第4話


「待たせたな」


 そう声を掛けられ後ろを振り返ると、そこにはジェイコブ・ルイ・アレクサンダー皇太子殿下が立っていた。


 こうやってジェイコブ殿下のお姿をお目にするのは初めてな訳だが……豪華で高そうな服は何故か少し乱れており、なんだか気だるそうにあくびをしながらジェイコブ殿下は立っていた。

 俺は一歩後ろへと下がり胸に手を当て静かに頭を下げた。レイラ様も声を耳にすると同時にすぐに立ち上がり、優雅に両手でドレスの裾を上げて深く頭を下げた。


「皇太子殿下、お目にかかれて光栄です。グロブナー公爵家のレイラでごさいます」


 レイラ様がそう言うと、ジェイコブ殿下は上から下へじろじろと吟味し始めた。あまりにもじろじろと吟味するジェイコブ殿下に、レイラ様は思わず不快感を抱き口を開いた。


「で、殿下?」


「……あぁ、いや、よく来てくれた。まあ、座ってくれ」


 そう言って、ジェイコブ殿下は大股で足を進めドカッと音を立てながら椅子に腰を駆けた。すると、後ろから慌てた様子で執事が走ってきた。執事は息を切らしながら、こほんっと一度咳き込み「殿下、身だしなみが乱れております」と耳打ちして、ジェイコブ殿下の身だしなみを整え始めた。レイラ様は、その様子を横目に「失礼致します」と言って椅子へと腰駆けた。

 

 やはり……あの噂は本当のようだな。

 そう。最近のジェイコブ殿下はというと、何事にも責任が伴う皇太子殿下という立場にありながら、逆にその立場に甘えて自堕落な生活を送っているという噂があるのだ。剣術や勉学もサボりがちで、よく抜け出しては城下へと遊びに出ているらしい。また最近では周りに自己中心的で横柄な態度をとっているという噂もある。しかし、そんな殿下を王妃殿下は相当甘やかしているらしく、国王陛下も最近それに頭を抱えているとの事……


 俺は周りにバレないように、小さくため息を漏らした。


 執事が身だしなみを整えている間、数名のメイド達が急いでお菓子とティーセットの準備をし始めた。お茶会のセッティングと殿下の身だしなみを整え終わると、ジェイコブ殿下は「まあ、今日は存分に飲んで食べていくといい」と悪びれる様子もなく言った。


すると、側にいた執事が慌てて「で、殿下!」と叫ぶように声を上げた。が、すぐに諦めたかのように首を横に振り、ため息を漏らしてレイラ様へ深々と謝罪をした。それに対し殿下は意味が分からないといった表情を浮かべていたが、レイラ様はにっこりと微笑んだ。


「殿下はお忙しい方ですもの。仕方がありませんわ」


「っ!ああ、よく分かっているじゃないか!レイラ嬢と言ったか?」


 レイラ様の社交辞令に対し、ジェイコブ殿下は満足気に腕を組みうんうんと頷いた。その後ろでは、執事が冷や汗を垂らしてひきつった表情を浮かべている。俺は少しだけ執事を憐れに感じ同情した。


「俺も色々と多忙なのさ。ま、なんてったってこの国の皇太子だからな!だがそんな多忙な俺も婚約者をそろそろ決めないといけないから、こうやって数々の令嬢との時間をわざわざ設けているが……はぁ、まったく……どいつもこいつも時間の無駄だ」


「まあ、そうなんですね」


 何故か自慢気に話をするジェイコブ殿下に対し、レイラ様は表情をピクリとも変えずに答えた。


「あぁ、まったくだ。揃いも揃ってつまらん話ばかりしていたな」


「へぇ」


「それにどいつもこいつも着飾っている割には、大した容姿でもいなかった」


「そうなんですね」


「まあ、その点に関しては……」


 そう言って、ジェイコブ殿下は目線を少し下げてニヤリと笑った。


「レイラ嬢は、まぁまぁかもしれないな」


 おい。こいつ、どこ見てやがるマセガキが。さっきから失礼にもほどがあるだろ。確かにレイラ様は11歳にしては少し発育が早い……いや、今はそんな事どうでもいい。

 だんだんと怒りがこみ上げ、我慢が出来なくなっていた俺は咄嗟に口を挟もうとした。が、そんな俺の様子にレイラ様はすぐさま気付き「待って」と口パクで止めた。そして、またジェイコブ殿下の方へと視線を移し、乾いた笑顔をみせた。


「とんでもごさいませんわ」


 レイラ様はそう答えると、殿下は少しつまらなそうに口を開いた。


「さっきからレイラ嬢は相づちしかしないんだな」


「そうですか?」


「あぁ。身体はまぁまぁのようだが、一緒に過ごしてもつまらん女のようだな」


「っ」


 この野郎。黙って聞いてれば……

 俺は背中の後ろにある両拳をぐぐっと必死に抑えていた。今にもジェイコブ殿下の胸ぐらを掴んで殴り掛かりそうだったからだ。

 俺がそんな怒りの視線を殿下に向けていると、その視線に気が付いたジェイコブ殿下は怪訝そうに俺の顔を睨み付けた。


「おい、そこの使用人。なんだその目は?随分と生意気そうな使用人だな?」


 ジェイコブ殿下がそう言うと、レイラ様はクスリと笑い口を開いた。


「殿下ほどではごさいませんわ」


「「「っ!」」」


 レイラ様がそう言うと、その場にいた者全員がぎょっとした。


「な、なんだお前!お、俺のどこが生意気だって言うんだ!!皇太子殿下だぞ!」


「だったらなんですの?むしろ皇太子殿下というお立場だからこそ、もっと自身の立場をわきまえた行動や言動をとるべきではありませんか?」


 レイラ様はにっこりと笑いながらそう言うと、用意されていた紅茶をくっと一気に飲み干した。そしてナプキンで口元を抑えながら、再び微笑んだ。


「殿下、今日はとても楽しいひとときでしたわ。けれど、私達はもうこれでお暇致します」


「な、なんだと!何を勝手に、おい、少し待て……」


 レイラ様は殿下の制止に気にも止めず、すぐに立ち上がりドレスの裾を持ち上げ優雅にお辞儀をした。


「それでは皆さま、ごきげんよう」


 そう言い残し、俺達はその場を後にした。




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