第3話 します

「灰、それってどういうこと」


 竹園灰が語った「おねえちゃん」こと信川美理愛の話に江洲楓は驚き詰め寄った。


 金鉱脈内は別電源だと山辺さんは言っていたが、乾電池でつく外灯が二箇所ほどに設置されているだけだった。管理はされているだろうが、つけっぱなしではすぐに電池がきれてしまうのではないかと不安になる。

 どうにもちぐはぐな感じがぬぐえない。この感覚は黄金浦に着いてからずっと江洲楓にまとわりついていた。


 心もとない明かりの中に、江洲楓の声が響いた。

 待っている10分は長い。

 なかなか戻ってこない山辺さんにしびれを切らし、仄暗い中に取り残されているという恐れの感覚が、じわじわと二人にまとわりついてくる。

 恐怖をはらうように竹園灰が語り始めたのが、信川美理愛の話だった。


「久繰里あかりさんが家に来た日、楓が帰って来る前に、雨乞麗嬢が尋ねてきた」

「雨乞麗嬢……事件にまきこまれて亡くなっていたはず」

「そう思っていたから、何か事情があるのだと思って、話をきいた」

「もしかして、かかってきた電話って」

「それはわからない。バスに乗ってきたと言っていた」

「え、バスに」


 それでは、あの日見たバスの人影はやはり雨乞麗嬢だったのだ。

 つけてきたのだろうか、多分、そうだ。


「私のところにあかりさんが来ていたことを知って、いいえ、あかりさんの後をつけてきて私と接触したのを知ったのね。もしかしたら、カラス玉のペンダントが私に預けられたのを知って、あとをつけてきたのかもしれない」


 竹園灰は江洲楓の話に口をはさまずに耳を傾けている。


「それで、雨乞麗嬢を家に入れたの」

「あの家の主は、楓、あなた。あなたの許可なく勝手なことはできない」

「では、どこで話をきいたの」

「サンルームから見える四阿あずまやで」


 あの日エントランスホールに飾ってあった百合とアマリリス。

 花を切りに庭へ出ていた竹園灰の前に、雨乞麗嬢は音もなく現れたのだという。

 気配を感じさせない相手を警戒し、花ばさみをかちんと鳴らして間合いをとった。

 雨乞麗嬢は両手をだらりと両脇に垂らして、無抵抗だと意思表示した。

 それを見て竹園灰は庭の四阿へと案内したとのことだった。

 

「時間はとらせないというので、話を聞くことにした。立ち話では目立つので四阿に座って聞いた」

「立ち話は目立つって、ひと気はないでしょ、まだ今は」

「だからこそ」

「だからこそ? 」

「四阿の柱を背にして後ろをとらせないようにした」

「用心深いのね」


 竹園灰は江洲楓の言葉に目だけでうなづいた。


「もしかして、サンルームから出入りした」

「出入りはしていない、換気はしていたけれど、私がいたから勝手に出入りはできなかったはず」

「灰が用心深いのは知ってる。でも、第三者がいたのね、言って欲しかった」

「言わないで欲しいと言われた。鬼気迫る勢いだった」

「灰がひるむくらいだったんだ」

「ひるんではいない、けれど捨て置けなかった」

「捨て置くって、それって」

「もうわかったと思うけど」

「わからない、ちゃんと言って」

「雨乞麗嬢は、信川美理愛さんと名乗った」

「それって」

「おねえちゃん――久繰里あかりさんが探している、おびえている、慕っている、全部の相手」


 竹園灰は、信川美理愛が語った幼なじみのあかりとの別離と再会、そして再びの別離と接触についてを江洲楓に伝えた。


「本人だって確証は」


 江洲楓はしばし考えこんでから言った。


「半信半疑だった。でも、これを渡された」


 竹園灰は、パーカーのポケットから古布をはぎ合わせた巾着袋を取り出した。


「それは、どうしたの」

「もらった。雨乞麗嬢から」

「信川美理愛さん、から」

「そう」


 ひと呼吸置いて、竹園灰は言った。


「彼女は、きっと助けに行くので、と言っていた。保証はあるのかときいたら、これを手渡された。目くらましくらいにはなると思います、と言っていた」

「それって」


 竹園灰は巾着袋の紐をほどいて中を江洲楓に見せた。

 そこには、ブラックライトと楕円形のビー玉のようなものがざらざらっと入っていた。


「あれは、これに弱いのだ、と。あれの過去の記憶がトラウマになっていて、一瞬だけれどひるむでしょう、と」


 江洲楓は、生徒に聞いた雨乞麗嬢の占いの話の時に出てきたルーンストーンのことを思い出していた。やはり占い道具のルーンストーンはカラス玉を加工したものだったのだ。


「カラス玉よね、それって」


 竹園灰は答える代わりにブラックライトでビー玉のようなものを照らした。見覚えのある蛍光グリーンが発せられた。

 「おねえちゃん」が集めては「悪い子のおかあさん」に捨てられていたカラス玉。


「この闇の中だと、救いの光に見える」


竹園灰は電源切れを懸念してすぐにブラックライトを消してしまった。


「あれ、の過去の記憶って、枇杷観音の伝説のことよね」

「多分。伝説は実話だったってこと」

「実話ってことは、生々しいことが関わってるのね」


 江洲楓が眉をひそめた。


「生々しいこと」

「欲にまつわること。旧家の存続には莫大な財が必要になるから、その調達に関わるようなこと」

「大義名分は、町の顔役として黄金浦全体を繁栄させるために必要な資金調達。それは、多分、表立って言えないルート」

「国や県からの助成金では賄えないってことよね」

「永遠に巨額の助成金が続くなんてことはない」


 江洲楓は考えこんでしまった。

 それから、新たな質問を発した。


「彼女が雨乞麗嬢になっていたのは、どんな理由があるの」

「雨乞麗嬢に身をやつしていたのは、ただ、彼女を、久繰里あかりを禍禍しいものから遠ざけるため。自分と彼女が二人揃うと寄ってきてしまう禍禍しい、けれど、あそこには必要な、なくてはならない存在から彼女を救うために」


 江洲楓は少女たちの親密な友情がいつしか分かちがたい情愛へと変わっていったのかと思い当たった。

 けれど、それは、多分、一方通行だ。

 信川美理愛は、大切な友人を守るという大義名分で、自分の気持ちを抑え込んでいる。昇華しきれるものではない気持ちを。

 だとすれば、あかりを守るために、自分の人生を捨てることなど造作もないことなのかもしれない。

 そこまでの熱さ、深さ、そして重さをあかりに気取られたら、きっと、あかりは逃げてしまう。

 後ずさりして、困ったような顔で、自分にあるかのように謝って。

 

 と、江洲楓の思考を遮ったのは、竹園灰の異変だった。


「一人を娶り、一人を喰らい、引き換えに富と繁栄を約束する、あれ。そのことわりを侵そうとするものを退ける役を担う、輝く財さずけるあれ、あれは」


 言いながら竹園灰は、突然、憑りつかれたようにどんどん目がつり上がりはじめ、口調も低くうなり声になっていった。

 しまいにはぜいぜいと肩で息をし始めた。

 竹園灰は何かに抗っているようだ。

 苦しそうに自分の両手でのどをかきむしっている。

 それはまるでアレルギー反応の症状に苦しんでいるようだった。


「どうしたの、灰、暗示でもかけられたの、雨乞麗嬢に化けてた信川美理愛さんに、それとも他に」


 突然、足もとを照らしていた明かりが、ちかちかしだした。

 

「え、どうしたの、こんな所で真っ暗はいや」


 江洲楓は竹園灰に抱きつくと、からだごと金鉱脈の壁に押しつけて言った。

 江洲楓の心音が竹園灰の心音に重なると、どくん、っと竹園灰が震えた。

 そして、膝から崩おれてしまった


「灰、どうしたの、ねえ」


 と、その時だった。

 江洲楓の携帯がうなり声をあげた。


「電源入らないって言ってたよね、何、これ」


 江洲楓の目に入ってきた画面には、ひと言、


「します」


 という文字が浮かんでいた。


「します? 」


 背筋を悪寒が走る。


「しますって、何を」

「シマス」

「えっ」


 今度は復元作業現場の電灯が明滅しだした。


「誰、今の声、山辺さん」


 明滅しだした電灯がスパークしたその瞬間に、金穿大工の人形たちがいっせいにこちらを向いた姿が照らしだされた。

 無表情な人形のはずが、その顔には、怒り、苦しみ、憎しみ、妬み、諦め――人間の持つ負の感情の全てが浮かび上がっていた。

 一攫千金の夢ははかないもので、一生地の底で苦しまねばならなかったものたちの怨念が滲み出てきているのだった。


「シマス、ジャマスルモノハ、コ、ロ、シマス」


 人形の口元が歪んだ。

 声はそこから出ているようだ。

 人形たちは、輪唱のように順番に「シマス」と言い募り、いつしか大合唱になっていた。

 声が少しずつ近くなってくる。

 闇から声が襲ってくる。

 野太い男達の声、声、声、声。


「やめて、やめてー」


 江洲楓は竹園灰に寄り添い両耳を抑えてしゃがみこんだ。









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