第37話




 レイラ様とフローレス嬢の後を追ってお店まで行くと、どこかの国の文字が書かれた看板が掛かっていた。なんて読むんだ?


「……『和食 幸』?これ日本語よね?」


「本当だ……こんなお店ゲームにはありませんでした。やっぱりここのお店には転生者がいるみたいですね」


 レイラ様とフローレス嬢は神妙な面持ちで、何やらコソコソと話している。すると、ふたりの後ろからルウ様が覗き込むようにして看板の文字を見た。


「ふたりともお店の前で何を見てるの?……ん?なんだろう。これ……リオ君、これって何て読むの?」


「あぁ、これは『ワショク サチ』って読むんだ。異国の文字みたいだよ。このお店のシェフの故郷で使われていた文字らしいんだ」


 マードゥン様はそう言うと、一瞬だけ寂しそうな表情を見せた。


「……マードゥン様?」


 俺は不思議に思い、思わず声を掛けた。すると、マードゥン様はハッと我に返り、再びいつも通りの無邪気な笑顔を見せた。


「さ!そんなことより早く中に入ろう!そろそろ予約していた時間に近づいてきたしね」


 マードゥン様はそう言ってお店の扉に手を掛けた。まぁ、気のせいかも知れないな。俺がそんな風に思っているた、マードゥン様がお店の扉をカラカラカラと音を立てて開けていった。すると、中にはお店の人らしき服を着た男性が立っていた。


「いらっしゃいやせぇ!おー!ご無沙汰しておりやす、坊っちゃん。あ、そういえば、坊っちゃんのお名前でご予約が入っていましたね。こちらへどうぞ!案内いたしやす」


 男はそう言って、軽く頭を下げながら右手を広げた。


「あぁ、ありがとう。リース。じゃあ行こうか、みんな」


 俺達はマードゥン様にそう言われ、お店の中へと進んだ。




『座敷』と呼ばれる部屋に案内をされた俺達はそれぞれ『座布団』と呼ばれるものに座っていった。

 辺りを見渡すと窓から外の美しい庭園が見えた。岩に囲まれた池や見たことがあまりない花が咲いており、俺は思わず見とれてしまった。それにこの部屋もなんだか落ち着く香りと空間になっている。


「わぁ、掘りごたつだ~!」


「感動……こんな素敵なお座敷のお部屋に案内してもらえるなんて」


 レイラ様とフローレス嬢も、どこか懐かしげな表情を浮かべながら嬉しそうにしている。すると、そんな様子を見ていたマードゥン様はクスクスと笑って口を開いた。


「ふふ、良かったです。喜んで頂けて。海鮮丼がお好きなおふたりならきっと気に入って下さるんじゃないかと思ったんです」


 マードゥン様はそう言って、おふたりに微笑み掛けた。


「……マードゥン様、いえ、リオ様ってもしかして物凄くいい人なのかもしれないわ。アリス」


「うん……なんだか私もそんな気がしてきた」


 おふたりはそう言って、両手を合わせながら何故かマードゥン様に対して拝み始めた。流石のマードゥン様も、これには少し戸惑っている。というか、チョロすぎでしょ、おふたりとも。そんな風に思いながら、呆れた表情を浮かべていると、先ほど案内してくれたリースという男が再び俺たちの元へとやってきた。


「ご歓談中に失礼いたしやす。こちらは温かいお飲み物の『緑茶』とお通しの『南瓜の煮つけ」になります。おかわりもありますんで、お気軽にお声掛けくださいやせ。あ、緑茶ですが慣れてないとちょいと苦いかも知れないので、そういった方はお申し付けください。すぐにお水をご用意いたしやす」


 リースはそう言って緑色に濁った『緑茶』と呼ばれる飲み物と、小さな器を俺達の目の前にそれぞれ置いていった。レイラ様とフローレス嬢は「わぁ」と声を出して目を輝かせた。

 りょくちゃ……俺は恐る恐るその『緑茶』という飲み物に口をつけた。


「……美味しい」


 少し失礼なのかも知れないが、想像してたより美味しく感じた。それに温かくて、なんだか少し落ち着く気がする。


「皆さま、大丈夫そうですね。それでは今日は特別コースになっておりますんで、順にお料理をお持ち致しやす。最後までお楽しみくださいやせ」


 リースはそう言ってその場を後にした。


 その後は一番始めに真鯛の前菜、サワラの『につけ』、大きな海老や海鮮と野菜の『てんぷら』、そして豪華な海鮮丼と大きな蛤の『おすいもの』の順に運ばれてきた。どれも頬が落ちそうな程に絶品だった。いや、やっぱり生魚はちょっと、うん。苦手だったが……勿論、『消臭』の魔法もこっそり使った。

 ふとレイラ様とフローレス嬢の方へと視線を移すと、片手で頬を抑えて美味しいそうに、ホゥと吐息を漏らしていた。


「はぁ~美味しかった~」


「ええ、本当に。ほっぺた落ちそうだったわ」


「はい。本当に美味しかったです」


「うんうん、初めて生のお魚食べたけど美味しかった」


「ふふ、皆に喜んでもらえて良かったよ。ね、リース」


 マードゥン様は少し嬉しそうにリースへと訊ねた。


「ええ。良かったですわ、坊っちゃん。あ、そうだ。せっかく坊っちゃん、久しぶりにいらっしゃったんで、店の他の奴らにも良かったら顔見せてやって下さい。きっと、みんな喜びますよ」


「あぁ、そうだね。あ、あと厨房の皆にも挨拶してこようかな……今って厨房の方は平気そう?」


「はい。今日の予約のお客様は坊っちゃん達以外、もう引いていますんで大丈夫だと思いますわ」


「分かった。じゃあ、僕は少し顔を出して来るよ。みんなはゆっくりしていてね」


 マードゥン様はそう言って席を立った。どことなくウキウキソワソワしていたような……そんな気がした。少しの間残った俺達で話していると、レイラ様が急に立ち上がりキョロキョロと周りを見渡した。


「どうかなされましたか?」


 俺がそう訊ねると、レイラ様は少し躊躇いながらもおずおずとしながらも耳元で囁いた。


「……えっと、その……お花を摘みに……」


「っと……失礼致しました。どこでしょうか。店の者を探して聞いて参ります」


「あ、わ、私が聞きに行くわ」


「では一緒に参りましょう。実は、私もちょうど行きたいなと思っていたので」


 俺はそう言ってにっこりと微笑んだ。そして、俺はすぐに立ち上がり、ルウ様とフローレス嬢に「少し離れますね」と告げてその場を後にした。


 思いの外、すぐに店の者を見つける事ができ俺達はそのままお花を摘みに向かった。

 俺はサッサと済ませて扉の近くでレイラ様を待った。すると、すぐ奥の曲がり角の方で何やら誰かが揉めているような声が聴こえてきた。


 あっちは……なんだろう。厨房とかか?


 俺はなんとなく少しだけ曲がり角から、顔を出して様子を伺った。


「……っおい!!何度も言わせんなあ!前に言ってやっただろうがぁよ!ここはテメェみてぇなボンボンが入ってくるとこじゃねぇ!!」


 俺が覗き見をすると同時に、とてつもない声量の怒声が聴こえてきて、俺は思わず身体をビクっと反応させた。よく見るとやはり奥は厨房に繋がっているようだった。今の声はあそこから聴こえてきた……よな?

 そのまま様子を伺っていると、突然後ろからポンと肩を叩かれて俺は再び身体をビクっと反応させた。


「ノア、何やってるのよ?」


 後ろを振り返ると、そこには訝しげな表情をしたレイラ様が立っていた。


「な……なんだ、お嬢様かぁ~……」


 俺は思わず胸を撫で下ろした。すると、レイラ様は不満気な表情を浮かべて口を開いた。


「なんだってなによ!もう!ちょっと、何見てるのか私にも見せなさいよ!」


「あ、ちょっと、そんな押さないでくださいよ!」


 俺とレイラ様がそんな風にじゃれ合っていると、突然奥の厨房の扉がバンッ!!と激しい音を立てて開いた。そして、その扉から誰かが突き飛ばされたかのように出てきて、そのまま尻もちをついた。


「っ!?な、なに?喧嘩なの?」


「お嬢様、シッ!……っ!あれは……」


 まさかの光景だった。すぐそこで尻もちをついているのは、あのマードゥン様だったからだ。


 一体何が起きているんだ?












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