第8話
「なぁに、払う金がねぇっつうなら……お兄さん達がいいとこ教えてやるよ」
男はそう言って、ニヤニヤと下衆な表情を浮かべたままレイラ様の腕を掴んだ。
「ぃたっ……」
レイラ様の痛がる声を聞いた瞬間、俺の頭の血管がプチッとキレるような音が鳴った気がした。
この糞ったれ共が。
俺はレイラ様の腕を掴む小汚ない腕をグッと掴み、小さく「
「いっ!? いてぇええ!!!」
男は情けない叫び声を上げ、腕を抑えて痛がりながら後ろへと後退りした。 すると、もう1人の男が俺の方を向いて睨み付けてきた。
「うぇ!? どどうしたんす!? ……おいてめえ。ガキィ、何しやがった?」
「……さぁ、何も?」
してないわけないだろう?
俺は男の腕に『
「っ……糞ガキが!」
俺がわざとらしくとぼけてみせると、そんな態度に苛ついた男が俺に殴りかかろうと足を前に出した。その瞬間、俺はすかさず「
「わっ! ぅわわわああ ……いってぇええ!」
片足が急に浮かんだことでバランスを崩した男は、またしても情けない声を上げながら、地べたに思いっきりしりもちをついた。
「だ、大丈夫っすかー!!」
もう1人の男は、しりもちをついた男に慌てて駆け寄った。あーもう、名前が面倒だな。しりもち男と腰巾着でいいかな。
「ちょ、ちょっとノア」
俺がそんな事を考えていると、レイラ様が隣から耳打ちをした。
「大丈夫ですよ」
俺は不安そうな表情を浮かべるレイラ様に、にっこりと微笑んだ。
「くっそガァ……このガキィ……」
「はぁ、いい加減にして下さい。これ以上絡んでくるのであれば、警備隊を呼びますよ?ほら、周りをよく見て下さい」
俺はため息交じりにそう言って、睨み付けてくるしりもち男を諭した。これだけ騒いでいたのだ。俺達はいつの間にか注目を浴びてしまったようだ。「何?喧嘩?」「子供を脅しているみたいだぞ」「おい、誰か警備隊を」と、周りの大人達が騒いでいる。
「マ、マズイっすよ」
「チッ……行くぞ」
「ゥ、ウッす」
チンピラ2人はそう言って、最後までこちらを睨み付けながら人混みへと消えていった。
あの2人組の姿が完全に見えなくなると、俺は直ぐにレイラ様の方へ視線を移した。
「おじょっ……レ、レイラ……腕は大丈夫ですか!?」
そう言ってレイラ様の腕を慌てて見ると、少しだけ掴まれた箇所が赤くなっていた。
「私は大丈夫よ、これくらい。それよりもごめんね、私のせいで」
「いいえ、あれは向こうが悪いんですよ。わざとぶつかってきたようでしたしね。念の為、回復魔法を掛けておきます」
俺はそう言って、レイラ様の腕をそっと支えて「
それを眺めていたレイラ様は、ふと懐かしそうに笑みを溢した。
「なんだか、久しぶりにこうやってノアに治して貰った気がするわ」
「昔は領地の森に行っては、生傷作って帰ってきてましたもんね……いや、つい最近まででしたか?」
「ちょ、ちょっと!」
レイラ様は恥ずかしげに俺を睨んだが、直ぐにふふふっと笑いだした。俺もそんなレイラ様につられて思わず笑いだした。
「さってと……気を取り直して行きますか!」
「そうね! 行きましょう、噴水広場!」
そう言って、俺達は気を取り直して噴水広場へと足を進めた。
**********
数分後、俺達は噴水広場へと到着した。
先ほども多くの人で賑わっていたが、広場ではそれ以上に多くの人々が集まっていた。
「人が……ごみのようね……」
「何言ってるんですか。で、これだけ多くの人混みからどうやって殿下と『ひろいん』を探すんです?」
「だ、大丈夫よ! 殿下はね、噴水近くの音楽隊のところにいるわ!」
「あ~何でしたっけ。そこでその音楽隊に合わせて踊っている平民の『ひろいん』に一目惚れをするんでしたっけ?」
「そうそう!」
あのプライドの塊のような殿下が一目惚れ? ましてや、平民の少女だ。想像もつかないな。俺は首を傾げながらレイラ様に尋ねた。
「あの殿下がただの平民の女の子に一目惚れなんてするんですかね」
「それはご都合主義ってやつだから大丈夫よ!なんたって『乙女ゲーム』ですもの!」
「はぁ……まあ、一目惚れするくらいなんですから、その子はそんなに絶世の美女なんですか?」
「まあ、設定上は何処にでもいる平民の女の子設定だけど、明るく活発で誰に対しても優しくて癒し系で……一言で言えば物凄く可愛いわ」
「うーん、なるほど? まあ、そんな風に言われたらどんな子なのか気になりますね」
「え」
俺がそう言うと、レイラ様は真顔になりピシッっと固まってしまった。
「ん、どうしたんですか? おーい」
呼び掛けてみたが、レイラ様からの返答はない。どうしたものかと思い、両手でレイラ様の両肩に触れゆさゆさと揺らしながら「レ、レイラ?」と、呼んでみた。すると、レイラ様はハッと我に帰った。
「……っあ……ごめん。うん、なんでもないの! 気にしないで! ごめんね!」
レイラ様はそう言って慌てて両手を横に振り、「さ、音楽隊のところに向かいましょ!」と言って走り出した。
「あ、そんな急に走り出したら危ないですってば!」
俺はそう言って、急に走り出したレイラ様の後を慌てて追いかけた。レイラ様はそんな俺を気にせず人混みを上手に掻き分けながら、自分の右手を口元に当てた。
(そうよ、ノアもヒロインの『攻略対象』なんだった。ノアがヒロインを見たら……もしかしたらノアが一目惚れしちゃう可能性もあるのよね。ゲームではそんな事起こらなかったけど、なんたって『攻略対象』なんだし……)
レイラ様は心の中でそう思うと、自分の胸にチクッと痛みが走るのを感じた。
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