第32話



「えっ!そんなイベントが起こってたの!?」



 レイラ様はそう言って身を乗り出した。


『特別科目授業』を終え、俺とフローレス嬢は乗馬の授業を終えたレイラ様と合流をしていた。


「ええ。まさか、フローレス嬢が聖属性の魔力を持っているとは……まぁ、でもなんだか色々腑に落ちました」


「そう、よね……というか、ノア。貴女、その壊した水晶?の魔道具はどうするつもり?」


「うっ……そ、それは……」


「……執事長とララに報告しておくわ」


「お、お嬢様!?ちょっと!それだけは!ちゃんと自分で弁償しますから!!それだけは!!!」


 俺はそう言ってレイラ様に華麗な土下座を見せた。

 そんな姿の俺を見てレイラ様は「どーしようかな~?」と面白がっている。いや、違うんだ。あれは不可抗力……しかし、執事長とララさんにレイラ様と通っているこの学園で問題を起こしたと報告されては……たぶん半殺しは確実だ。うっ、考えただけで恐ろしい……仕方ない。こうなったら__

 俺はあることを思い出し、土下座の姿勢から少しだけ顔を上げた。


「お、お嬢様……お願い、します」


 そう、マードゥン様のあのあざとい角度!俺は上目遣いをしながら少しだけ潤んだ瞳で懇願した。


「うっ……その顔ずるいわ……!ううぅ、もう!しょうがないわね!」


 レイラ様はそう言って少しだけ頬を染めながら顔を反らした。

 よし。あぶねぇ。それにしてもちょろいな、レイラ様。そんなところも、かわいいんですけどね。


「まったく……こういうのが良くないのかしら、私……はぁ。ごめんなさい、アリス。話を戻しましょう」


「うん、そうだね。えっと、今日のイベントを終えて『ヒロイン』は聖女候補として学園の皆や攻略対象達に注目されて、色んなイベントを経て愛を育んでいく……って感じにこれからなっていくの」


 フローレス嬢はそう言って『おとめげーむ』について話を続けた。


『おとめげーむ』では攻略対象達それぞれのお話の結末『エンディング』と呼ばれるものが実は二種類あるようだ。それは普通の結末である『のーまるえんど』との結末である『とぅるーえんど』と呼ばれるものがあるらしい。

『のーまるえんど』では『おとめげーむ』の醍醐味である攻略対象との恋愛を楽しみ、話の終わりを迎える。しかし『とぅるーえんど』を選択すると、先程の授業で起こった『いべんと』が発生し、『ひろいん』が聖なる魔力を持っているという真実が発覚する。そして学園での勉強や聖女の魔力上げを頑張ると、『ひろいん』である主人公が国の聖女となり、皆に称えられながら攻略対象と結ばれ幸せになる、というエンディングを迎えることができるらしい。


 まあ通りで、『おとめげーむ』での世界では最年少の高位魔道師である俺よりも、『ひろいん』の方が学園で注目を集める訳だ。


 しかし、そう思うと一つ気になる事が出てくる。


「……なるほど。というか、お嬢様は知らなかったんですか?こんな重要な情報」


「え」


「確か昔、お嬢様『ひろいん』が学園で注目されて称えられるのは、おとめげーむ定番のご都合主義ってやつよ、とかなんとか仰ってませんでしたか?」


「ぅぐっ……貴女、そんな昔の事よく覚えてるわね」


 レイラ様はそう言って俺の顔を睨み付けた。それに対し、俺はにっこりと微笑んで口を開いた。先程の仕返しとかではないですよ?別に。


「ええ、記憶力はいい方なんです。で、どうなんです?まさか、忘れてたんですか?こんな重要な情報を?まさかまさかまさか?」


「ち、違うのよ!しょうがないの!だって私、無課金勢だったから『トゥルーエンド』は選択できなかったんだもの!」


「むかk……ん?何ですか、それ」


 俺に詰められて半べそをかいているレイラ様にそう聞き返すと、フローレス嬢がまぁまぁと言って間に入ってきた。


「ま、まぁまぁ。レイラは学生だったもんね。課金はちょっと難しいよね」


「うぅ。うん……バイトとかしてなかったからお金もそんなに無かったし、課金すると親に怒られるから」


「うんうん。学生は大変だよね。私はもう働いてから、無敵の課金勢だったけど」


 フローレス嬢はそう言ってレイラ様の頭をよしよしと撫でた。


 ……半べそかいているお嬢様……ちょっと、うん。かわいい。癖になりそう。いや、違う違う。そうじゃないそうじゃない。落ち着け、ノア・マーカス。話を戻そう。俺は頭を横に振り、改めて訊ねた。


「……えーと、それでその、むかきんぜい?とかかきんぜい?って何なんですか」


「あ、えっと、実はヒロインの真実が明らかになる『トゥルーエンド』を選択するにはお金が掛かるんです。だから、前世ではお金を払う課金勢はヒロインが聖女だという真実を知れて、無料でゲームを楽しむ無課金勢はその真実を知らなかったという訳です。まぁ、攻略サイトとかファンブックとか見てれば話は別ですが」


「はぁ。なるほど、そういう事ですね」


 俺はふむ、と言って右手を口元へと当てた。

 その様子にフローレス嬢は「マーカス様?どうかしましたか」と訊ねた。


「あ、いえ……おふたりの前世については、まだ混乱する箇所が幾つかございますが、なんとなく理解致しました。しかし、厄介な事になったな……と思いまして」


 俺にそう言われ、フローレス嬢は何かを思い出したかのように口を開いた。


「あ、もしかしてニコル先生が仰っていた『魅了』の力……ですか?」



 フローレス嬢にそう言われ、俺は静かに頷いた。






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