第7話

 俺は朝早くに起床し着替えを終え、鏡の前で寝癖がついてないかどうかチェックを行った。


「これでよしっと……」


 寝癖のチェックを終えた俺は、おもむろに窓の方へ近づいてカーテンを開けた。

 本来であれば、カーテンを開けると朝日が差し込んでくるはずだが、今日は普段と違って真っ暗だ。朝日の代わりに、満天の星と月明かりがほんのりと部屋に差し込んでいる。


 『星の夜祭』の日はこうやって朝、昼、夜関係なく1日中真っ暗で1年を通して1番綺麗に星が見える。


 俺は少しだけ胸を弾ませながら、そのまま公爵邸のレイラ様の部屋へ向かった。



 コンコンコン


「おはようございます、お嬢様。ノアでございます」


 俺がノックをして声を掛けると「どうぞ~」と、中からレイラ様の声が聞こえた。


「あ、ノア!どう?これ似合ってる?」


 中へ入るといつものドレスとは違って、町娘の服を着ているレイラ様がいた。レイラ様の瞳と同じ水色のワンピースを着ている。本当に、何を着ていても可愛らしい。

『星の夜祭』はなかなか規模が大きい祭りなため、街には様々な人間が集まる。その中に如何にもいいところの貴族のお嬢様な格好をして行くと、何かしら事件に巻き込まれやすいため、こうやってお忍び風にして毎年祭りへ出掛けている。


「ええ、可愛らしいですよ。お嬢様」


 俺がそう答えると、レイラ様は少しだけ頬を染めてふふっと微笑んだ。


「ノアも……その、いつもの執事の服じゃないから新鮮ね」


「ありがとうございます。え、それ褒めてますか?」


「ほ、褒めてるのよ!」


「お嬢様、褒めるの下手って言われません?」


 少しだけ、からかうようにそう言うと、横から肘で勢い良くド突かれた。


「ノア、お嬢様に失礼よ」


 俺は負傷した右腕を抑えつつ隣に視線を移した。すると、俺の隣でお嬢様専属のメイド、ララが俺を睨み付けていた。いつも冷めたような目付きをしているが、今日は一段と冷たい……というか、痛い……


「ラ、ララさん、痛いっす……」


「貴女がお嬢様に失礼を働くからでしょ。まったく……お嬢様、ノアがお祭りでも何か失礼を働いたら直ぐにお申し付け下さい。きっちり教育し直しますので」


「ええ、分かったわ。是非ともそうしてちょうだい」


 レイラ様はそう言って、クスクスと笑った。


「それじゃあ、お祭りに行きましょ。ノア」


「かしこまりました。お嬢様」


「あ、お祭りのときはお忍び風なんだから『お嬢様』って呼ばないでよね!レイラよ!レイラ!」


「……わかってますよ」


 そう。毎年祭の日は『お嬢様』と、お呼びしてはいけない。心の中ではいつも秘かに『レイラ様』とお呼びしているが、いざレイラ様好きな女の子を目の前にして名前を呼ぼうとすると、なかなかに恥ずかしい。しかも、呼び捨て……毎年のことながら、全く慣れやしない。

 そんなことを考えながら一人で悶々としていると、隣にいたララがクスクスと笑い始めた。


「祭りの日限定よ、ノア」


「わ、わかってますってば!」


「ふふっ、ではお嬢様。いってらっしゃいませ」


「ええ、ララ。行ってくるわ!」


 お嬢様がそう言うと、ララは深く頭を下げた。



 *********



「わぁ~相変わらず、毎年すごい人ね!」


「本当ですね」


 街へ行くと沢山の屋台が出回っており、建物や街中がキラキラとした飾りで飾られていた。


「前世でもね、冬に『クリスマス』って言ってこうやって街中を飾ったり、大切な人とケーキを食べたりプレゼントを送り合ったりして過ごしてたのよ」


「プレゼント、ですか?」


「ええ!1年良い子にしていた子供達へ寝ている間に『サンタクロース』からプレゼントが贈られるの。まあ、『サンタクロース』は御伽話みたいなもので、正体は子供達の親なんだけどね!あとは……友達や恋人同士でプレゼントを贈り合ったりしていたわ」


「へぇ……前世の世界ではそんな風習があったんですね。ところでなんですが、私達は今何処に向かっているのですか?」


 俺がそう尋ねると、前を歩いていたレイラ様はくるっと後ろを振り返りニコッと笑った。


「噴水広場よ」


「噴水広場……そこで『いべんと』が起こるのですか?」


「ええ!殿下はよく城下の外へ抜け出しているでしょう?『星の夜祭』のときもね、毎年抜け出しては遊びに来ているの。で、広場ではサーカスや音楽隊の人達が来ているでしょ?それを見に行こうとして、広場に行った時にヒロインと出会うの!それでね……!」


「興奮するのはいいですけど、周りをよく見て下さいね。人が多いんですから」


「だ、大丈夫よ。子供じゃないんだかr……きゃっ」


「っ……おいおい、いってぇなぁ……」


 おいおい、言ったそばから人とぶつかってるじゃないですか。いや、でも今のは向こうからぶつかって来たような気もしたが……

 そんなことを考えながら、レイラ様の側に駆け寄ると如何にもチンピラな若い男が2人立っていた。


「あ、ごめんない!!」


 レイラ様は直ぐに頭を下げ謝罪をした。が、チンピラの男達は互いに目を合わせて、ニヤニヤと下衆な表情を浮かべて口を開いた。


「あーいてて。こりゃあ骨が折れてんなぁ」


「それはまずいっすねぇ。なぁ?嬢ちゃん、どうしてくれるんだ?これは治療費がかかるかもしれねぇなぁ?」


「……治療費、ですか?」


「あぁ。なぁに、払う金がねぇっつうなら……お兄さん達がいいとこ教えてやるよ」


 1人の男はそう言って、ニヤニヤと下衆な表情を浮かべたままレイラ様の腕をガシッと掴んだ。


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