第7話 金、緑、光

「河童の話、どう思った」

「鬼とか天狗とか河童とか人の形を残している妖怪というか異形のものは、大抵は見かけの状態や持っている使える能力が一般的な人間を凌駕している存在。

 そのことを町の不利益にならないように伝説に仕立てあげたのでは」

「そうよね、そこに落ち着くよね」

「でも、納得はしてないんだよね、楓は」

「まあ、ね」


 二人は並んで通称御露西亜ヒルズと呼ばれている坂道をおりていく。

 山門を出てしばらくは少し急な坂だ。

 自転車は降りて引かないとこいでのぼるのはきついだろう。

 おりる時はブレーキをきかせてゆるゆるこいでいかないと、あっという間に暴走しそうだ。

 それでも坂をおりきった先に広がる夏の到来を告げる明るい青碧の海を見ていると、気持ちが浮き立ってくる。

 このまま走っていって海に飛び込んだらひと昔前の青春映画のようだと、江洲楓はくすりと笑った。


「この奇妙な状況にずいぶん余裕」

「灰こそ、この奇妙な状況にずいぶん冷静よね」

「帰ってすぐにでも調査したいことだらけ」

「それは言えてる。でも、まだ、フィールドワークしなければならない場所がある」

「フィールドワークって、金山パークで砂金とりのこと」

「そう、面白そうじゃない。ほんと、地元の観光地って意外に通り過ぎることはあっても遊んでなかったりするのよね」

「私は、金山パークは来たことがある。体験コーナーもひと通りやった。父に連れられて江沼市の観光施設はひと通りまわってる。遊びでというよりは偵察って感じで」

「そっか、竹園家は警備会社を経営してるんだものね」

「はい。江洲家のお嬢さまが無茶しないように警護するよう仰せつかってます」

「週末だけね」

「毎日そばにいた方がいい? 」

「それは、ちょっと」


 切れ者の竹園灰にぴったりくっつかれたら、ちょっとした羽目をはずすこともできなくなりそうで、うれしいけれど遠慮します、と江洲楓は苦笑いした。


「そういえば、到着してからお茶とお菓子しか食べてないからおなかすいてきちゃった」

「同意」

「ここはひとつ、底引き網漁の名物高足蟹や伊勢海老料理か地元の深海寿司かな」

「ランチタイムとディナータイムのはざま時間だけど」

「観光地だし夏のシーズンが始まってるも同然だからやってるんじゃない」


 竹園灰は携帯を出して黄金浦のグルメ情報を検索し始めた。


「海開きからが本格的な夏の観光シーズン。今の時間だと、確実にやっているのは、金山パーク内のファミリーレストランくらい。砂金発掘セット付日替わり定食今日は豆鯵のフライ、それから、枇杷そうめん、金粉汁ラーメン、金塊オムライス、霊峰不二カレー。いかがですか」

「いかがですかと言われても」


 江洲楓はメニューのビジュアルを思い描いて浮かぬ顔をした。


「港町なのに、フレッシュな海鮮メニューがないのはなぜ」


 素朴な疑問だ。


「日替わり定食は地場産の豆鯵のフライだけど」

「アジフライならここでなくても食べられる」

「とれたては新鮮で美味しいと思うけど」

「お刺身なら許す」

「なにこだわってるの」

「解せないの」

「何が」


 いつになくうだうだしている江洲楓に竹園灰は呆れ顔だ。

 江洲楓は自分も携帯で調べながら話し始めた。


「観光ボランティアの浜村さんの話に出てきた若衆組って、実は、浜組、町組、山組それぞれが対立してたりして。それで、山のレストランには海のものが並ばない、並んでもありきたりなどこの港町でもありそうなものしか仕入れさせてもらえない、なんてね」

「縄張り争いはいつの世にも何処にもある」


 二人は並んで歩きながらお互い同じことを考えているのを感じていた。


 潮の匂いが強くなってきた。

 碧浪寺を出てすぐの坂道の両側は檀家の屋敷が並ぶ閑静な住宅街だ。

 そこを抜けると地元客向けの商店街になり、さらに進んでいくと観光客向けの町になる。

 坂は港に近づくほどになだらかになり、道の両側に土産物屋や飲食店が並び始める。

 港まわりには観光市場のある土産物センターや海浜公園が整備されている。


「あ、あった」

「え、どこに」

「ほら、ここ、お土産屋さんの二階。団体客向けの食堂。急なキャンセルが入った時は格安で遅めのランチをご提供します、だって」

「なるほど、食品ロスに配慮してる食堂」

「ここに本日のキャンセル分って出てる。あとお二人様。よし、予約」

「素早い」

「返事来た。お待ちしております、だって」


 二人は画面の地図を確認すると小走りに坂道をおりきって、港通りと交差する角に建っている土産物屋の階段を上っていった。


「いらっしゃいませ」

「格安ランチの予約をお願いした江洲です」

「はい、江洲様、2名様。お好きなお席にどうぞ」


 昼食時をとうに過ぎているせいか客は江洲楓と竹園灰の二人だけだった。

 二人は港の見える窓際に座った。

 すぐ近くに観光船の桟橋があり湾内遊覧船やランチクルーズ船、江沼港との定期船が並び、漁船は離れたところに行儀よく繋がれている。

 港から駿豆湾に向って伸びている海水浴場のある入り江の突端の黄金浜岬の手前には、ささやかな観光地には似つかわしくない時代がかった帆船が浮かんでいる。


「あの船って、もしかしたら御露西亜船。当時のものではないだろうけど」

「アレキサンドライト号。観光用に再現したもの。船上結婚式やパーティーができるようになってる。夏はビアガーデン、他の季節はカフェレストランとして営業してる」


 竹園灰が観光案内をそらんじるように言った。


「行ったんだ」

「偵察で」

「美味しかった? 」

「覚えてない。子どもだったし」

「洋上ビアガーデン、いいね」

「あのさ、物見遊山に来てるんじゃないから」

「ごめん。わかってる。でも、とにかくこの町のことちゃんと知ってからでないと、あかりさんのことも、おねえちゃんのことも、カラス玉のことも解決できないと思うから」


 真顔になって目を伏せた江洲楓の様子に、竹園灰は言い過ぎたと口をつぐんだ。


「お待たせしました。アフターランチ定食です」


 店員は格安ランチとは言わなかった。


「わあ、見て見て、蒸しがに、これはタカアシガニ。おつくりは手の長いアカザエビ、金目鯛の煮つけとあら汁もついてる。小鉢はトコブシの酒蒸し、ごはんのおともは岩海苔のつくだ煮。地元の海の幸満載。美味しそう」

「あきらめの悪さはある意味美点。楓のおかげで大御馳走にありつけた」

「灰にほめられると気分が上がる、ありがとう、いただきます」


 世界最大の節足動物にして生きた化石と言われる手足の長いタカアシガニは調理法に工夫が必要な食材だ。

 刺身で食べるには大味なので火を通して食べることになるが、死後は身がとろけてぐだぐだになってしまうので調理は手際よく行わなければならない。

 大きな甲羅にはカニミソを入れてお酒を注いでいただくのが好まれるが、カニミソは雑炊にしても美味しい。

 なによりおすすめの食べ方は、蒸しガニの足をカニミソにつけながら食べる方法だ。

 旬は一月から三月で夏は禁漁になっているが限定的に漁を許されている船があるのだそうだ。


「美味しい、カニミソをつけると一段とおつな味」

「贅沢な食べ方」

「一人足一本でも十分なのに、三本もついてるなんて」

「煮つけの味もいい、しっかりしてる、ごはんがはかどる」

「エビのおつくりも新鮮」

「トコブシ歯ごたえがある、磯の香りが抜群」

「岩海苔味が濃い、白飯に合う」


 それからしばし二人は食事に集中した。

 食後のほうじ茶を飲みながら、改めて豪華な帆船を二人は眺めた。


「アレキサンドライトって宝石の名前よね」

「人名からだったと思うけど」

「もちろん人名からっていうのもあると思う。

 ただ、ほら、カラス玉がウランガラスかもしれなくて、ウランガラスは特殊な光を当てると色が変化するじゃない。

 アレキサンドライトも光源によって色が変化するから、なんとなくつながるというか」

「確かに。よいところに目をつけたね、宝石好きだった? 」

「カラス玉が気になったから、宝石の図鑑調べた時にコラムが面白くてじっくり読んだの、それに……」

「ほかにも気がついたことがあるんだ」

「アレキサンドライトは、鉱物名クリソベリル。ギリシャ語の金を意味する語句からきてる。そして和名は金緑色」

「金、緑、光源で変化する」

「そう、カラス玉に通じる何かがある」


 江洲楓は両手で湯呑を持ってほうじ茶を美味しそうに飲んだ。

 暑い時に熱いお茶を飲むとさっぱりする。


「この町の歴史に関わりのあるものの共通点が、あかりさんが巻き込まれていることの解決の糸口になるんじゃないかと思って。それに、この定食も全部海のものだったのも気になる」

「と言うと」

「黄金浦は、山の素封家と海の素封家と両者を取り持つ碧浪寺の三者で協力し合って町の繁栄を支えてきたという話だった。だったら、例えば、海鮮がメインとはいえ定食の一品に山のもの、枇杷の甘露煮とか、駿豆菜のおひたしとか、郷土色のある一品が付いてもおかしくない」

「仕入れのルートや予算の関係でそういったことができないんじゃない」

「そうかもしれないけれど、こじつけのようなものでも何でも検討してみようと思ってる」

「楓、調子が出てきたね」

「まあ、ね。おなかいっぱいになったし」

「じゃあ、次は金山パークで手がかり探し」

「そういうこと」


 二人は遅い昼食を終えて食堂を後にした。








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