第11話 がいします
玄関の前に竹園灰が立っていた。
すらりとした長身で、赤味がかった茶髪が整った顔立ちをさらり縁どり美しさをひきたてている。
竹園家は江洲家と所縁の深い家柄だそうで二人は幼なじみだった。
しかし、竹園灰は常に一定の距離をとって接してくるところがある。
子どもの頃は「ふう」と愛称で呼んでいたのにいつしか「江洲さん」と呼ぶようになっていた。
他人行儀に呼ばれるのに閉口して昔のように呼び捨てにしてと言い渡してからはしぶしぶ「楓」と名前で呼ぶようになった。
「おかえりなさい、楓」
「ただいま、灰。仕事帰りだよね、ごくろうさま。一週間たつの早いね」
いつもの挨拶を交わすと、竹園灰が扉を開けて江洲楓を家の中へ通した。
エントランスのサイドボードに大輪の百合とアマリリスがいけられていた。
ガラスのコンポート風のフラワーベースに純白と真紅の花がコントラストを描いている。
「きれいね、庭の花をいけてくれたの」
「花数が多すぎだったから。夏は風通しをよくしないと花が弱る」
「ありがとう、手入れしてくれるから助かる」
竹園灰はこの家のガーデニングも担当しているようだった。
週末ガーデナーの竹園灰の作りこみ過ぎない庭を江洲楓は気に入っていた。
江洲楓は百合を1本手にとると顔を近づけた。
「いい匂い。夏の夜の匂い」
そう言って竹園灰に花を手向けた。
「酔うね」
そう言って竹園灰は百合の花をフラワーベースに戻した。
「そういえば、電話があったんだけど」
歩きながら竹園灰が言った。
「誰から」
ロマネスク風のヴォールト天井を抜けたところの玄関ホールで二人は足を止めた。
「よく聞き取れなかった」
「無言ではなかったんだ。ククリかシナガワって言ってなかった。それに近い言葉とか」
「クではないけれどカ行の言葉だった気がする」
「カラス、じゃない」
「んんっ、どうだったかな」
「思い出したら教えて」
「了解。ところで、なぜカラス? 」
竹園灰の強い語気に後でゆっくり話そうと思っていた今日の事を江洲楓は話さざるをえなかった。今口に出したククリの久繰里あかりのこと、あかりの幼なじみの信川という名字の「おねえちゃん」のこと、カラス玉のこと、そして不審なメールのこと。
竹園灰は、聞き終えると、忠告してきた。
「メールの文面、あやしい。ねがいしますは願いますかもしれないけれど、文字が減っていくのだとしたら、次は、がいします……害します、つまり、楓が被害に合うことになるってことじゃない」
「そんな、単純な……」
「表出してる部分は単純なように見えても、根深い何かがあるのかもしれない」
「怖いこと言わないで。いつもは私一人でここにいるんだから」
「怖いの平気じゃなかった。悪魔のなんとかとか、なんとかの生贄とかって映画よく観てるし」
「フィクションは平気なの。続きは晩ごはんの後で」
江洲楓はそう言って荷物を置きに自室に向った。
資料の整理整頓は苦にならないのに、家事、とくに掃除が苦手な江洲楓は、自分の生活スペースを最低限確保して、後は邸宅のいくつもある部屋のあらゆる場所をクローゼットとして活用していた。
要は乱雑な物置き場と化しているのだった。
ただ、一見乱雑でもどこに何があるかは記憶しているので、勝手にいじられるのは拒否している。竹園灰は心得たもので、物を除けて掃除をしてから全てをまたもとの通りに戻すというワザを披露し、江洲楓の信頼を得たのだった。
クローゼット部屋が雑然としてる分、書斎と寝室はすっきりしている。寝室は鍵付きで貴重品はそこに置いている。江洲楓は通勤バッグをベッドに放り投げると、ロングワンピースの部屋着に着替え、年代物のドレッサーの前に座ってまとめ髪のバレッタをとり豊かな黒髪をせいせいと開放した。
「私と灰も学年は同じだけれど半年以上生まれ月は離れてる。灰は6月生まれで私は2月生まれ。確かに子どもの頃は幼かったと思う、早生まれだと。でも、灰のことはおねえちゃんって感じじゃなかったな」
今日の出来事に思いめぐらせひと息つくと、江洲楓は食堂に向った。
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