サラカツギの家

美木間

プロローグ

「きょうの景品は、カラス玉だよ」


 そう言っておねえちゃんが手のひらにのせて見せたのは、泥がところどころについているダイアモンドの形をしたプラスチックのおもちゃの宝石でした。

 おねえちゃんが、それをどこで見つけてきたのか、わたしは知っています。

 公園の一本杉の根元、カラスが光るものを隠しているところです。

 でも、それを言うと、おねえちゃんがおこって泣いて、しまいにはおねえちゃんのおかあさんがとんできて、こわい顔をして、もういっしょに遊んじゃだめ、と言うのでわたしは黙っています。


「わたしね。おかあさんがきらいなの。カラス玉をぜんぶ、捨ててしまったんだもの」

「わるいおかあさんだね」

「そう。おかあさんは、わるい子なの」


 わたしが、おねえちゃんのおかあさんのことを悪くいうと、おねえちゃんは、とてもうれしそうです。


「さあ、じゃあ、ひっぱりっこしよ」


 ひっぱりっこは、向き合って、相手の片脱ぎにした上着の袖口の一方をつかんで、よーいどんでひっぱりあう遊びです。

 自分の右手は相手の左の袖口を、相手の右手は自分の左の袖口を。

 先に、上着を脱がせてしまった方が勝ちです。

 勝った方は、景品をもらえるのです。


 力まかせにひっぱりあうので、たいていお互いにしりもちをついてしまいます。

 「あぶないからしてはいけません」とおかあさんから何度も禁止令が出ていました。

 でも、そんなことは、どうでもいいのです。

 

「いっ、せーのっ、せ! 」


 おねえちゃんのかけ声で、ひっぱりっこは始まりました。

 いつもなら、すぐにどちらかが根負けします。

 ところが、今日にかぎって、なかなか勝負がつきません。


「えい、えいっ」


 わたしが力いっぱい引っ張るのを、おねえちゃんは上手にいなして、なかなかバランスを崩しません。

 そうしているうちに、だんだん気が散ってきました。

 春の野原には、丈の短い名前のわからない草の間に、たんぽぽの黄色、しろつめくさの緑がかった白、からすのえんどうの赤紫、それから、実のなる前のへびいちごが、小さな白い花をたくさん咲かせていました。

 へびいちごは、小さくて赤くて酸っぱ甘そうでおいしそうだけど、食べられません。

 去年は、おねえちゃんに、おいしいよと言われて、口にしました。

 おねえちゃんのくちびるが、いちごの赤で、とてもきれいだったのです。

 歯に潰されたへびいちごの変な味に、わたしが、顔をしかめると、おねえちゃんは、べーっと舌を出して、舌にのせていたへびいちごを、ぺっ、と吐き出しました。


 四月生まれのおねえちゃん。

 三月生まれのわたし。

 へびいちごが赤くなる頃、わたしはおねえちゃんと一緒のクラスになっているのかな。 


「よそみしちゃだめ」


 きつい声がして、ふいに、ふわっ、とからだが浮いたような気がしました。

 へびいちごの花が、いっせいに実になって、真っ赤な野原になりました。


 金色の光が、目の前を横切っていきました。

 カラスが、自分の宝物を、取り返して飛んでいったのかもしれません。


 誰かがわたしの名前を呼んでいます。

 おねえちゃんの声ではありません。

 薄っすらと開いた目に映った景色に、おねえちゃんはいませんでした。










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