第21話

「……なるほど。レイ……グロブナー様も転生者だったのですね」


 フローレス嬢はそう言いながら「ふむ」と相づちをうった。


 レイラ様は自身が転生者であること。そして『星の夜祭』の日にフローレス嬢と出会ったときに、彼女自身も転生ではないかと思ったこと。更には、皇太子殿下とは婚約破棄をしたい為、フローレス嬢を虐めたりはしないということ。むしろ穏便に婚約破棄をしたい為、皇太子殿下の攻略……恋路に協力をしたいということをフローレス嬢に伝えた。


「なんだか……色々と腑に落ちました。だからゲームでは話し掛けて来るはずのないマーカス様が、あんな笑顔で私に話し掛けてきたわけですね」


 そうそう。って、だから俺ってそんなに笑わない奴だったんです?俺は思わずツッコミそうになったが、それをグッと堪え、フローレス嬢に頭を下げた。


「この度は驚かせてしまい、申し訳ありませんでした」


「あ、いえ! とんでもないです!! 顔を上げてください。私も変に逃げ回ってしまって、すみませんでした」


 フローレス嬢は慌ててそう答えると、一度ふぅと息を吐き呼吸を整えた。


「先ほどは取り乱してしまい、申し訳ありません。改めて、アリス・フローレスと申します。御二人が考えている通り、私は転生者で前世ではOLをしていていました」


「やっぱり、そうなのね!」


 レイラ様がそう言うと、フローレス嬢はコクリと頷き再び口を開いた。


「はい。前世では交通事故で死亡しました。そして、この『アリス・フローレス』に転生して、あの『星の夜祭』で殿下と鉢合わせた時に、前世の記憶……この世界の乙女ゲームについて思い出しました。あの時は突然の出来事で驚いてしまっていて、そんな時にグロブナー様のお姿も見つけて……その、目を付けられたら堪ったもんじゃないと思い、思わず……あの場から逃げ出してしまいました」


「あ、やっぱりあの場から逃げ出したのは私のせいだったのね」


「……なるほど。それでフローレス嬢は逃げた先で酔っぱらいに絡まれ、そこでルウ様に助けられた、と?」


「「えっ」」


 レイラ様とフローレス嬢は、驚いた表情を浮かべながらこちらに視線を移した。


「そ、そうなの?」


「あ、はい。でも、どうして……」


「先ほどの入学式でルウ様とお会いしまして、そこでお聞きしたのです。2年前、お忍びで祭り行ったら、酔っぱらいに絡まれている平民の女の子を助けたと」


「は、はい。そうです。そしたら、ル……シモン様が怪我をしてしまって……」


「貴方はその際、魔力を開花させ、ルウ様の怪我を治したそうですね。治癒魔法を使って」


「は、はい。その時は思わず……そしたら、シモン様が『スルス館』で魔法を学ばないかと誘って下さったんです。でも、グロブナー様と関わりがあるマーカス様に接触するのを怖れて……その、シモン様にお願いして、シモン様直々に魔法や魔道具について、これまで教えて頂いてました。この学園に入学できたのも、シモン侯爵家の推薦があったからです」


「ひ、ヒロインにそんな裏設定があったなんて……」


「あ、いえ! ゲームで詳しく記載はありませんでしたが、恐らくあの乙女ゲームの世界では違うと思います。今回は私がゲームと違う行動を取ったお陰で、シモン様に出会えたので……」


 俺は「ふむ」と相槌をうちながら、じっと彼女を見据えた。


 ルウ様は彼女に基礎的な魔法以外にも、主に身を隠せるような魔法や魔道具の使い方を教えていたらしい。恐らく、俺達から逃れるためだろう。だからこの2年近く、彼女についての手懸かりが全くなかった訳だ。


 しかし、そうなると少し気掛かりな点がある。


「一つ……お伺いしてもよろしいでしょうか」


「あ、はい! 大丈夫です」


「貴方はルウ様から基礎的な魔法以外にも、身を隠せるような魔法や魔道具について教わっていたそうですね。恐らく、それも私達から逃れる為だとは思いますが……そこまでして今まで身を隠していたのに、何故この学園に入学されたのでしょうか。そのまま雲隠れしても良かったものを……わざわざ同じ学園に入学されたのには、何か理由があるのですか?」


 俺がそう言うと、フローレス嬢はビクッと身体を弾ませた。


「えっと、誰か攻略したい攻略対象がいるとかかしら?」


 レイラ様がフローレス嬢にそう尋ねると、彼女は顔を曇らせながら言葉を詰まらせている。

 前世の『おとめげーむ』というやつは、攻略したい対象との恋愛を楽しむもののようだから、レイラ様が仰ったような目的かとも思ったが……彼女の様子を見るに、何か他の企みがあるようだ。一度、カマをかけてみて正解だったな。


 シモン侯爵家は代々強い魔力を持つ魔道師の家系だが、実は兄弟の中でルウ様だけが魔力を持っていない。その為『シモン家の出来損ない』と蔑む者もいるが、ルウ様は薬品や魔道具の知識が誰よりも豊富な方で、多くの魔道師から慕われている。それに、とてもお優しい御方で、その人柄も皆から慕われる理由の一つだろう。

 彼女は前世の記憶でどこまで知ってるのか分からないが、恐らくルウ様の誰よりも豊富な魔法の知識を狙って、その優しさに付け込んだのではないだろうか。優しいルウ様が断れるはずもない。そして、自分の目的を達成する為に、咄嗟に魔法や魔道具について教授してもらうよう頼み込んだのではないか? 自分の身を隠したり、入学式まで自分のことを話さないよう頼んだりしていたのも、俺達を怖れていたのではなく、ではないだろうか。


 まぁ、これらの事は俺の推測に過ぎない。しかし万が一、レイラ様にまで危害を加えるようとしているのであれば、彼女をこのまま放っておくわけにはいかない。


 じっとフローレス嬢を見据えたまま、俺が黙っていると、彼女は何かを決心したような表情を浮かべた。


「その……じ、実は……」


 フローレス嬢は、胸の前でぎゅっと両手を握り締めながら口を開いた。


「実は……私、シモン……ル、ルウ様の事が好きなんです!」


「「……え」」


 俺とレイラ様は、まさかの回答に唖然とした。すると、フローレス嬢は恥ずかしそうに、カァと顔を真っ赤に染め始めた。


「「ええ!?」」


 そして俺とレイラ様は、思わず声を大にして驚いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る