第36話

 ガヤガヤガヤガヤ


 ここは活気が満ち溢れているマルセイル領の市場。



「…………」


 俺はそんな中、あるおふたりを無言で見つめていた。



「あ、♡こちらの貝殻のアクセサリーはいかがでしょうか?きっとお似合いですよ」


「え、えーと」


「あ!それともこちらの真珠はいかがでしょう?ね?♡」


「あーほんとう、カワイイデスネ……というか、近いです。マードゥン様」


「あー!もう!だからぁ~僕の事仲間外れにしないでください!リオです、レイラ様!」


 マードゥン様はそう言って自分の頬を膨らませた。


「あ、ハイ……えっと、リオ様」


 レイラ様がそう言うと、マードゥン様は満足気な表情を浮かべた。



 何故こんな気に食わない状況になっているかというと、数時間前に遡る。  



 ****




 俺達は到着後すぐにマードゥン様から案内をされ、ルウ様とフローレス嬢と合流を果たした。少しの間、案内された部屋で待っているとマードゥン様とメイドが部屋の中へと入ってきた。


「紅茶とお菓子をご用意しました。皆さん遠くまでお越し頂いてありがとうございます。是非ごゆっくりとお過ごし下さい」


「マードゥン様、お気遣いありがとうございますわ」


「ありがとう、リオ君。リオ君もこっちに座りなよ」


 ルウ様はそう言ってマードゥン様を手招きした。それに対してマードゥン様は「うん」と言ってルウ様の隣へと座った。マードゥン様がソファーに腰を掛けると、ふと俺に視線を向けた。


「あれ?ノア君も座りなよ」


「いえ……私はお嬢様の従者ですので」


「え~ここは学園じゃないけど僕達しかいないし、遠慮なんてしないでよ!それに、僕達もう友達でしょ?」


 マードゥン様はそう言いながら俺に笑顔を向けた。うーん、本来であればここは断るべきだが……俺はレイラ様の方へと視線を移した。すると、レイラ様は何も言わずに小さく頷いた。……ここまで言われたらそう無下にもできない、か。俺はそう判断して、すぐに深く頭を下げた。


「お心遣い感謝致します。では恐縮でありますが、お言葉に甘えて失礼致します」


 俺はそう言ってフローレス嬢とは反対側のレイラ様の隣へと座った。


「そういえば、みんなは同じクラスなんだよね!四人とも仲がいいの?」


 マードゥン様は無邪気なトーンでそう訊ねた。


「あ~三人はよく一緒にいるよね。僕も他のクラスメイトよりは、三人との交流はある方かな」


「ええ、そうですわね」


「そっか~みんなファーストネームで呼び合ってるもんね!いいなぁ~」


 マードゥン様はそう言って上目遣いでレイラ様のお顔を見つめ出した。


「あの……僕もレイラ様って呼んじゃ駄目……ですか?」


 マードゥン様は上目遣いをしたまま、潤んだ瞳でそう訴え掛けた。


「う……え、えっと~」


「仲間外れなの、寂しいんです……駄目ですか?」


 ここで念押しをしてくるマードゥン様。初対面では確かリオ君呼びはやんわりと拒否していたレイラ様だが……


「……う……だ、大丈夫です、その呼び方で」


 流石に美少年の涙には勝てなかったようだ。レイラ様が答えるとマードゥン様はパァと満面の笑みを浮かべた。


「わぁ、本当ですかぁ?嬉しい、ありがとうございます。レイラ様」


 マードゥン様はそう言って、少しだけ頬を紅く染め照れながら笑い掛けた。うん、これが全部計算された表情だと思うと、本当恐ろしい小悪魔だな。俺がそんなことを考えながらレイラ様の方へ視線を移すと、レイラ様と巻き込み事故に合ったフローレス嬢が「が、顔面強し……」と呟きながら悶えている。……なんだかちょっと気に食わないな。そう思った俺は思わず咳払いをした。


「……ところでですが、マードゥン様が仰っていたおすすめのお店はここからどのくらい掛かるのですか?」


「あ、そうだね。そんなに時間は掛からないとは思うけど……あ、せっかくだし少し街を観光してみる?街の港が近い市場の方には出店も沢山出ているんだ」


「あぁ!いいんじゃないかな!三人はどうだい?」


 ルウ様はそう言って俺達に訊ねた。


「い、行ってみたいです!ルウ様が仰るなら……」


「ええ、私も行ってみたいですわ」


「……ええ、私も賛成です」


「よーし!じゃあ、早速街に行く準備をしよーぅ!」


 マードゥン様はそう言いながら立ち上がり、「おー!」と言って右拳を上へと突き出した。







 *****




 そうして俺達は街へと移動して今に至る。訳なんだが……


 俺はレイラ様ので笑っているマードゥン様の姿を再び無言で睨み付けていた。この糞野郎、そこは俺の場所なんだぞ。俺がそんな風にしていると、後ろからフローレス嬢が声を掛けてきた。


「これは……三角関係ってやつですね。マーカス様、大丈夫ですか?さっきから凄い顔になっていますけど」


「フローレス嬢……」


 俺が後ろを振り返ると、心配そうにしているフローレス嬢とその近くで物珍しそうに、出店の商品を見て楽しんでいるルウ様がいた。


「えっと、私が間に割り込んできましょうか?」


「……いえ、大丈夫です。申し訳ありません、気を遣わせてしまって。それよりフローレス嬢はルウ様から目を離さないようにしていて下さい。この人混みでは、はぐれてしまいそうですから」


 俺はそう言うと少しだけフローレス嬢へと近づき、小さな声で耳打ちした。


「……それにルウ様に近づくチャンスですよ。頑張って下さい」


 俺はコソッとそう伝えて、フローレス嬢から離れた。するとフローレス嬢は何故か、勢い良くバッと自分の耳を抑えて頬を紅く染め俺の顔をジト目で見た。


「……あのですね、マーカス様?」


「?はい、なんでしょう」


「貴方も乙女ゲームの攻略対象で美少年のイケボだという事を忘れないようにして下さい」


「???どういう意味ですか」


「っ~~~もぉ!距離感の話です!!」


 フローレス嬢はそう言って、何故か少し怒り気味にルウ様の元へと戻って行った。ん?結局、どういう意味だ?まぁ、いいか。


 俺はそう思い、再びあのふたりへと視線を戻した。相変わらず楽しそうにイチャイチャとしながら、俺の前を歩いている。いや、本来であれば、この距離感と立ち位置が正しいんだ。主の一歩後ろに立ちレイラ様の背中を見つめる。普段の俺とレイラ様の関係が可笑しいだけで。それは分かっている。俺とレイラ様には、公爵令嬢とその従者という身分の差があるのだから。


 ……分かってはいる……けれど__


 俺はふいにレイラ様の服の袖を掴んだ。


「……わっ……な、なに……って、ノア?」


 俺は無言でそのままレイラ様を見つめた。


 頭では分かってはいても嫌なんだ。この人の隣は俺なんだ。俺でありたいんだ。……くそ、なんて女々しい奴なんだろう。こんな自分に少し嫌気がさしてくる。


 黙ったまま見つめる俺に対して、レイラ様は少し困惑した表情を浮かべた。その隣ではマードゥン様が「ふーん」と呟きながら冷めた視線を俺に送っている。俺も一度レイラ様から視線を外し、マードゥン様を睨み付けた。俺とマードゥン様で火花を散らす様子に益々レイラ様は困惑し始めた。


「……あ!確か、あれじゃないか?リオ君!」


 そんな中、突然俺の後ろからルウ様が声を掛けてきた。


「……あ~、うん、そう。あそこが僕のオススメのお店だよ」


 マードゥン様はそう言って少し先に見える飲食店のお店を指差した。すると、レイラ様とフローレス嬢が一気に目を輝かせ口を開いた。


「っ!!あそこね!あそこが日本食……いえ、新鮮な海鮮料理のお店!」


「う~~早く食べたい~!行きましょう!皆さん!」


 ふたりはそう言って目を輝かせたまま駆け足でお店の方へと向かって行った。すると、ルウ様が俺とマードゥン様に近づき、それぞれの肩にポンっと自分の手を乗せて「さ、行こうか」と言って微笑んだ。


 俺とマードゥン様は思わず、ハァとため息を漏らして仕方なくふたりの後を追って行った。













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