第3章 俺とおとめげーむの攻略対象達

第34話



 ガタガタガタガタガタガタ



 俺は今、馬車に揺られている。

 ついに、今日はマードゥン様の別荘へとお邪魔させて頂く日だ。マードゥン子爵家への手土産もよし。レイラ様のお着替えもよし。お泊まり道具もよし。うん、完璧なはず……


 俺はそう思いながらウンウンと頷き、ふとカーテンが掛かっている窓へと視線を移した。カーテンを少しだけめくると、窓の外は少し薄暗い道を通っているようだ。うーん、まだトンネルを抜けていないみたいだな。


 別荘があるマルセイル領へと向かう道中には、『オルツィトンネル』という長いトンネルがある。そのトンネルを抜けるとマルセイル領が見えてくると言う情報が下僕②から入っていた。が……かれこれ数十分ほどトンネルの中を通り続けていた。


 俺は少しだけ馬車の窓を開けて、顔を外へと出した。

 すると、前の方から少しだけ外の光が見え始めていた。そろそろトンネルを抜けるみたいだ。

 馬車は歩みを止めることなく走り続け、ついにそのまま薄暗いトンネルを抜けていった。トンネルを抜けると、そこには綺麗に澄んだ海が一番に目に入ってきた。太陽の光が反射して、キラキラと輝いている。俺は海を見るのは初めてで、思わず「わぁ」と呟き感動した。


「あ」


 美しい海から海岸沿いに視線を移すと、近くに街が見え始めていた。恐らくあれが『マルセイル領』だろう。


「お嬢様、やっとマルセイル領が見えてきましたよ!窓の外を見て下さ……もー、お嬢様」


「うぅ……なによぅ」


 俺が後ろを振り返り声を掛けると、膝を抱えて隅の方で半べそをかいているレイラ様がこちらを睨んだ。もー、また半べそかいちゃって。仕方がない人だなぁ。


「その格好、淑女としては少々はしたないですよ」


「うぅ……窓を主人の断りもなく勝手に開けて、はしゃいでる従者もどうなのよ」


「大丈夫です。ここには旦那様も執事長もララさんもいません」


「私がいるんだけど?貴方のカーストどうなってるのよ!」


 レイラ様はそう言って俺に近づき、俺の胸をポカポカと殴り始めた。正直、そんなに痛くない。かわいい。


「もう!もう!もう!もう!人の気も知らないで~!ノアのバカ!あんぽんたん~~!」


 うん。ばかって何だ?あとあん……?

 いや、恐らくまた前世の言葉なんだろう。怒ってるし、とりあえず適当に流しておこう。うん。


「はいはい。スミマセン、お嬢様。というか先程からしょげているのって、もしかして昨日フローレス嬢が話していたことを気にされているのですか?」


 俺がそう訊ねると、レイラ様はピタッと動きを止めて顔を上げた。


「うぅ……そうよ!当たり前でしょ!毒殺されるかもしれないんだからぁ!」


 そう、昨日のフローレス嬢の話によると、レイラ様はトゥルーエンドの『リオルート』に入ると毒殺されるらしい。


 というか、他の攻略対象達のトゥルーエンドも、ほとんどの確率で悪役令嬢のレイラ様は即死するという事実が発覚した。


 簡単にまとめると……

『ジェイコブルート』ではギロチン処刑。

『マーシュルート』では事故とみせかけて殺害。

『ノアルート』では俺自身が暗殺……


 いや、俺は暗殺なんてしない。するわけがない。


 そんな中、唯一レイラ様が即死しないルートがある。それが『ジャックルート』。最終的な場面で聖女として立派に成長を遂げるひろいんに対し、レイラ様は嫉妬してひろいんを陥れようとする。しかし、それに気がついたジャック・ラオネル様はレイラ様を捕えて牢獄送りに。国唯一の聖女を陥れようとした罪は重く、げーむの中でのレイラ様はそのまま終身刑となった。即死ではない結末だが、それはそれで死んだも同然の処罰が下る。


 そして、今最も警戒しなければならないのがマードゥン様。『リオルート』だ。


 確かフローレス嬢の話によると……



 ******




「えっと、リオルートのリオはですね……実は幼い頃から父親に、子爵家の後ろ盾を少しでも作れと言われ続けて、より爵位の高い貴族に気に入って貰って取り入ろうとしていたんです。あの子犬系あざとキャラもその為です。それで、学園に入学してからは公爵家のご令嬢、レイラに目をつけて近づくんです。おだてて気分を良くさせ、あざとく甘えてくるリオを高慢ちきなレイラもそれなりに気に入ってました。リオも殿下の婚約者と知ってはいましたが、公爵令嬢であれば爵位の高い貴族の人脈もありますし、気分を良くさせれば上手く利用出来ると考えていたのです。けれどそう考える一方で、心のどこかでは自分のやりたい事は本当になんだろうかとリオは葛藤します」


「……ふむ、なるほど」


 まぁ、これはきっと、マードゥン様に限っての事ではないだろう。貴族に生まれれば、そういった家柄同士の関係を築いていくことも、幼い頃から教育され重要になってくる。まぁ、うちのお嬢様はその辺少し無頓着だけど。


「でもですね!そんな学園生活の中で出会ったのが、ヒロインなんです!最初は聖女候補と噂されるヒロインを利用できないかと思って興味を抱くんですが、心優しいヒロインと接していく内に二人の距離が縮まっていくんです。そして、距離が縮まっていくとヒロインはリオの胸の内を聞き出せるイベントが発生します。そのイベントでリオの心の内に秘めている想いを知ったヒロインは、『私は貴方の事を応援する』と約束を交わします。ここでリオのヒロインに対する好感度が爆上がりするんです!」


「そしてふたりの恋が成就……ですか?レイラ様は序盤にしか出てきていないようですが」


「ええ、ノーマルエンドではそのままラブラブしてエンディングを迎えますけど、トゥルーエンドではまだ続きがあります。ここで悪役令嬢レイラがまた登場するんです」


「う……私ね」


 レイラ様はそう言ってゴクリと唾を飲み込み、真剣な眼差しをフローレス嬢に向けた。


「うん。そのイベントが終わってからふたりの距離はより一層縮まるから、ふたりが何だかいい雰囲気だと言う噂をレイラが耳にしてしまうんです。元々レイラはただの平民の小娘が聖女候補として、周りからチヤホヤされている事に苛立ちを感じていました。そんな中でその噂を耳にしたレイラは激怒します。可愛がっていたペットが自分の気に食わない女に盗られるのが悔しかったみたい」


「ワァ。お嬢様、ペットって」


「いやいや、私はそんな事思わないわよ!」


「ふふ。そうだね。でも乙女ゲームの中のレイラは違ったの。悪役令嬢のレイラは、ますますヒロインに対して嫌悪を抱いて、そのまま身勝手にもヒロインに毒を盛ってやろうと企てるの」


「……え?」


 予想外のフローレス嬢の言葉にレイラ様は思わず聞き返した。


 おっと、これはまさかの展開だ。




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