第15話


「ん~~今日も快晴だな」


 俺は布団と洗濯物を干しながら、空を見上げそう呟いた。すると、遠くの方から下僕達の元気な声が聞こえてきた。


「「だ~んな~! ノッア~のだ~んな~!」」


 俺はハァとため息を漏らして、後ろを振り返った。


「お前ら……この公爵邸の旦那様はジェームス様だぞ。何回言えば分かるんだ?」


「だぁ〜からぁ〜それは公爵の旦那様ですわ。ノアの旦那」


 下僕①がそう言うと、下僕②も「そうっスよ。ノアのアニキだとアニキと被りますしね」と言いながら、ウンウンと頷いた。

 そんな下僕達に対して、俺は再び深いため息を漏らした。


「もういいや、それで……の情報はどうなっているんだ?」


「あぁ、いやぁ……それが全く情報がねぇんですわぁ。ずっと探ってるってぇのに。面目ねぇ」


 そう言って下僕①は申し訳なさそうに頭を下げた。例の件というのは、勿論『ひろいん』についてだ。


 ひろいんと出会ったあの日から月日が経ち、俺はもうすぐ15歳になる。


 あの日から2年近く下僕達を使って、彼女について調査をしてはみたが、何故か彼女についての手掛かりが全く掴めない。下僕達がただ単に使えないのか、それとも何か見えない力が働いているのか……


「……そうか。まあ、もう例の件については気にしなくてもいい」


「え? そうなんですかい」


「あぁ」


 何故かというと、もうすぐレイラ様の前世でやっていた『おとめげーむ』の舞台、『リベルテ学園』に入学するからだ。そして、ひろいんも勿論、この学園に同級生として入学を果たすらしい。


 リベルテ学園は、数代前の国王が特別に設立した国が運営する学園だ。この学園には貴族のご子息やご令嬢方が多く通われているが、特例で膨大な魔力を有する子供は平民であっても身分に関わらず推薦を受け入学を許される。そして特待生枠として、学内の特別な施設で魔法の知識を学び、自身の能力を高めることができるのだ。

 その為、平民で従者である俺も、この学園にレイラ様と一緒に通う予定となっている。そしてレイラ様の前世の記憶によると、ひろいんも同じだ。ひろいんは、ただの平民の女の子だったが、彼女には俺と同じく膨大な魔力を持っていることがこの先判明するらしい。


 この先、ひろいんは学園に入学し、平民ながらも高い魔力の能力を称えられ、その愛くるしい見た目から皆に愛されドキドキな学園生活を送ることになるのだ。


 ……なんだか本当に、おとめげーむというやつは、つくづく都合のいい話のようだ。


 というか、歳少年の最高位魔道師である俺よりも、何故ひろいんの方が学園でチヤホヤされるのか? と、不思議に思いレイラ様に尋ねてみたことがある。すると……


「えぇぇ……まあ、ゲームの悪役令嬢のレイラだったら……自分の従者が自分よりもチヤホヤされてたら許さないんじゃないかしら?」


「なるほど、本当に性格悪かったんですね。お嬢様」


「私は違うわよ!? だからね? まあ、でも乙女ゲーム定番のご都合主義ってやつのせいかしらね、やっぱり」


 と、笑顔でレイラ様は答えていた。



 *******



「じゃあ、俺はやることがあるから。下僕①と下僕②は庭園の手入れを頼む」


「へい……というか、その、ノアの旦那。そろそろ俺達の事、名前で呼んでくれやせんか? 以前のしりもち男よりはマシですけど……」


「そうッすよ~。俺なんて腰巾着だったんすから~!俺はトム。アニキはラウルっすよ!」


「……うるさい。①と②」


「「うぅ……イェス、ボスゥ」」


 下僕達はしょぼんと肩を落としながら、そう返事を返した。俺はそんな2人の事は気にせず、その場を後にした。


 今日はこの国の建国記念日だ。その為、王城では建国記念を祝うパーティーが行われる。レイラ様はそのパーティーに出席すべく、早くから準備に取り掛かっている。メイド達もお嬢様専属のメイド、ララの指示に従って大忙しだ。炭酸入りのお風呂に浸かり、念入りに『オイルマッサージ』をして身体のお肉を絞り、ドレスルームでドレスに着替え、髪のセットと化粧を施す。

 炭酸入りのお風呂とオイルマッサージは、レイラ様が発案者だ。炭酸入りのお風呂は、俺が朝早くに魔法でお湯を沸かしてから、炭酸ガスつまり二酸化炭素を再び魔法でそのお湯に溶け込ませ、シュワシュワした気泡を発生させる。どうやら、この気泡が美容にはうってつけらしい。最初、レイラ様から話を聞いたときは、意味が分からなかったが、魔法で何度も試行錯誤していたらなんかできるようになった。

 そして、オイルマッサージのオイルもそうだ。以前、レイラ様と俺が『スルス館』の研究室で、色々な薬草を試しながら開発した。実はそのオイル、発明した当時にスルス館の魔道師から貴族へと広がり、現在では話題沸騰中である。


 当時、レイラ様は「事業なんてする気ないわ。私が使いたくて、ノアにちょっと作ってもらっただけよ。それに悪役令嬢のレイラって事業とかいっぱい立ち上げては、失敗ばかりで散々だったはずだし、ブツブツブツ……」と言いながら、事業には興味がなさそうだった。

 そのせいかスルス館では、何人かの魔道師達がオイルの製法特許を狙っていた。なんとか上手いこと言って俺達から製法特許を奪い、自分達のものにして利益を得ようとしていたのだ。そこで、俺は旦那様に相談して、製法特許を取得し『グロブナー公爵家』が運営をする『ラムール』というブランドを立ち上げた。


 この『ラムール』ではオイルだけではなく、レイラ様からヒントを頂き『化粧水』や『乳液』、髪をサラサラにする『シャンプー』や『リンス』なども開発し販売を始めた。すると、たちまち美容に気を遣う貴族の女性の間で話題となった。売り上げは、現在も順調に右肩上がりである。

 何故俺が店の売り上げについて、知っているのかというと『ラムール』の経営には、俺も携わっているからだ。公爵である旦那様が『ラムール』の経営をなさっているが、実はここ数年、俺は旦那様の仕事の補佐もやらせていただいているのだ。


 ちなみに、売上分からは商品の発案者であるレイラ様にも、旦那様がお小遣いだと言って、毎月大金を渡している。レイラ様は「ぜ、前世で、悪役令嬢のレイラにこ、こんな事起きなかったのに……」と驚いていた。勿論、開発者兼補佐の俺も旦那様からおこぼれを頂いて、ガッツリ?臨時収入を得ている。


「……とりあえず、これで終わりかな」


 ドレスルームでレイラ様が準備をしている間に、部屋の掃除を終えた俺は、ふぅと一息着いた。


 レイラ様の準備もそろそろ整うはずだ。それに、ジェイコブ皇太子殿下も、婚約者としてそろそろ迎えに来る頃だろう。俺も従者としてレイラ様について行く為、身だしなみを整えないと。


 俺はそんな事を考えながら、急いで自分の準備を済ませ、レイラ様の元へと向かった。

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