第12話
「…………」
(あれ……なんか、体いてぇ……つぅか、なにしてたんだっけか?)
男は目を瞑りながら自分の体を動かそうとしたが、何故か体中が痛くて思うように動かせなかった。
「い……お……」
(……ん?)
男は意識が朦朧としている中、誰かに呼ばれているような、そんな気がした。そう思った瞬間、自分の頭に激痛が走った。それはまるで、誰かに頭をゲンコツで殴られたような痛みだった。
男よく分からないまま、ゆっくりと重い瞼を持ち上げ目を覚ました。すると、何故か自分の体が縄で縛られていることに気が付いた。
「あぁ、やっと起きたようです」
男はその声を聞いた瞬間、悪寒が走った。そして、恐る恐る顔を上げた。
「やぁ、おはよう」
恐る恐る顔を上げたチンピラ2人に対して、
「あ、あれ……さっき俺ら雷に打たれて、それで……」
「あぁ、死んだかと思った……」
「そうですね。私が魔法で御二人に大きな雷を落としたので、あのまま放置していたら死んでいたかもしれません。しかし、治癒魔法を使って目を覚ます程度に治させていただきました。こちらのお嬢様に言われたので」
俺が少しだけ不服そうにそう答えると、後ろからレイラ様が顔を出した。
「当たり前でしょ、ノア!」
レイラ様がそう言うと、しりもち男がひきつった表情を浮かべながら、恐る恐る口を開いた。
「あ、あの……お嬢様ってのは……」
「あぁ、この御方はグロブナー公爵家のご令嬢、レイラ様であります。そして、私はレイラ様の専属従者をしています」
「「こ、公爵家のご令嬢!?」」
チンピラ2人は声を揃えて驚いた。そして、その表情はみるみると青ざめていった。
「それはそうと、私を守ろうとしてくれたのは分かるけど、あそこまでやったらやり過ぎよ!」
「手加減はしましたよ?」
「……嘘がバレバレよ」
「あ、やっぱりバレました?」
まあ正直、あのままさっさとくたばればいいとは思ってましたよ。はい。
そんな事を思っていると、レイラ様は突然、俺の両手をぎゅっと握り締めた。
「お嬢様?」
「……お願いだから、この手でもう2度と誰かを殺すような真似しないで」
俺の両手を握り締め、俯きながらそう告げるレイラ様を見て、俺はあることに気が付いた。俺の両手を握り締めるレイラ様の手が微かに震えていることに。俺は、その事に気が付いた瞬間「しまった」と思った。
「申し訳ありません、お嬢様」
俺は俯くレイラ様のおでこに、自分のおでこをコツンと合わせた。
「……約束、致します」
必ず。
……とは言えなかった。
レイラ様は恐らく、俺の手は
ただ、レイラ様の前でこんな風にするべきではなかったのかもしれない。レイラ様にこんな辛そうな顔をさせたくはなかった。怖がらせなくなかった。貴方には、ただ笑っていてほしい。
俺はおでこを当てたまま、レイラ様の瞳に自分の目線を合わせた。そして、そのまま数秒間だけ、互いの瞳をじっと見つめ合わせた。
すると、レイラ様の震えがいつの間にか止まっていいることに気が付いた。その事に気づくと同時に、レイラ様の生暖かい吐息が俺の口元にかかり、ドクドクと俺の心臓が速まっていくを感じた。
「あ、あの……」
俺とレイラ様は、その声にビクッと体を弾ませ、お互いからパッと体を離した。
「な、なんか俺ら忘れられてないッスカ?」
縄で縛られている腰巾着が「へへっ」と苦笑いを浮かべながらそう言った。くそ、腰巾着め。空気読めよ、そこは。分かるだろ?
俺がそんな事を思いながら腰巾着を睨んでいるとしりもち男は呆れた表情を浮かべ、ハァとため息をついた。
「すいやせん。こいつ、空気読めねぇんですわぁ」
しりもち男がそう答えると、俺も深いため息を漏らした。
「……で? これでまさか終わりだなんて思っていませんよね?」
俺は笑顔で2人を見下ろしながら、そう尋ねた。すると、チンピラ2人は再び強張った表情を浮かべた。が、しりもち男は突然、自分のおでこを思いっきり地面へと打ち付けた。ゴツンと鈍い音が鳴ると、隣で縛られていた腰巾着が「ア、アニキ……?」と呟く。
「お、御二方! 無礼な態度を取ってほんとぉーに申し訳ありやせんでした!! な、何でもします。何でもしますから、せめてこいつだけでも見逃してやってくれやせんか!」
しりもち男は頭を地面につけたまま、そう訴えかけた。そんな姿を見て腰巾着は少し驚いていた。が、すぐに腰巾着も同様に自分のおでこを地面へとつけ頭を下げた。
「……すんませんでした。俺も何でもします。しますからアニキの命だけは……」
「お、おい! それじゃ、意味ねぇだろうが!」
「で、でもアニキ」
目の前のチンピラ共は体を縛られたまま、お互いを庇い始めた……まるで茶番劇だな。反吐が出そうだ。
「ノ、ノア」
俺が冷たい視線を2人へ向けていると、レイラ様は不安そうに俺の裾を引っ張った。おっと、いけないいけない。俺はレイラ様ににこっと微笑み、再びチンピラ2人へと視線を移した。
「おい」
「「は、はひぃ!」」
2人はピシッと背筋を伸ばした。
「私は貴方がたを殺しはしません。お嬢様とたった今お約束致しましたし。でもまあ、グロブナー公爵家のご令嬢に乱暴を働いたんです。国の警備隊へ引き渡し、それ相応に罰を与えてもらうのが妥当ではあります。が……」
俺はそう話しながら、しゃがみ込んだ。
「貴方がたには、私の部下になってもらいます」
「ぶ、部下!?」
「ええ。実は、貴方がたが眠っている間に話していたんですよ。私の部下としてお嬢様の護衛や雑用など……公爵家の使用人として働いて頂こうかと」
「俺らでも知ってるあの名家のグロブナー家で……いゃ、けどありがてぇ話ですがぁ……その、なんせ俺ら……こんなナリしてますもんで……その」
「あぁ、スラムの出身ですか?」
「はい……なんで、その、公爵家にお仕えするなんてとても……」
「心配いりません。なんせノアもスラム出身です」
「「え!?」」
レイラ様がそう答えると、チンピラ2人は再び口を揃えて驚いた。
「貴方がたは、恐らく力の弱い子供を捕らえて、金持ちに売り飛ばそうとしていたのでしょう?」
「そ、それは……」
「貴方がたがしようとした事は、決して許される事ではありません。警備隊へ引き渡してもいいけど……どうせなら貴方がたが売り飛ばそうとしていた子供のように、一生死ぬまで、グロブナー家に尽くすといいわ」
レイラ様は冷淡な態度で、そう言い放った。
「なんでもしますって言ってましたもんね?」
俺が立ち上がりながらそう言うと、2人は顔を強ばらせ生唾をゴクッと飲み込んだ。そんな2人の様子を見て、レイラ様は少し悲しげな表情を浮かべた。
「許される事ではないけれど……そんな事をしなければ生きてはいけない環境で育ったのでしょう」
(ここでは、前世の時では考えられないくらい過酷な環境で過ごしている人達が沢山いる。幼い頃のノアみたいに……)
レイラ様は一瞬だけ俺の方に視線を移し、再びチンピラ2人へと視線を戻した。
「グロブナー家に仕えれば、衣食住の保証は必ず致します……これも何かの縁です。貴方がたが本当に心から反省しているというのであれば、私についてきてくれませんか」
レイラ様はそう言いながら、少しだけ微笑んだ。まったく……うちの
俺はそんな事を思いながら、チンピラ2人の方へ再び視線を向けた。すると、2人とも涙ぐみながらレイラ様を見上げていた。
「っ……ぅ……はい……一生、お嬢についていきやす……」
「ううぅ……お、俺もっス……っ!!」
そんな2人に対して、レイラ様は優しく「これからよろしくね、2人とも」と言った。そんな感動的な光景を見ながら、俺は再びしゃがみこみ、にこっと笑顔を向けて2人の肩にポンっと手を乗せた。
「じゅ、従者の御方ぁ……」
「はは、2人ともおめでとう。これからは一生
俺が耳元でボソッとそう伝えると、チンピラ2人は「へ?」と聞き返した。俺はそんな2人から顔を離して立ち上がり、冷たい笑みを浮かべた。
「これからよろしく。
冷たい笑みを浮かべながらそう言うと、2人は一気に顔を青ざめさせた。
こうして俺は下僕①、下僕②を手に入れた。
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