第13話 ララside story①


 日が登り朝日が差し込み出す時間。


「あ、ララさんおはようございます!」


 資料を両手に抱えたノアは、慌てた様子で私に挨拶をしてきた。慌ててるせいか、服が少しよれている気がする。


「おはよう、ノア。どうかした?」


「実は、先程旦那様にお呼び出しされまして……」


「あら。じゃあ、今日の朝は着替え以外の担当も、私がやるわ」


「……っ! すんません、ありがとうございます! では、お願いします!」


 ノアそう言いながら、再び慌てた様子でその場を後にした。


「……最近のあの子、なんだか忙しそうね」


 私とノアは、お嬢様の専属メイドと専属従者だ。お嬢様のお着替えや入浴のお手伝いなどは、私が担当しているが、それら以外の身の回りのお世話は2人で分担しながら仕事をしている。しかし、最近のノアは旦那様のお仕事などもよく手伝っているようだ。なんだか、他にも色々と仕事を抱えているようだし。


 まぁ今のところ、こちらの仕事に支障がないので、いいのだけれど。ノアの体調が大丈夫なのか、少し気がかりだ。


「あぁ、いけない。私も急がなきゃね」


 私はそんな風に独り言を呟きながら、急いでお嬢様の元へと向かった。


 ******


 コンコンコン


「……失礼いたします」


 お嬢様の寝室の前へ着いた私は、ノックをして静かに部屋へ入り、カーテンを勢い良く開けた。


「……ぅうん……」


「お嬢様、おはようございます。お着替えの時間ですよ」


「ぅうん……おはよぅ……」


 お嬢様が身体を起こしながら右手で目を擦るが、その愛くるしい瞳の瞼は、まだ開いていないようだ。


「ふふ。しょうがない御方ですね。まずはお顔を洗いましょう」


 私はお湯が入った桶とタオルを机の上に置いた。

 お嬢様がお顔を洗い終えると「お次は御髪おぐしを整えますよ」と、促して鏡の前へと移動した。そして、お嬢様のキラキラとした御髪にくしを丁寧に通し始めた。ふと、鏡に目を向けてみると、お嬢様は気持ち良さそうな表情を浮かべている。なんだか子犬のブラッシングをしているような気分だ。


 そんな事を思っていると、お嬢様の瞳と同じ色の石がついたアクセサリーがお嬢様の胸元についていることに気が付いた。


「あら、お嬢様。その胸元についているアクセサリーは……」


「あ、へへへ。これね、実は星の夜祭のときノアに貰ったの。その、嬉しくて……なかなか着けれなかったんだけど昨日の夜、着けてみたの」


 お嬢様は嬉しそうに頬を紅く染めながら、当時の事について話し始めた。

『星の夜祭』の日は、なんだか大変だったそうであまり屋台などが回れず落ち込んでいたそうだ。しかし、そんなお嬢様を見かねたノアが、屋台で見つけたアクセサリーを帰り際にこっそり買ってプレゼントしてくれたそうだ。


「そうだったのですね。お嬢様のアクアマリンのような瞳の色に似ていて、よくお似合いです」


「へへへ。確かにアクアマリンみたいね。まあ、屋台で売っていた物だし、本物ではなさそうだけど。でも私の宝物よ」


 お嬢様はそう言いながら、アクセサリーの石を両手でぎゅっと握り締めた。御髪を整え終え、お着替えも済ませると、部屋の外からノックをする音が鳴った。


「お嬢様、おはようございます。ノアでございます」


 あら。旦那様の方の仕事、思ってたより早く済ませたようね。


「っ!! ど、どうぞ!」


 ノアの声に、お嬢様は身体をビクッと弾ませて声を少しだけ上ずらせながら答えた。部屋の扉が開くと、今度はピシッと執事服を着こなしたノアが立っていた。ふふ、ここへ来る前にちゃんと身だしなみを整えたのね。


「おはようございます、お嬢様。朝食のご準備が整いましたよ」


「お、おはよう。今向かうわ! ありがとね、ララ」


「いってらっしゃいませ。お嬢様」


 ノアの元へ慌てて向かうお嬢様に、私は頭を下げてそう答えた。


「あ。それ、着けて下さったんですね」


「うん……どぉ?」


「とてもお似合いですよ、お嬢様。プレゼントしてから全然着けて下さらないので、失くしたかと思ってました」


「そ、そんなわけないでしょ!」


 私はどこか嬉しそうにじゃれ合う2人の光景を微笑ましく見つめながら、そのまま2人を見送った。


「さてと、私も仕事しますか」


 見送りを終えた私は早速、ベッドシーツと枕を取り替え、布団を干す準備と部屋の掃除をし始めた。


 お嬢様は、朝食を済ませると直ぐに家庭教師から勉強を教わっている。皇太子殿下とご婚約をしてからは、その勉強に加えて未来の皇太子妃になるべく礼儀作法は勿論のこと特別な教育も受けているそうだ。

 幼い頃から聡明でいらしたお嬢様はそつなくこなしているが、無理をしすぎていないか心配で堪らないときがある。


 私はそんなことを考えながら、お嬢様の洗濯物や布団などを白い袋に詰めた。


「……今日は2回往復すれば運べそうね。布団は一旦置いていこうかしら」


「あ、ラーラ姐さーーーーん」


「あ、姐さん。おはようごぜぇます! 布団と洗濯物ですかい? 俺らが持ちますぜ!」


 洗濯物などが入った白い袋を一旦廊下に出していると、ノアのげぼ……新しい使用人達に声を掛けられた。


「平気よ。それより貴方達、今日は窓拭きの掃除があるでしょ?自分達の仕事をまず済ませなさい」


「そのついでですよ、ついで!」


「そうすよ姐さん! アニキに任してください!」


「やい、おめぇも持つんだよ!」


「あ、へい!」


 2人はそう言いいながら、袋をヒョイっとそのまま持ち上げてしまった。


「はぁ、まったく……まあ、いいわ。それじゃあ外までお願い」


「「へい!」」


 男2人は笑顔で返事を返した。


 この2人はスラム出身らしい。祭の時に色々とあったようで、お嬢様が旦那様に相談して使用人として雇う事となったそうだ。


 正直初めは、あまり2人の事を信用しきれなかった。しかし、1週間ほど2人の仕事振りを見ながら過ごしてみて、少しずつ『グロブナー公爵家』の使用人として信用できるに値すると思えるようになってきた。


 そんな失礼で身勝手な胸の内を、休憩中2人に話してみたら「そりゃあ、当たり前ですよ!」と笑い飛ばされた。そんな様子を見て、私はなんだか申し訳なくなり、思わず2人に謝罪をした。すると、


「いや、いいすよ。それでも俺達は感謝してるんです。こんな俺達を拾ってくれたお嬢や公爵の旦那様、ノアの旦那……あと受け入れて下さった公爵邸の皆さんに、ララ姐さんにも!」


 と、言いながら不揃いな歯をニカッと見せていた。そんな顔を見て、私は思わずふふっと笑いながら「なんだか、私はおまけみたいね」と返した。すると、『アニキ』と呼ばれている男の方が、何故か少し頬を紅く染めながら慌ててしどろもどろしていた。


 なんだかこの2人を見ていると、昔のノアの事を思い出す。そういえば、ノアも2人と同じようにスラムの出身だった。ノアと出会ったのはいつだったかしら……



 ******



 私は没落した男爵家の一人娘だった。両親も不慮の事故か自殺だったのか……私を置いて亡くなった。そして、身寄りもなく彷徨ってた私は、運良くこのグロブナー公爵家の旦那に拾われ、メイドとして雇われることとなった。旦那様が「娘となるべく年の近いメイドが欲しかったのだ」と仰ったため、私はお嬢様専属のメイドとなった。


 そうして10歳の私は、5歳になるお嬢様と出会った。

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