第20話

「えー皆さん入学おめでとうございます。本日はお日柄も良く……」


 俺は入学式の学園長の話を聞きながら、頭の中で作戦を練っていた。


 ひろいんと話をしようとしても、また逃げられる可能性がある。いっそ、魔法を使って動きを止めるか……いや、こんな目立つ式典会場で魔法を使ったら、先生方が飛んで来て騒ぎになる可能性もある。できれば、穏便に済ませたいんだが……そういえば、レイラ様から聞いていた『おとめげーむ』の俺とひろいんの出会いってどんなのだっけ? 確か……



「ヒロイン」

『あ、お隣さんですよね! これからよろしくお願いします!』


「ノア・マーカス」

『…………』


「ヒロイン」

『えっと……私、アリス・フローレスって言います。同じクラスですし、もし良かったら仲良くして下さいね』


「ノア・マーカス」

『……あぁ』


「ヒロイン」

(なんだか、大人しい人だなぁ。せっかくだし、もっと仲良くなれたらいいなぁ)



 ……みたいな、感じだったかな。恐らく名前は初期設定? の名前で名乗ってくるだろう、とレイラ様が仰っていた。


 俺は隣に座っているひろいんの方に、チラッと視線を向けた。すると、ひろいんは困惑した表情を浮かべていた。とてもじゃないが『おとめげーむ』のように、自ら俺に話し掛けてきそうにはない。うーん。とりあえず、この式典が終わったら改めて話し掛けてみよう。


「……学園長ありがとうございました。では皆さん、各自教室へと向かいます。まずは1組から……」


 そろそろ、入学式も終わりか。俺達のクラスは3組だから、教室に向かうまでに少し時間がある。今がチャンスだ。


「あの」


「あ、は、はい!」


「グロブナー公爵家の従者をしていおります、ノア・マーカスと申します。実は折り行って話がありまして……突然で大変申し訳ありませんが、この後、少しだけお時間いただいてもよろしいでしょうか」


「えっ……と、そのぉ……」


 ひろいんは明らかに目を泳がせながら、動揺している。まずい、なんだかまた逃げられそうだ。


「あ、決して貴方に危害を加える訳では……」


「っ……ご、ごめんなさい! お、お花を摘みに行ってきますううううううう!!」


 ひろいんはそう叫びながら、会場の外へ走り出した。


「あっ、ちょっと貴方! そんなに急いで何処に行くのですか!? 淑女たる者が大声を出しながら走り回って、はしたない……ちょっと、聞いてますか!?」


 近くにいた先生がひろいんを諌めようとしたが、彼女はそんな制止を振り切り、叫びながら猛ダッシュで会場を出ていった。


「あれ、アリス嬢……?」


 俺が呆気に取られていると、前の席に座っていたルウ様がそう呟いた。


「ルウ様」


「あ、ノア君じゃないか。建国記念のパーティー以来だね。入学おめでとう」


「ありがとうございます。ルウ様もご入学おめでとうございます。ところでルウ様……彼女の事、ご存知なのですか」


「あぁ、そうそう。建国記念のパーティーの時に、紹介したい人がいるって話していただろう? それが彼女なんだ」


 あぁ、やはりか。


 建国記念パーティーのあと、俺は改めてルウ様のことについて、詳しくレイラ様に聞いてみた。すると、ルウ様はひろいんの学園生活や恋愛などのサポートを行ってくれる『お助けキャラ』というものらしい。


 しかし『おとめげーむ』で、ルウ様とひろいんが出会うのは学園に入学してから。建国記念パーティーの時点でルウ様とひろいんが出会っているのはおかしいのだ。

 ということは、もしかしたら何らかの企みがあって、入学前にルウ様と出会えるように仕組んだ可能性もある。もう少し探りを入れてみるか。


「……そうだったのですね。失礼ですが、彼女とはどういったご関係で?」


「あぁ、実はね……」


 それからルウ様は、ひろいんの事について話し始めた。


「……なるほど。そういう事でしたか。ありがとうございます、ルウ様」


「そんな、お礼を言われるような事はしていないよ。まあ、彼女も君と同じく魔力を持つ特待生だから、これから仲良くしてくれると、僕も嬉しいよ」


 ルウ様にそう言われ、俺は少しだけ微笑んで「勿論です」と答えた。



 ******



「はぁ~~~~ぁ」


 アリス・フローレスは、廊下をトボトボと歩きながら大きなため息をついた。


(結局、先生に捕まってお説教と反省文書かされてたら、こんな時間になっちゃった。鞄も置いてっちゃったし。先生も教室の席に置いておくじゃなくて、持ってきてくれたらいいのに)


 彼女はそんな事を考えながら、ドアノブに手を掛け、教室の扉を開いた。


「まあ、でもこの時間ならみんな帰ってるだろうし、あんしn」


「あら、おかえりなさい。アリス・フローレス様?」


「……え」


 彼女が扉を開けると、レイラ・エミリ・グロブナー公爵令嬢がニッコリと微笑みながら、脚を組んで目の前に座っていた。彼女は咄嗟にもう一度逃げようと、後ろを振り返った。が……


「どうされましたか? そんなに急いで」


 振り返った先には、レイラ様の従者である俺が回り込み、ニッコリと微笑んでいた。


「えっ、えぇ……ノアがまだ初期段階なのに、笑ってるぅ……」


 え、俺ってそんなに笑わないキャラなんですか?


「わたくし貴方に話があるの。少しいいかしら?」


 レイラ様はそう言いながら、少しずつフローレス嬢に近寄った。フローレス嬢も観念したのか、そのままその場に留まっている。と思ったのもつかの間、突然彼女は頭をバッと床に付け、華麗な土下座をしてみせた。


「ゆ、許して下さいいいいいい!」


「「……え」」


 俺とレイラ様は、思わず目を点にさせた。


「私、皇太子殿下様も、貴方の従者様にも興味はありません! 本当に! 誓って! なんなら、命懸けれます! 無害……そう、人畜無害!!」


 フローレス嬢は土下座したまま、早口で一気に言葉を発した。呆気に取られていた俺達だったが、ハッと我に返ったレイラ様が慌ててフローレス嬢に声を掛けた。


「ちょ、ちょっと待って! 違うのよ、確かにこの状況だと勘違いするのも分かるけど違うの! とりあえず、顔を上げてちょうだい?」


「……へ?」


 レイラ様にそう言われて、フローレス嬢は恐る恐る顔を上げた。すると、その表情はもう半泣き状態となっていた。


「えっと。目を付けられて、いじめられるのでは……」


「いじめない、いじめない!」


 レイラ様はそう言いながら、右手を勢い良く左右に振った。


「こんなに怯えるなんて……『げーむのお嬢様』ってどんだけ彼女の事イビってたんですか」


「え、えっと……日々罵詈雑言を浴びせたり、靴に画ビョウ詰めたり、階段で後ろから突き飛ばしたり、人気ひとけの無いところに呼び出して泥水ぶっかけたり、ノアの魔法で色々うんたらかんたら……」


「うわぁ……」


「しないしないしない、わたしはしないわよ!? って、そうじゃなくて! こほんっ……失礼、フローレス様。安心してちょうだい。順を追って説明していくわ」


 そうしてレイラ様は自身も転生者であること、そしてこれまでの経緯について話し始めた。


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