第8話 森と杜
金山パークへは港にある観光案内所、海鮮市場、土産物屋、レストラン、マリンスポーツ・フィッシング装備対応施設を擁する黄金浦潮騒センターからシャトルバスが出ている。
金山というだけあって山中にあるため二人はシャトルバスを利用することにした。港から山の中腹にそれらしき建物が見えるが徒歩で行くには距離はあるように思えた。
観光案内所で尋ねてみたら、徒歩1時間はかからないが4,50分はかかりますとのことだった。案内所で観光案内マップと金山パークのリーフレットを調達した。
正式な施設案内パンフレットは現地に行けばあるだろうが、案内所や土産物屋で配布される資料はそれぞれに視点に特徴があるので見較べると面白いのだった。
「そういえば、駿豆半島は地名が付くような焼き物の大きな窯元はあまりないのよね」
「ないわけではないけど」
「陶芸家個人の窯は沢山あるみたいだけど。久繰里家で出されたお茶とお菓子の器は、なまこ壁の意匠があしらってあって素敵だった」
江洲楓は久繰里家でのやりとりを思い出しながら言った。
「地場産業としての焼き物ではなくて、アートクラフトの作家物? 」
竹園灰がたずねた。
「どうかな。作家物というには突出した感じは受けなかった。お茶が美味しそうに見えて、実際に美味しかったけど、お菓子が上等の誂えもののように見えて、実際に上品な味だったし菓子作りを学んだ人の手作りだったんだけど。一本立ちの作家とは名乗ってないけれど、定番品のデザイナーのような感じで仕事をしているようなイメージ」
「普段使いにいい感じってこと」
「観光物産コーナーにはそぐわないけれど、その町の小さなクラフトショップにあったら自分用に買ってみようかなって感じ」
江洲楓は両手で茶碗を抱える仕草をした。
「なるほどね」
「たっぷり飲める湯呑かマグカップがあったら欲しいかも。どこかに売ってないかな」
「久繰里家できいてみればよかったのに」
「なんというか、そういう雰囲気ではなかったの」
車窓から外の景色を眺めながら会話をしているうちに金山パークに到着した。黄金浦潮騒センターからシャトルバスで10分ほどだった。
金山パークの正式名称は黄金浦郷土の
資料館の前は、太陽の光に煌めく黄金の鳳凰の彫刻が羽ばたく噴水池の周りがロータリーになっていてそこをぐるりと一周してバス停で止まった。
二人はバスを降りると噴水に近寄って両翼を広げて今にも空に飛びたたんとしている鳳凰像を見上げた。
「これって本物の金なのかな」
「さすがにそれはないのでは。本物だったらはがされて持っていかれる」
「そうね、どう考えても野ざらしで無防備」
「野ざらしというのとはちょっと違うように思うけど」
「真夏には触れないほど熱くなりそう」
「触るには噴水池の中に入って行かなければならないから、よほど酔狂者でない限り触ったことのある人はいないと思う」
「まあ、そうよね」
二人はしゃべりながら資料館の入り口に向うと、受付を済ませて鉛筆の芯だけのペンとアンケート用紙を受け取り、まずは入口の案内図の前で見学ルートを相談した。
「町のみなさんは金山パークって言ってたから、お気楽なとこだと思ってた」
「あえて気軽さを強調してるのかも、そうしないと人来ないし」
「それにしても、名称とうらはらに楽しそうな場所よね」
「名称といえば」
「
「さすが、楓、気づいてた」
「もちろん」
森は木が並ぶ形からわかるように沢山の自然木の集まりだ。
木が集まり取り囲んでいる場所は鎮守の森になる。
森はすなわち神域を表す。
杜は周りから杜絶した場所。
人為的に木を植えて神域を取り囲んだ場所。
杜もすなわち神域を表す。
いずれも神域を表すが「杜」の方がより他との隔絶感、秘匿感が溢れる。
「館内マップのここに鳥居のマークがある。観光用の復元坑道の最奥部分」
竹園灰が館内マップを広げた。
「何かお祀りしてるのかな」
「当然そうでしょう。採掘時の坑内作業には落盤、粉塵爆発、ガス突出といった事故がつきものだから、弔慰のためだったり、事故防止のための神頼みだったり」
「金鉱脈の発見も」
「それは大前提」
「枇杷観音や河童ではないでしょ、お祀りしてるの」
「河童は金気を嫌うから金山にはいないんじゃない」
「金気って、陰陽五行説のってこと? でも、それだと、金は水から生じるのだとするわけだから相性が悪いわけじゃないんじゃない」
江洲楓の疑問に、竹園灰はなるほどとうなづきながら自分の考えを話してみせる。
「河童を水として捉えるのではなくて妖魔として捉えれば、そうしたものを祓うための魔除けには金気のものを使うことがある」
「そっか、そう考えるのね。鉱物は金山の周辺で採掘されるからカラス玉は関係あるかも、となると舎利つながりで枇杷観音ってことは」
「久繰里家に御利益をもたらせてくれたからね、でもどうかな」
「もしくは、何かを封じようとしてるのかも」
「杜絶の杜という意味でってこと」
「そう。金鉱脈を掘り当てるのは欲望を掘り当てることでもあるから、どろどろした気が溜まって澱んでそれが形を成したらおぞましいものになるかもしれない」
「楓ならではの発想の展開、それもあるかも」
「気になる」
「とにかくまずは観光用の復元坑道を見学してその奥に祀られているものを確認しよう」
二人が復元坑道へつながる通路に入ろうとした時だった。
「見学の方ですか。よろしかったら御案内させていただきます」
声をかけてきた女性がいた。
胸からさげたネームプレートに「観光ボランティア 黄金浦郷土の
碧雲寺の観光ボランティアの浜村さんに雰囲気が似ている。世代も同じくらいなようだが髪色は明るめのブラウンでゆるやかなウェーブが卵型の顔をやさしく包んでいる。
白い丸襟のブラウスに夏ものの紺色のブレザーをはおっている。ブレザーの左胸のやや上の辺りにこの施設のキャラクターのものと思われるピンバッジを付けている。
キャラクターのデザインは金塊に背中合わせに腰かけて満面の笑顔をこちらに向けている女の子と男の子だ。黄金ツインズのゴールちゃんとデンくんと受付のポスターに記されていた。
「私、黄金浦郷土の
二人はどうしようかと顔を見合わせた。
「時間はまだあるのよね。もしかしたら浜村さんみたいに何か地元の話を聞けるかもしれない」
「観光客にこみいった話はしないと思うけど」
「浜村さんの河童の話だってたいがいこみいった話というか、まあ、伝説とは言っていたけれど、実際にあったことが元の話になってるような感じだったじゃない」
結局坑道の奥に祀られているものについてこの施設の公式見解をきいてみようということになって案内を頼むことにした。
「よろしくお願いします」
「見学楽しみです」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
山辺さんは挨拶をすると、復元坑道へ行く前に館内を通りながら展示物を紹介させていただきますと見学の手順を説明した。
「展示物がいろいろあるのですね」
「はい。歴史のあるところですので。学芸員が中心になりまして、職員の皆さん、私たち観光ボランティアで知恵を出し合って企画展も開催しています」
「ワークショップも砂金採り以外のものもあるんですね。面白そう」
「よろしかったら先に体験されますか。復元坑道の見学は午後4時半までですが、ワークショップは午後4時までなので」
山辺さんにすすめられて二人は体験ワークショップを先にすることにした。
体験ワークショップ教室は受付の左手の教室二つ分の広さのスペースに作られていた。教室は中庭に面していてそこに砂金採り体験コーナーがある。
教室には長テーブルと折りたたみの椅子が並べられていて貴石と裂織の紐でブレスレットやストラップが作れるようになっている。裂織の紐を使うように提言したのは久繰里あまねのようだ。ワークショップのリーフレットに担当者として記載されている。
「これ、見たことある」
「どこで」
「久繰里家の囲炉裏の間」
手にした紐の柄は久繰里家の囲炉裏の部屋に敷いてあった座布団のものと同じだった。着物一枚分をほどいて、長い部分を座布団カバーとして織り上げ、余った部分をワークショップ用に寄付したのだろう。
その紐は他の生地よりずいぶん手触りがよかった。着なれてやわらかくなった生地独特の風合いがあった。
生活の中に実用だけでない美を取り入れるというのが代々続く素封家の久繰里家の伝統なのだ。
「お好きな石と紐をお選びください」
山辺さんに促されて二人は思い思いに石と紐の組み合わせを試してみた。
江洲楓はフローライトと麻の夏衣の紐を、竹園灰はターコイズと藍染の浴衣地の紐を選んだ。
「紐に石を通してください。一番簡単な作り方をご説明します。
石を紐のまん中にもってきまして、もう1本紐を足してつゆ結びという結び方をします。つゆとは魚の鱗のことです。結び目が鱗ののように見えるところから名付けられました。
手首の回りの分つゆ結びをしましたら、2本一緒にもう1個の石に通して、紐の先をひと結びして、はい、手首に通して石を動かしてぴっちりしめたらブレスレットの出来上りです」
「できた。この結び方って伸縮性があるのですね」
「はい。素敵に仕上がりましたね」
「ありがとうございます」
二人は仕上がったブレスレットを見せあってから手首につけた。
「手首にぴったりするところが面白いね」
「重ねてつけてもよさそう」
「シルバーとも合うね」
「バングルに合わせてみるといい」
出来上がったブレスレットをすっかり気に入っている様子の二人に山辺さんが声をかけてきた。
「砂金採り体験はこちらの中庭になります」
山辺さんに案内されて二人は中庭に出た。中庭に屋根付きの砂金採り場が設営されていた。屋根の下に横長の桶が置かれていてぬるま湯の温泉がはってある。そこに砂金混じりの砂が入れられている。
砂金採りの方法がイラストで描かれている立て看板が立っていた。そのイラストの解説をしてから、山辺さんが最初にやり方を実演してくれた。パンニング皿をゆっくりと回しながら、集中して砂金を抽出する。見事な手さばきだった。
「上手、さすがですね」
「ほぼ毎日やってますから」
「とれた砂金はどうされてるんですか」
「見本でとったものは、元に戻します」
「そうなんですね」
「砂金は何かアクセサリーにはしないんですか」
「そうですね、レジンで固めてブローチにしたりはしますね」
「光が当たったらきれいでしょうね」
「砂金アートで絵を描く人もいらっしゃいます」
「面白そうですね」
「はい、それでは、集中して始めてください」
二人は並んで立つと手渡された丸いパンニング皿で砂をすくうと皿を回し始めた。コツがつかめるまでは苦戦していたが、慣れてくると面白くていつの間にか時間が経っていた。砂金採りは思いのほかに面白く二人はしばし夢中になった。
「では、そろそろよろしいでしょうか。見学コースにまいりましょう」
山辺さんの声かけでようやく二人はパンニング皿を置いて見学へと向かった。
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