第11話 秘伝サラカツギ

 坑道の入口から通路を抜けると地下へつながる階段が現れた


「ここから階段で金鉱脈の見学地点まで降りて行きます。手すりにおつかまりくださり足もとにお気をつけて降りてください。途中でご気分が悪くなりましたらすぐにお知らせください」


 山辺さん、江洲楓、竹園灰の順に階段をおりることになった。

 階段を降りながら山辺さんが話し始めた。


「こちらの復元坑道では足もとを照らす明かりが設置されていますが、電気が通る前はもちろん真っ暗でした」

「明かりがなければ作業ができなかったのではないですか」

「つり、と言いまして、吊り手の付いた油を入れる皿に魚油を入れて燃やしていました」

「菜種油ではなかったのですか、魚の油だと臭いがすごそうですね」

「菜種油は高いということで魚の油になったのです。黄金浦は港町でもありますから、原料はいくらでも手に入りますから。

 もちろん臭いはもう大変なものでした。それでも松脂の松明の煙の凄さに較べればましだったようです。燃え過ぎる松明で坑内は慢性的な酸欠状態で、一酸化中毒になり気絶けだれを起こすものも多かったですから」


 山辺さんはそこで咳払いをした。


「火は闇を照らすのに欠かせないものですが、それに伴う煙は毒となります。闇の支配する地下では取り扱いを間違えることは許されないのです」


 やけに重々しい口調だった。

 二人がどう反応したらよいのか迷っているとそれに気付いたのか山辺さんは元の口調に戻って説明を続けた。


「それから、採掘作業ではよろけで寿命がずいぶん縮みました」

「よろけ? 」

「肺の病気です。採掘作業で出る煤煙や粉石を吸い込むことで肺の線維が増殖して肺が固くなってしまい機能不全を起こす病気です。一般には塵肺として知られています」

「職業病ですね」

「そうなりますね。寿命を縮める職業病です」

「それでも、金のために人は地下へ潜っていった。潜らされていった」


 竹園灰の言葉に江洲楓はそうなんだよね、とうなづいた。


「また、地下での採掘は、水をいかに排除するかということもたいへん重大な問題でした」

「水、というと、地下水ですね」

「温泉が湧いているくらいだから、地下水も豊富なのでは」

「はい、その通りです」


 山辺さんは階段を降りきった所で立ち止まると足もとを照らしていたライトをすっと脇にそらした。そこには地下水の溜り場があった。


「地上と違って地下という閉鎖空間では常に安全に気をつかわなければなりません。人間は地下で暮らすようにはできていませんので。それでも生きていくためにここを選ばざるをえなかった人びとがいるということも記憶のすみに留めておかなければならないのです」

「山辺さんのお話を伺っていると、こちらの施設は社会問題や環境問題の学習にも最適ですね」

「はい。こちらの施設は運営資金の提供者から、町の振興のための観光施設であると共に教育施設としても運営して欲しいとの要請がありまして、開館以来その理念は守られています」

「継続するというのは大変なことですよね、素晴らしいですね」

「ありがとうございます」

「資金提供者は久繰里家ですよね」

「町の素封家の皆さまです」


 山辺さんはあえて久繰里家とは出さずに答えた。


「いずれにしてもこのような施設が地元にあるというのはうらやましい限りです」


 江洲楓は勤務先で社会科の担当教員が座学以外での体験学習の必要をこんこんと説かれたことを思い出していた。

 社会科見学は小学校や中学校では組み込まれているが、受験予備校と化している高校では教科書の内容をこなすので手一杯だと嘆いていた。しかも生徒の大半は学校にそうしたことは求めていないのだとため息をついていた。

 ネットを通じて情報は何でも手に入ってしまうのだから無理もないと江洲楓は思った。だが、それでも図書室に親しみを感じている生徒たち、本の手触りを楽しみ書架のブラウジングに目を輝かせている生徒たちの姿に、リアルな体験をからだは求めているのだと思わずにはいられなかった。


「時間がとれないんだよね。カリキュラムがぎちぎちで」

「時間はあるのに、余計なことで縛られる」

「カリキュラム自体が余計なこととは限らないけど、学校なんだし」

「まあ、何が余計かは言わないでおく」

「灰、また思わせぶり」


 江洲楓が口をとがらせた。


「そういえば、金は水から生まれるって陰陽五行説の話。あれって、もしかしたら、こういうことなのかな。地下水が出るところに金鉱脈があるってこと。もちろん、金以外の鉱脈もだけれど」

「なるほど、それはあるかも。さすが、楓」


 竹園灰にほめられて江洲楓は素直にうれしくなる。


「もしここに河童にまつわるものがあったら、つながるかも」

「可能性はある」

「でも、まだ、ピースが足りない」

「足りないし、バラバラ」

「うーん、なんだろう、もわもわっと浮かんではきてるんだけど、収束しない」

「最奥まで見学してから続きを考えよう」

「そうだね、ありがとう、いったんセーブする」


 竹園灰は考えがまとまりそうでもわもわと思考がどこまでも広がっていって収拾がつかなくなってしまうのをクールダウンしてくれる。


「河童がどうかされましたか」


 唐突に山辺さんがきいてきた。

 二人が返答に詰まっていると


「すみません、聞き耳をたてたわけではないのですが聞こえてしまいました」


 と山辺さんが申しわけなさそうに言った。


「何かご存知ですか」


 江洲楓はこれは何かきけるかと思い声をかけた。


「観光ボランティアの研修会で語り部の方から伺った話の中に河童の伝説がいくつかありました」

「若衆組に退治された話ですか」

「その話もありましたが、もう少し昔の話もありました。若衆組の話はどちらでお聞きになられたのですか」

「碧浪寺で、観光ボランティアの浜村さんからです」

「浜村さんですか。観光ボランティアの同期なんですよ。そうそう、研修会もご一緒させていただきました」


 山辺さんはなつかしそうだ。


「では、その時に河童の伝説を語り部の方から聞いたのですね」

「はい。語り部の方は皆さまご高齢なのですが、その時に登壇された方は、それはもう年齢を感じさせないくらいしゃんとされてる方で、記憶もお声もしっかりされていました」

「古くからある家系の方だったのですか」

「何人かいらっしゃるのですが、最高齢の方は、信川しながわたづさんとおっしゃいます。黄金浦の郷土史家の本家さんだったと伺ってます」

「信川さんとおっしゃるんですか」

「はい、そうです」

「信川家は、久繰里家と関わりがありますか。遠縁だとか」

「どうでしょうか。さほど広くはないですからこの町は、大抵どこかでつながっていますよ。嫁に出たり婿に入ったりで外との交流はありますが、都会に較べましたら血は濃いです。ごく自然な成り行きです」

「そうなんですね」


 山辺さんはそれ以上そのことについてはしゃべることはなく、「では、若衆組のではない伝説をお話しいたします」と、おもむろに話しだした。


「峠の近くの沼に棲んでいる河童が、猪に襲われて息も絶え絶えになっていたところを、峠を行き来する枇杷売りの娘が助けたのだそうです。

 河童は喜んで娘に見事な沼鯰と大粒の何かの種が入った河童の水かきで作った小袋に入れてお礼だと渡しました。海の魚しか食べたことのない娘は気味が悪かったのですが、受け取らないと河童が気を悪くして力任せに何をするかわからないので、にこにこしながら受け取って帰りました。

 沼鯰を鍋にして食べたら、臥せっていたひいおばあさんが起き上がれるようになり、娘の器量が一段とよくなってすぐに婿が決まったのです。

 父親が大粒の種をまくと、三年後には実がなるまでに木が育ち、今まで見たことのないような立派な枇杷の実がなったのです。それはよく売れて、しまいには港からお江戸に運ばれていってお殿様にも献上されたとのことです。それが枇杷長者の家が盛んになった始まりだそうです」


「枇杷長者って、久繰里家のことですか」


 山辺さんはここでも久繰里家の名は出さず、違うともそうだとも言わずに黙って微笑んだ。


「久繰里家が枇杷長者で、河童のおかげ、ね」

「浜村さんの河童の話とはずい分違いますね」

「時代も違いますので」

「この河童は、何か、鉱物とかガラスと関係はないですか」

「そうですね……」


 山辺さんは少し考えてからこう言った。


「河童といえば頭のお皿が器であることを考えますと、鉱物やガラスが関わってくるかもしれませんね。ガラスかどうかはわかりませんが、サラカツギという風習を聞いたことがあります」

「サラカツギ? 」

「黄金浦の山の家に伝わる秘伝でして、外部のものは触れてはいけないことになっています。そのため詳しくは知らないのですが」


 山辺さんはいったん口をつぐむと辺りを見まわしてから、声を潜めた。


「鉢かつぎ姫という昔話はご存知ですか」

「はい。観音様にお参りして授かったお姫さまの頭に鉢がかぶさってとれなくなりつらい思いをしながらも最後にはよい殿方にめぐり合い鉢がとれて財宝が出てきて美しい姫と殿方は結ばれてめでたしめでたし、といったシンデレラロマンスでしたよね、おとぎ話絵本で読みました」

「観音様の御利益もの」

「また無粋なことを。ロマンスだってば」


 二人のやりとりを真顔で山辺さんは見ていたが、頃合いを見計らって口を開いた。


「鉢かつぎ姫の鉢は、姫を苦しめると共に守りもしました、そして最後には良縁に導きました。宝物も手に入れました。どうやらそうしたことにあやかって始まった風習らしいのですが、実際にどのようなことが行われているのかはわからないのです」

「そうですか。お話ありがとうございました」


 なんとなく概要はわかったが、この話だけでは要領を得なかった。

 江洲楓は竹園灰に目配せした。

 竹園灰は腕を背中に回すと携帯機器をいじって何か調べ始めた。

 画面を見なくても文字の位置を暗記しているので出来る作業だ。


 とりあえずここはこれ以上つつかない方がいいだろうと二人は目線を交わした。


「では、先へまいりましょう」


 山辺さんに促されて二人は先へ進み始めた。


「こちらには、採掘作業のからくり人形展示があります。こちらのボタンを押しますと、彼らが作業を始めます。手にしているのはたがねと槌です」


 山辺さんの指し示した所に作業現場の様子が再現展示されていた。

 大規模な金山の再現展示のような大がかりなものではなかったが、頬かむりをした単衣姿の男たちが道具を手に鉱脈に向っている。男たちは金穿かなほり大工と呼ばれる鉱石採掘者だ。

 山辺さんがボタンを押すと金穿大工の人形たちがゆるゆると動き出した。左手に持っているのはたがねでそれを右手の槌で叩くとこぎみよい音が響き渡った。


「人形とは思えないですね、動きもなめらかで本物みたい、よく出来てますね」

「はい、江沼市の不二見高専の工学部に依頼して製作管理していただいています」

「そうなんですね。動かしてみてよろしいですか」

「もちろんです。どうぞ」


 江洲楓がボタンを押そうとした時だった、ビリっと静電気が起こり吊るされた電灯がいっせいにバリバリッという音と共に消えてしまったのだった。


 闇が辺りを支配した。


「やだっ、すみません、私何もしてないのですが、何かしたのかな」


 江洲楓はうろたえてしまっている。


「やたらに動かないで。ころんでけがする」


 すぐそばにいた竹園灰が腕をとって彼女を引き寄せた。


「大丈夫ですか。落ち着いてくださいおけがはありませんか」


 山辺さんが懐中電灯をつけて辺りを照らした。


「まさか余興ってことはないよね」

「観光施設でけがにつながるような危ないことするわけない」


 江洲楓がまだ混乱しているようなのを竹園灰がたしなめた。


「この先の金鉱部分は電灯は別系統ですので、ひとまずそちらへ。皆さんは、足もとが危ないので、どうぞこちらでお待ちください。私、受付に連絡してまいります。携帯はつながりませんのでここでは。すぐに戻ります。10分もかかりませんので」


 山辺さんに半ば強引に押しやられて、二人は金鉱脈室に留まることになった。


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