第10話

 俺はレイラ様の手をぎゅっと握ったまま、人混みの中を歩いていた。なんだかちょっと恋人っぽくないですか、この状況。


「この辺の屋台ですかね~♪」


 俺は上機嫌で殿下とひろいんを探すふり……いや、必死に探していた。


「ええ、確か噴水の近くで……あ、この風船売りの人! ゲームの画面内の中で近くにいた気がするわ!!」


「じゃあ、この辺で見張りますか~」


「ええ、そうね……あ、あれ! 殿下じゃないかしら!」


 レイラ様はそう言って、前を指差した。

 さっきから見つけるの早くないですか? 俺はそう思いながら、とりあえずレイラ様が指差す方へ視線を向けた。すると、誰かを探すようにキョロキョロと周りを見渡している殿下の姿が見えた。


「ハッ! ノア、早くここに隠れるのよ!」


 レイラ様はそう言って、繋いでいた俺の手を振りほどき、風船を売っている木製のワゴンの後ろへ隠れた。


 俺は振りほどかれた右手をじっと見つめた。


「ちょっとノア! 何してるのよ、早くしなさい!」


「……イェス、ボス」


 俺は少しだけ不服そうに返事を返して、レイラ様と一緒にワゴンの後ろへと隠れた。というか、この距離だいぶ近いけど大丈夫なんですか?普通ならバレそうな距離だけど……なんか、チラチラ通りすがりの人に見られてるし……


「ん、何か言ったかしら?」


「いえ、何もございません」


 危ない危ない。つい心の不満の声が……まあ、いいか。


 レイラ様の話によると、ひろいんは先ほど周りで魅了されていた男の子達に沢山声を掛けられる。が、皆のあまりの勢いに驚いて、思わずその場から逃げてしまうそうだ。そして、逃げるのに必死で周りが見れなくなっていたひろいんは、偶然殿下とぶつかってしまう、という設定のようだ。

 そんな都合の良い話があるのかとレイラ様に尋ねると、それが『ご都合主義』というやつだそうだ。


「あ、ヒロインが来たわ」


 そう言って、レイラ様は再び前を指差した。再び指差す方へ視線を向けると、前も見ずに必死に走っているひろいんの姿が見えた。あれは……本当に危なっかしいな。そんな風に思っていると、ひろいんはそのまま一直線に殿下の背中へと激突していった。


 ドンッ


「きゃ」


「おわっ!」


 相当慌てていたのか、ひろいんは殿下にぶつかった勢いで、地面にしりもちをついた。一方で殿下はというと、突然の衝撃に驚いた様子で後ろへ振り返った。


「くそ、何なんだ一体……ハッ、き、君は……お、おい、大丈夫か?」


 殿下は慌てて、ひろいんに手を差しのべた。


「いたた、はい……あ、ごめんなさい! 私ったら全然周りも見ずに……ありがとうございます」


 ひろいんはそう言って、差しのべられた手をとり、顔を上げた。そして、俺の隣ではその光景を興奮気味に見ていたレイラ様が、俺の右腕をバシバシと叩いていた。


「キタキタキタわ~~~!」


 レイラ様はヒソヒソ声で言いながら、目をキラキラとさせ、更に俺の右腕をバシバシと叩いている。痛いです、ほんと。痛いですってば。


「…………」


 あれ?


「……ん? なんだかおかしいわね」


 レイラ様がそう言うのも無理はない。何故ならひろいんは殿下の手をとり顔を上げた瞬間、眉間にグッとシワを寄せ、そのまま硬直しているからだ。


「……ん?おい。どうした、大丈夫か?どこか怪我でもしたのか?」


 殿下は柄にもなく少し狼狽えながらも、心配そうに声を掛けた。


 恐らく、レイラ様の前世では女性の誰もが心トキメキ、ドキドキしてしまうシーンだっただろう。しかし、ひろいんはその期待を裏切るように、眉間にシワを寄せたまま口を開いた。


「ゲ……まぢか」


 天使のように愛らしいひろいんから、酷くドスのきいた声が聞こえた。


「「「え?」」」


 俺達3人は思わず声を揃えて驚いた。


「今……」


「ええ、今『まぢか』って言ったわよね」


「はい、しかも『ゲ』付きです」


 そう、『まぢか』なんて言葉は、この国には存在しない。レイラ様が理解しているということは、恐らく前世の言葉なのだろう。と言うことは、もしかしてひろいんは転生者の可能性が高いということになる。


 俺とレイラ様がヒソヒソと話していると、俺達の声が聞こえてしまったのか、ひろいんとバッチリ目が合ってしまった。まずいな、恐らく距離が近かったのだろう。


「あ、あれは……」


 ひろいんはそう呟くと、何故か自分の顔を青くさせた。そして、殿下の手を払いのけて直ぐに立ち上がり、ひきつった笑顔を浮かべた。


「えぇっと、すみませんでした! ぶつかっちゃって……えぇっと、それじゃあ私はこれで!!」


 ひろいんは早口でそう言いながら、全速力でその場を立ち去った。それと同時に、レイラ様もパッと立ち上がり、こちらに視線を向けた。


「ノア、もしかしてあの子……」


「……ええ、追いましょう」


 俺は言いながら頷き、立ち上がった。


「あ、そういえば……」


 俺はそう呟きながら、殿下の方へ視線を向けた。すると、殿下は何がどうなったのか全く理解が出来ていないようで、ただただ呆然としていた。

 そんな殿下を見て、少し憐れに感じた俺はレイラ様に、こそっと耳打ちをした。


「お嬢様、どうしますか?」


「え? あぁ、放っておきましょう」


 なるほど、こんな時でも塩対応というわけですね。


「かしこまりました」


 そうして、俺とレイラ様はアホ面をかましている殿下をよそに、ひろいんを追って走り出した。

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