第9話 記念写真の怪
た 復元坑道へ行く途中には、金山の歴史をはじめとした各種展示コーナーがあった。
入ってすぐのところに霊峰不二を遠景に黄金浦を中心とした駿豆半島のジオラマが展示されていた。
番号のふられたスイッチを押すと豆電球が赤く点灯して解説が流れる。子どもが面白がる趣向だ。
ジオラマの背後の壁には日本全国の鉱山が記されている地図と、日本を二分する日本海から太平洋にかけての大地溝帯が描かれている拡大地図が掲示されている。
山辺さんが展示物や掲示物を指しながら解説してくれる。
「こちらをご覧ください。日本海側から駿豆半島につながる日本を東西に分ける大地溝帯が形成されているのがわかります。この大地溝帯のところに活火山の不二の山があります。活火山としての活動が盛んだった頃に、金や銀、銅などがマグマの動きで形成されていきました。それが後に鉱脈となって、さまざまな鉱物が産出するようになったのです」
「スケールの大きな話ですね」
「確かに」
江洲楓が感心し、竹園灰が同意した。
小学校高学年か中学の頃に理科で習ってはいるが、改めて説明を受けると自然界の活動の雄大さに二人は圧倒される思いだった。
次の展示は金山の歴史だ。壁面には年表と坑道の図が貼られていて、その前にはガラスケースが置かれている。ケースの中には、自然金、砂金、自然銀、金銀と鉱物の化合物、砂白金が並んでいる。
「こうして見ると、金も鉱物の一種なんだなって実感できる」
「そうだね、大地の中の鉱脈から生まれるからね」
「宝石の原石のようだと思えばごっつい岩もお宝に見えてくる」
「確かに、原石は光ってなかったりするけれど、磨けばお宝になる」
二人がケースの中の鉱物について品評をし終えると、山辺さんが解説を始めた。
「黄金浦の金山開発は資料が残っているものは戦国時代からですが、伝承によりますと奈良時代にまで遡るとされています」
「そんなに古くから」
「せいぜい鎌倉時代からだと思ってた」
「はい。鎌倉幕府の開府の資金源となったのは駿豆半島の金山だったと言われています。その時は、採鉱や冶金の技術を持つ山師が各地からこちらにも集まっていました。それより前、奈良時代には修験道の祖役行者が駿豆半島の東の根に配流されておりまして、その折に不老不死の素として鉱脈を探しているうちに、鉱山に関する技術が開発されたとのことです」
山辺さんの話が一段落つくと、
「鉱物の話には不老不死がつきものなのですね。医学が発達していなかったとはいえ、毒かもしれないものをからだに入れることに抵抗はなかったのかな」
と、江洲楓が感慨深げに言った。
「生きるか死ぬかで生きたいと思ったら、藁をもつかむ思いで試したんでしょう」
「根拠がなくても」
「根拠はあったのかもしれない、ほんの少しの改善が誇大に風潮されて」
「捏造じゃない」
「それでも、本人が望めば、それも貴人が望めば、止めることはできなかったのだと思う」
と、今度は竹園灰が感慨深げに言った。
「伝説の域によるものでは、室町幕府の足利義満将軍が嵐に合い漂着しその従者がこちらで金山の管理をするようになったと言われています。また、甲州からは武田信玄のもとで黒川金山の採掘に従事していた黒川衆と呼ばれる山師たちもこちらに流れてきました」
「都から遠いこの地に各地から人が流れて込んでいたのですね」
「ルーツを辿ると当時の日本の金山地図が描けそう」
「いつの世も金の魅力には抗えない、ってことかな」
「戦をして勢力を広げて支配を盤石にするには、いかに財源を確保するかが欠かせないってこと」
「なんだかロマンのかけらもないよね、今さらながらだけど。金自体は磨かれてキラキラ光るという変身を遂げるロマンを持っているのに」
会話が途切れるのを待って山辺さんが話を続ける。
「さて、鎌倉時代以降は、この地を統べていた後北条氏が金山開発をしていたのですが、豊臣秀吉が小田原攻めの際に押さえてしまいます。江戸時代には徳川家康が金山開発を進めました。しかし乱掘がたたり次第に衰えていき幕末を迎えます。
明治時代に入り新しい世の中となり近代化を推し進めるのに財源が必要となり、再び金山は脚光を浴びます。その後は栄えたり衰えたりしながら昭和後期には次々と閉山になり現在に至っています」
「お話わかりやすかったです。ありがとうございました」
「興味深い歴史ですね」
「いえいえ、かいつまんでの説明でしたので、本当にさわりだけなのですよ。もっと詳しくお知りになりたいようでしたら、教育映画も上映してますのでそちらをご覧になってください」
「すごいですね、映画もあるんですか」
「はい、郷土資料として港の年中行事や金山の風俗を記録映像にしたものもあります」
二人はここが単なる観光施設ではないことを改めて確認した。
「あれ、これって、ガイガーカウンターですか」
江洲楓がマイクのような菅の付いた計測器に目を留めて言った。
「はい、そうです」
「ということは、放射線を出している鉱脈もこの辺りにはあるということですか」
「そうですね、正確には違います。今はありません。国内で現在でもウラン鉱床を見学できるのは一箇所くらいだったと思います」
「では、ここでは、かつて産出された、または、探索がされていたということですか」
「はい、そうなります。趣きのあるガラスを作るのに使いたいと、昭和初期の頃までは微量ですが採掘されていたとのことです」
「ウランガラス、ですね」
「お若いのに、よくご存知ですね。アンティークショップでご覧になったのですか」
山辺さんは少し驚いた様子を見せた。
「きれいですよね、当てる光によって変化するウランガラス。鉱物でも
江洲楓はあえて山辺さんの質問には答えずはぐらかした。
「ウランガラスの展示はされないのですか、ここに一緒に飾ってあったら素敵だと思います」
「そうですね。よろしかったら、アンケートに書いていただけませんか。お二人に書いていただいたら検討対象になると思います」
山辺さんはあえて質問を重ねることはなかった。
「さて、歴史上、黄金と関わりのある土地をご存知でしょうか。こちらでは地図と照らし合わせて紹介されています」
山辺さんが日本地図を示しながら案内を続ける。
「こちらが平安中期から鎌倉期にかけて奥州藤原氏の拓いた都、平泉です。こちらの黄金といえば創建時は光り輝く素晴らしだったと伝わる中尊寺金色堂、三代藤原秀衡の柩に納められた副葬品の砂金塊、こちらは32グラムという立派なものでした。初代藤原清衡の御遺体の
「中尊寺金色堂は、古典の教科書でおなじみですね。松尾芭蕉の『奥の細道』の五月雨の降り残してや光堂、あざやかな情景が浮かんできたのでよく覚えています」
「はい、さすがは俳聖芭蕉です。雨を浴びて塵芥を流され潤い煌めいている往年の金色堂を思い描くことができます」
「これは本物ですか」
江洲楓はクリアケースに飾られている砂金塊を指してきいた。
「細かなものは本物です。大きなものは副葬品の砂金塊のレプリカです」
「比較できるとスケール感がわかっていいですね」
「はい、身近にあるものではありませんので、なるべくさまざまな形で展示をしてご興味をお持ちいただければと思っています。では、次へまいりましょう」
次のコーナーには、精錬、圧造、鍛造された金の延べ棒のインゴットを使った計測ゲームコーナーがあった。
除籍処分され廃棄にまわされる本を図書館から引き取ってさまざまな重さのインゴットを使い天秤ばかりで重さを測るのだ。おおよその重量しか測れないが、うまくつり合いをとることができたら、カード形式のインゴット計測士の証明書が配布される。
体験をしてもらうのが目的なのでほぼ全ての参加者に証明書は渡されるが、ふざけて機材を壊した酔っぱらいには配布はされなかった。
「体験されますか」
山辺さんが言った。
「はい、しますします、面白そう」
「私は遠慮しとく」
「え、そうなの」
「どうぞ私にご遠慮なく」
「そう、じゃ、やってみるね」
江洲楓は、この町の広報誌をまとめた本を選んで天秤にのせた。
「この本も廃棄なんですか、郷土資料として保存しないんですか」
「実は印刷し過ぎてしまいまして。地元図書館にも群読できるくらいの冊数があって、それもこれからどんどん増えますでしょ。そうなりますと保管場所も限られているので困った事態になるのは目に見えてます。そこで、古びてほころびたりしているものは除籍廃棄することになったんです。ここで使用されるなら本も喜んでくれるのではないかと思っています」
「やさしいですね、山辺さん」
「いえ、私だけではなく、観光ボランティア一同、郷土の資源は有効活用して郷土に還元しようと努めております」
「立派です、では、心おきなく測らせていただきます」
その後、江洲楓は金の延べ棒での計測ゲームに夢中になってしまい、竹園灰に脇をつつかれて我に戻った。
「面白かった。図書イベントでやってみようかな。金の延べ棒は用意できないから、そうね、本同士でやってみようかな。本に興味のない子たちに本に触れてもらういい機会になるかも。大きくても使用されている紙によってそんなに重くなかったりするし、装幀ががっちりしてると薄い本でも意外に重量があったりするし」
「いい試みなんじゃない」
「形から入るのもありかなって思う」
「本を丁寧に扱う指導もできるしね」
「指導か、まあ、それは授業でやってもらってもいいかな。まずは、親しむことから」
「授業にはタッチしてないんだっけ、今のとこでは」
「新年度の利用ガイダンスはまるまる一時間もらって授業してるよ。でも教科ごとの授業は資料の準備とレファレンス。司書はあくまで事務職員なので。先生から依頼があれば授業もするけど、まあ、年に数回あればいい方かな」
現在の職場での状況に歯がゆそうにしながら江洲楓は「さ、次いこ次」と明るく声をあげた。
歴史資料展示コーナーの次の部屋は鉱物資料展示コーナーになっていた。そこには昨今流行のパワーストンやミネラルと呼ばれる鉱物の原石の塊などが展示されている。希少鉱物を含むものもあり、変わり種として、隕石や、鉛を使ったガラスや、植物から生まれるカリガラスも展示されている。大人の高さを優に超える巨大な原石を含み、採掘前の自然金の岩の塊と金の延べ棒インゴットを並べて展示してある前は撮影スポットになっている。
「お撮りしましょうか」
撮影スポット用の即席カメラをかまえて山辺さんが言った。
「あ、はいお願いします」
声をかけられて江洲楓は竹園灰の腕をひっぱって撮影スポットの前に立った。
「私はやめておく」
竹園灰はすっと腕を抜くと江洲楓のそばを離れた。
「え、なんで、記念に撮ろうよ」
「いや、いい。写真はパス」
かたくなな竹園灰に仕方なく折れて江洲楓は一人で写真におさまった。
「心霊写真ってわけではないと思うけど」
「写真はアリバイ。よきにつけ悪しきにつけ」
江洲楓は耳元で囁かれてはっとした。
もしかすると竹園灰はここにいることを悟られたくないのかもしれない。
誰もが携帯を持っている今、どこで撮られているかはわからないものの、個人が撮影したものと違い公けの場の機材を使ったものとでは違いがると竹園灰は主張する。
「即席カメラだからここには残らないと思うけど」
「用心に越したことないから」
囁き合う二人から少し離れたところに立っていた山辺さんが
「はい、出来ました。どうぞ」
と、ペーパーフレームに入れた写真を手渡してくれた。黄金浦郷土の杜金山資料館観光記念の文字と年月日が飾り文字で入れられている。
「写ってる」
竹園灰がきいてきた。
「よく写ってるでしょ、いかにも観光写真って感じで」
江洲楓が答えた。
「だから、写ってる」
竹園灰は真顔だ。
「だからって何が」
「ここ」
竹園灰が自然金の岩の塊の金鉱がマーブリング模様のように浮き出ている範囲を指差した。
「この部分は岩の表面に金が顔を出しているだけでしょ」
江洲楓は目をこらして写真を見た。
「自然に浮き出ている模様にしか見えないけど、え、あれ、形が変ってる、模様が流れていく、何、これ」
江洲楓は思わず写真を放り投げた。
「どうしましたか」
先を歩いていた山辺さんが振り返った。
写真はひらひらと舞って、床の上に裏返って落ちぴたりとくっついた。
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