第13話 ブリリアントグリーンの瞬き

「神秘的ね」


 蛍光グリーンの光のゆらめきが江洲楓の目を捉える。

 最初はうさんくさげに眉をひそめていたが、いつのまにかチェーンに吊るされてゆらめく光の塊に見入っていた。

 ドロップカットの宝石型の容器越しに、カラス玉は静かに緑の焔のような光を発している。じっと見つめ続けたら、どこか遠くに意識だけ飛んでいけそうな蠱惑的な光。

 竹園灰は、江洲楓のあやうい様子に気づくと、さっとカラス玉を手に握り込んだ。すぐに火は消えた。


「楓、気をつけて。ただでさえ惹き込まれやすいんだから」

 強い口調。

「得体の知れない相手からの得体の知れない預かりものにはどんな仕掛けがあるかわからない」

「そうかもしれないけれど。彼女は私を頼ってきたのだから、それで私の元にきたものだったら、丁重にお取り扱いしないと」

「昔から人びとを魅了してきたけれど、現代ではコレクターにも魅力あるものとなっている。日本で最初に作られたものは失われてしまっているそうだけれど、もし発見されたら、博物館に展示されるんじゃないかな」

「そんなに価値のあるものなの」

「工業製品として、工業デザインとしての歴史的価値があるんだと思う」


 そう言うと竹園灰はすらりとした長身によく似合っているボディバッグから四つ折りにしたコピー用紙を取り出した。

 

「これ、見て」


 江洲楓はコピー用紙を広げた。そこにはウランガラスについての記事がプリントされていた。


「これって」

「ウェブサイトで見つけた。ウランガラスの資料はあるにはあるんだけれど、目につくのは、コレクターが蒐集品を紹介していたり、アンティークショップや雑貨屋のオンラインショップでの商品の説明といったもの。歴史を辿った記事は簡単にまとめたものはあっても詳しくはない」

「じゃあ、これはどこで」

「灯台下暗しってやつ」

「図書館で見つけたの」

「そう。勤務先の閉架書庫にあった。検索してすぐにひっかかったんだけど、配架されてなければ場所に見当たらなくて、ずい分探した。わざとか、って疑うくらい探しまわった」

「紛失ではなかったんだ」

「見つけた時はうれしさより怒りがこみ上げてきた」

「灰をそんな風に感情的にさせるなんて、よっぽど探すの大変だったんだ。どこにあったの」


 江洲楓が尋ねると、竹園灰は眉根を寄せた。


「廃棄図書のボックス」

「え、それって」

「そう、あやうく廃棄されるところだった。除籍作業されてないのに」

「誰がそんなことを」

「わからない。いずれにせよ、廃棄前にチェックすることになっているボックスだったから、その時に見つかって、うっかり間違って入れられたってことにされていたと思う」

「その本に不都合を感じてる誰かがいるってことになる」

「除籍にはなってなかったし、禁帯出本でもないので、すぐに借りた。持ち運ぶにはかさばるので、そのページだけコピーしてきた」


 確かに人を惹きつける不思議な存在感がカラス玉にはあった。

 江洲楓は竹園灰に質問を投げかけていく。

 

「そのままだと黄色、レモン色なのに、どうしてブラックライトを当てると蛍光グリーンになるの」

「ブラックライトから出る紫外線の緑色の波長帯がウランガラスの蛍光放出帯と交わる帯域で蛍光グリーンを発色する」

「神秘的だけれど、危険だからこそ魅惑的なものが生まれるってこともあるよね。ウランって放射性物質でしょ、人体に影響はないの」

「天然に存在する放射線の多さを考えれば人体に影響があるとは考えられないレベルの量でしかない、とのこと」


 情報と理屈では理解できるが、実際にそれに触れて体調が悪くなった身としては、気になるところだった。


「これ、ガラスかと思ったけれど、ちょっと素材感が違う」


 竹園灰がラウンドブリリリアンカットのカラス玉を指先でいじりながら言った。


「え、そうなの」

「表面に弾力がある。何か薄い膜のようなもので覆われている。何だろう、これも気になる」


 カラス玉の様相が変化していくに従って薄気味悪さが漂ってきた。

 ペンダントを受け取ると、江洲楓はカラス玉を指の腹でなぞってみた。

 全指で触れた時には気づかなかった体温でぬめりが出てくる薄い膜のようなものが確かに感じられた。カラス玉の輝きがその被膜を通すことで微妙な屈折が生まれてゆらめきが生まれるのかもしれない。


「これの出所を探して。わかったらすぐに現地に向かうことにする」

「出所に、そのカラス玉の本来の持ち主の消息の手がかりがあるかもしれないってこと」

「そう。おねえちゃんさんは、なぜカラス玉を集めていたのか。どこから見つけてきたのか。おねえちゃんのおかあさんは、なぜカラス玉を捨ててしまったのか、悪い子なのか」


 江洲楓は久繰里あかりから聞いた話を思い返していた。


「ところで、今週末の読書倶楽部はどうするの」

「もし出所がわかったらすぐにでも行きたいから休みたいところだけれど、海開きの前の最後だから、やらないわけにはいかないな。サマーシーズンに入ったらここは保養地の夏季学舎になるから、子どもたちの出入りも増えるだろうし。落ち着いて過ごせる夏前の最後の機会を無くすわけにはいかない」

「了解。では諸事手配する。そのペンダントは、しまっておいた方がいいと思う。やたらに素手で触れないで。気をつけて」

「原材料が気にかかるものね」

「それよりも、本来の持ち主の意向がわからないのが不安、というか不審」

「本来の持ち主」

「おねえちゃん、っていう人」

「おねえちゃんさんの名は、信川美理愛しながわみりあ

「了解」


 竹園灰はうなづくとビロードで内張りした細長いペンダントケースにオーガンジーの袋に入ったカラス玉のペンダントを納めた。











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