちょっと、どこ見て言ってるのよ」


「おっと、失礼」


 俺はそう言ってレイラ様のおっp……お胸様から目を反らした。いやいや、でも、だって。俺も健全な男の子ですよ? こんなの見ちゃうに決まってるでしょうに。


「で、どうなのよ」


 レイラ様はずいっと顔を近づけて、俺に尋ねた。

 駄目だ。駄目だ。冷静に。紳士的に。


「とてもお似合いです。完璧です。お嬢様」


 俺はそう言って、にっこりと微笑んだ。

 すると、レイラ様は満足そうに「ふふ、ありがとう」と言って微笑み返した。


「けど……建国記念のパーティーなんですから、ネックレスはもっとドレスに合う高価な宝石がついた物の方がいいんじゃないですか?」


 俺がそう言うと、レイラ様は「いーの。これがいーの!」と子供のように仰った……くそ、かわいいな。


 そんな風に心の中でレイラ様の可愛さに悶えていると、後ろから突然、咳払いをする声が聞こえてきた。後ろを振り返ってみると、執事長のアルフレッドが立っていた。


「お嬢様。ジェイコブ皇太子殿下がお見えになりました」


「あぁ、もうそんな時間ね。ありがとう、アル。もう準備はできたから、すぐに向かうと伝えて頂戴」


「かしこまりました」


 執事長はそう答えると、静かにその場を後にした。執事長の姿が見えなくなると、俺はあることを思い出して口を開いた。


「あ、忘れるところでした」


 俺はそう言いながら、胸ポケットからあるものを取り出した。


「どうしたの?」


「お嬢様、お手をお借りしてもよろしいですか?」


「え? まあ、いいわよ」


「ありがとうございます」


 俺はそう言って、レイラ様の手首にあるものを着けた。


「わぁ……とっても綺麗ね。どうしたの? これ」


 レイラ様はそう言いながら、手首に着けられたブレスレットを眺めた。ブレスレットは、お嬢様の髪色と瞳の色に合わせて、金色と水色の石が装飾されている。


「プレゼントです、お嬢様。実はですね、この金具の小さな突起を押すと、小さくて細い針サイズの麻酔弾が発射されるんですよ」


「……はい?」


「スルス館の魔道具に詳しい人に教えて貰って、僭越ながら私が作らせて頂きました。名付けて、麻酔弾ブレスレットです。ちなみに、魔道具の効果で眠らした相手は眠る直前の記憶が消されますので、ご安心下さい」


「い、いやいやいや、ご安心下さいじゃないわよ! 物騒過ぎるし、どっかの探偵アニメのやつよりも強化されてるじゃない」


「はい? 何言ってるんですか」


「あ……いいえ、こっちの話よ。って、そうじゃないわ! どうしてこんな物騒なもの……」


「だって、今回のパーティーは会場まではお嬢様をお守りできますが、パーティー会場の中までは付き添えないじゃないですか。なので、護身用です」


「護身用って……一応、エスコートして下さる殿下もいるし大丈夫よ」


「何言ってるんですか。そのケダモノが一番危ないでしょう」


 俺は食いぎみにそう言った。以前から自己中心的で横暴な殿下だったが、最近はそれに加えて、レイラ様という婚約者がいるにも関わらず、女遊びも激しいらしい。そんなケダモノがこんな魅力的なレイラ様を見たら、何をしでかすか分かったもんじゃない。


「……が心配なんです。どうか、受け取ってくれませんか」


 俺は体を屈めて上目遣いで、レイラ様にお願いした。すると、レイラ様は頬を紅く染め、右手を口元に当てながら「うぅっ」と唸った。

 ……俺は知っている。レイラ様はこうやってお願いをする俺に弱いのだ。


「わ、分かったわよ!」


「ありがとうございます、お嬢様。これで、私も安心です」


 俺が満足気にそう言うと、レイラ様は頬を紅く染めたまま、少しだけ不服そうな表情を浮かべていた。が、すぐに諦めたように「ありがとう、ノア」と仰った。


「では、今度こそ参りましょうか。お嬢様」


「ええ、そうね。殿下がお待ちしてるし、急ぎましょう」


 そうして、俺とレイラ様は皇太子殿下の元へと向かい始めた。



 *******



 俺とレイラ様は足元に気を付けながら、赤いカーペットが敷かれた階段をゆっくりと下りて公爵邸のロビーに到着した。すると、少し不機嫌そうに腕を組んで待っている殿下の姿が見えた。


「殿下、大変お待たせしました」


「ハァ、全くだ。何をしていたんだ? 俺をあまり待たせるな」


「……あら、気の短い男はモテませんわよ?」


「ハッ。生憎、俺は女に困ったことはないんでな」


 殿下は何故か自慢気にそう言いながら、鼻で笑った。目の前に自分の婚約者がいるのにも関わらず、婚約者本人にそんな事を言うなんて本当に屑野郎だな。だいたい、さっき着いたばかりだろう。そんな待っていないだろうが。

 俺がそんな事を思いながら、殿下に冷ややかな視線を送っていると、その視線に気が付いた殿下が口を開いた。


「ハッ、相変わらず、その生意気そうな奴を従者にしているんだな。お前は」


 殿下はそう言いながら、俺を睨み付けてきた。俺達がお互いに火花を散らしていると、レイラ様は思わず俺の裾を引っ張った。


「ちょっと、ノア」


「……失礼しました。お嬢様」


 俺はそう言いながら、一歩後ろへと下がった。


「ふん。全く……目障りでしょうがない。そんな目障りな奴、さっさと解雇してしまえ。いずれお前は、俺様の妃になるんだからな」


「……私の従者は、私自身が決めることですので。殿下にあれこれ言われる筋合いはございませんわ」


 レイラ様がそう言うと、今度は殿下とレイラ様でお互いに火花を散らし始めた。あれ、なんだかこのやりとり……レイラ様の前世言葉で言うと、デジャブってやつか?

 俺がそんな風に呑気にそんな事を考えていると、殿下の御付きの者が殿下の後ろから、気まずそうに声を掛けた。


「で、殿下。そろそろお時間が……」


「あぁ、そうだな。おい、早く行くぞ」


 殿下はそう言いながらレイラ様に背を向けて、そのまま足早にズンズンと進んでいった。


「相変わらずですね、殿下は」


「ええ、むしろパワーアップしているわ。もうサクッと行ってサクッと帰りましょう」


「そういたしましょう」


 俺とレイラ様はそんな事を言いながら、互いに顔を見合わせ、ため息を漏らした。

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