第1章 俺とお嬢様
第1話
「う~ん、今日もいい香りだ」
昼下がり。
俺は今日もあのお方が好きなアールグレイの紅茶を入れている。俺は『グロブナー家』の執事見習い兼この『グロブナー家』のご令嬢の専属従者だ。
よし、お菓子も用意してあるし、早くあのお方にお持ちしますか。
俺はティーセットとお菓子をワゴンに乗せ、部屋出ようと扉に手を掛けた。その瞬間だった。
「……~~~~!?~っ~~~~~!」
遠くで何か叫んでる声が……する気がする。これはなんだか嫌な予感がしてきたな。俺はドアを開けようとしていた手を下げ、ワゴンと共に10歩ほどドアから離れた。
すると離れた瞬間、目の前の扉が勢い良く開かれた。
「ノア!!!!」
少し癖っ毛のクルクルした長い金髪の少女が、目の前に飛び出してきた。アクアマリンのように透き通った水色の瞳が、キラキラとしていてとても綺麗だ。このお方が俺が仕えているお嬢様、レイラ様だ。
ふぅ、危なかった。やっぱりワゴンを下げて離れておいてよかったな。
「ノア!!大変よ!!どうしましょう!?」
レイラ様はどうしましょう!どうしましょう!と俺の胸ぐらを掴みながら前後にブンブンと振り回す。いや、それは吐く、吐く。
「お、おぇ……おじょ、お嬢様!」
俺は少し声を張り上げてレイラ様の両肩を掴んだ。レイラ様は、ハッとした表情を浮かべて俺の顔を見て「ご、ごめん」と言った。
「で、でもね!大変なの!!」
「ぅっぷ……どうかなされたんですか」
「
「……その奴とは?」
「皇太子殿下よ!!!」
「……」
この人……いや、このお方は皇太子殿下に奴だなんて言って、不敬罪になるとは思わないんだろうか。まだ全然序盤だけど、こんなお方に仕えている俺も、けっこう大変そうだと思いません?もう、ほんとしょうがないお方だ。俺はまた深くため息をついた。
「お嬢様」
俺は落ち着かせるようにレイラ様の肩をポンポンと軽く叩いた。
「実は、先ほどちょうど紅茶が仕上がったんです。とりあえずお部屋へ参りましょう」
俺はそう言って、レイラ様に微笑み掛けた。
***********************
コポポポポポ……
部屋に着くと早速、俺は出来立ての紅茶をティーカップへ注いでテーブルにセッティングし始めた。セッティングをしながら、側で座っているレイラ様の様子をチラっと伺うと、紅茶のいい香りのおかげか先ほどより少し落ち着いた様子のようだ。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……」
そう言ってレイラ様は紅茶を少し飲み「……美味しい」と呟いた。俺は安堵し、一緒に用意をしておいたお菓子のセッティングもし始めた。
「それで?何故そのような事になったんです?」
「実はお父様からやt……皇太子殿下との縁談を持ち掛けられたの」
ガチャン
俺はお菓子をのせた小皿を落としそうになった。あ、危ない危ない。俺は動揺を隠すように、そっとお菓子をのせた小皿をテーブルへと置いた。
「正確には婚約者候補だけどね。他にも婚約者候補のご令嬢が何人かいらっしゃるみたいだし、今回は只の顔合わせのお茶会みたいなの」
レイラ様は今年で11歳。貴族社会では縁談の話が出てもおかしくない歳だ。それにレイラ様は由緒正しいグロブナー家の公爵令嬢。婚約者候補に入ってもおかしくないだろう。
「こんなのゲームの裏設定にあったかしら……いや、私ゲームの設定と違って皇太子との婚約ねだってないわよね?え、本当にどうして?本当はゲームで書かれていなかっただけで、こういった流れでレイラは婚約者になったのかしら……それとももしかして、これがラノベでよくあるゲーム補正ってやつなの!?」
レイラ様は人前じゃ出せないくらいの形相で、何やら途中、途中よく分からない単語をぶつぶつと呟いている。
「お嬢様?」
「……っは!!な、なんでもない!なんでもないのよ!?」
……怪しい。目が凄く泳いでいる。
俺は明らかに動揺しているレイラ様の瞳をじっと見つめて、少し顔を近づけた。
「……っ!近い!ノア近いから!!そんないきなりイケメンな顔を近づけたら心臓に悪いわ!」
レイラ様は白く透き通る肌を一気に耳まで真っ赤にさせた。……かわいい。
「お嬢様?何か隠してはいませんか?さっきからよく分からない単語ばかり言ってるじゃないですか」
「え!声に出てたの!?」
「むしろ声に出ていないとでも思ってたんですか?さ、もう面倒なんでさっさとゲロって下さい」
俺は赤面するレイラ様に、更に顔を近づけた。ほら、ちゅーとかしちゃいますよ?……出来ませんけど。
「
「っ……わ、分かったわ!分かったから少し離れてちょうだい!!」
レイラ様は両手で顔を覆いながらそう言った。うん、かわいいけどこの辺にしとこう。こんな現場をもしこの屋敷の方々に見つかりでもしたら、間違いなく半殺しにされるだろう。いや、半殺しで済めば良いほうか……
俺は大人しくレイラ様から離れて「それで、何があったんですか」と尋ねた。すると、レイラ様は何やら覚悟を決めたような表情を浮かべて口を開いた。
「実はね……」
俺はここで初めて『乙女ゲーム』という得体の知れない存在を知る事となる。
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