第三章
第1話 血濡れのカラス玉
「きょうの景品も、カラス玉だよ」
そう言っておねえちゃんが手のひらにのせて見せたのは、泥がところどころについているダイアモンドの形をしたプラスチックのおもちゃの宝石でした。
おねえちゃんが、それをどこで見つけてきたのか、わたしはもう知っています。
そして、それがおもちゃではないことも。
「カラス玉じゃなくてガラス玉でしょ」
わたしがそう言うと、おねえちゃんは眉をきりきりとつり上げて、わたしにカラス玉を投げつけました。
「痛いっ」
カラス玉は勢いよく飛んできて、わたしの頭のてっぺんにかちりと当たって、それから地面に落っこちました。
たらたら赤い血が流れ出して、私の髪の一本一本を伝って、生ぐさくてしょっぱいしたたりが、口の中に広がりました。
「拾いなさいよ」
おねえちゃんに命令されて、わたしはのろのろとしゃがみました。
流れてくる血が目に入ってよく見えません。
落っこちたカラス玉は、どこに転がっていったのでしょう。
わたしは、しゃがんでいるまわりを、やみくもに手を振り回して土の上をさらいました。
手に触れるのは、小石と土と雑草の青い汁ばかりです。
何度もさらっているうちに、草の葉で手のひらが切れました。
手のひらからも血が流れ出しました。
「なくしたら許さない」
おねえちゃんの声は怒っています。
なくすようなことをしたのは、おねえちゃんなのに。
「おかあさんに見つかる前に、はやく、はやく」
おねえちゃんが急かします。
だったら、おねえちゃんも、一緒に探してくれればいいのに。
「おかあさんは、どうしてカラス玉がきらいなの」
おねえちゃんのおかあさんは、カラス玉を見つけると全部どこかに捨ててしまうのです。
「おかあさんは、カラス玉がきらいじゃないの。わたしがきらいなの」
おねえちゃんはうれしそうに言います。
おかしなおねえちゃん。
おかあさんを好きなのに、悪い子と言ったり、きらわれていると言ったり。
「あった」
わたしは手探りで見つけたものをつまんで、おねえちゃんに見せました。
「それ本物なの」
おねえちゃんに言われると、自信がなくなっていきます。
わたしは、もう一度地面の上を手探りしました。
なかなか見つかりません。
そうしているうちに、なんだかくらくらくしてきました。
血がどんどん頭のてっぺんから出ているのだから、具合が悪くなるに決まっています。
黒い髪に血が絡まって、どす黒い赤に染まっている。
生臭い血色の髪がほっぺにぺたり、べたり、ぺたり、べたり。
ふりはらおうとすると、手にも、ぺたり、べたりとまとわりついて、余計なことをするなと言いたげです。
おねえちゃんにもわたしの血が見えているはずなのに。
どうしてなのでしょう。
おねえちゃんは、わたしの手当てをしてくれません。
「やっぱり、これが、カラス玉だと思うのだけれど」
探しても探しても、手には石ころしか触れません。
わたしは、最初に見つけたものをおねえちゃんに見せました。
それはわたしの血にまみれて濁ってしまっていました。
「本物かどうかみてみよう」
おねえちゃんは私からそれを受け取ると、スモッグエプロンのポケットから細くて小さな懐中電灯を取り出しました。
「うちにくる石屋さんに借りてきたの」
石屋さんというのは、宝石のもとになる石のお店のことだと、大人が話しているのを聞いたことがあります。
「ぜったいに光を見てはだめ」
おねえちゃんに念押しされて、わたしは思わず両手で目をおおいました。
そうしたら、手のひらにべったり血がつきました。
血はまだ止まっていません。
「目をおおってしまったら、カラス玉の秘密を見ることができないよ」
カラス玉の秘密。
たった今まで、秘密なんて言っていなかったのに。
おねえちゃんは、後出しじゃんけんがうまいなあ。
「カラス玉に秘密があるの」
「秘密だから言わない」
また、おねえちゃんはおかしなことを言い出しました。
秘密を見ることができないって言ってみたり、秘密だから言わないって言ってみたり。
「言わないけど、見るのはいいよ」
おねえちゃんが言いました。
「うれしいな、カラス玉の秘密、うれしいな」
わたしは、血を流しながら、うかれてはしゃぎました。
「いい、カラス玉だけを見るのよ」
おねえちゃんはそう言うと、細くて小さな懐中電灯をつけてカラス玉を照らしました。
カラス玉は、不思議な色に変わりました。
夏祭りの夜に見た、蛍の光のようです。
「きれいだね。ホタルみたい」
わたしはずきずきと痛む頭の傷のことを忘れて夢中になりました。
「おかあさんには、ないしょだよ」
「おかあさんには、ないしょだね」
四月生まれのおねえちゃん。
三月生まれのわたし。
今度の夏祭りに出かける時には、わたしはおねえちゃんと一緒のクラスになっているのかな。
「よそみしちゃだめ」
きつい声がして、ふいに、ふわっ、とからだが浮いたような気がしました。
カラス玉がくだけ散って、蛍の光が溢れかえりました。
緑色の光が、目の前を横切っていきました。
カラス玉が蛍になって、飛んでいったのかもしれません。
誰かがわたしの名前を呼んでいます。
おねえちゃんの声ではありません。
頭のつむじにそっと手が当てられました。
その手が血を吸ってくれたのか、痛みも消えていきました。
薄っすらと開いた目に映った景色に、おねえちゃんはいませんでした。
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