第一章
第1話 元図書室常連久繰里あかりの話
「おはよう」
「おはようございます」
大人になって就職した先で「おねえちゃん」は「わたし」こと
おねえちゃんは子どもの時のままきれいに成長していました。縁なしのラウンド型の華奢なメガネがよく似合っています。
お昼休みに、化粧室に行くと、メガネをとって目薬をさしているおねえちゃんがいました。
「覚えてるんでしょ」
声をかけてきたのはおねえちゃんからでした。
有無を言わせない口調は変っていません。
その一言で、私は、おねえちゃんと二人、野原に立っていました。
子どもの時の関係は、自分が望めば続くのです。
望まないなら、今、ここで、宣言しなければなりません。
「これ、あげるわ」
私のためらいなど一蹴する声。
おねえちゃんが差し出したのは、カラス玉でした。
金色の細い鎖が付けられています。
おねえちゃんの申し出を受けない選択など私にはありません。
私は、カラス玉を受け取りました。
「つけてよ」
おねえちゃんに言われて私はカラス玉のネックレスをつけました。
金の鎖は冷たいのに、カラス玉は熱をもっていました。
カラス玉はプラスチックのおもちゃで、ダイアモンドの形をしています。
首にさげると、プラスチックにしては重みがあるので、おかしいなと思いました。
手に持ってよく見ようとすると、「昼休みはもうおしまい」と言って、おねえちゃん私の腕を引っ張りました。
つかまれた腕にこめられた力の強さに、カラス玉に触れかけた手がはがされました。
私は席にもどりました。
誰かの出張のおみやげなのか、マカロンの包みが一つ、机に置いてありました。いちごの絵の描かれた包みを開けてマカロンを口に含みました。甘酸っぱ過ぎて、慌てて紅茶を飲み干しました。いれたままになっていた紅茶は冷めていました。
わたしは、ブラウスの上からカラス玉に手を当てました。
じんわり熱い塊が手のひらに伝わってきます。
その熱は、カラス玉から手のひらを伝って全身を駆け巡りました。
目を閉じると野原に二人、「おねえちゃん」と「わたし」が立っています。
「ひっぱりっこ、もう一回してよ、おねえちゃん」
「いやよ。今日はおしまい」
おねえちゃんは、カラス玉を陽にかざして片目をつむって観察しています。
カラス玉が欲しい私は粘ります。
「ねえ、お願いだから、もう一回」
「だめよ。欲しいなら、欲しいって、言いなさい」
なぜだか私は欲しいと言えませんでした。
私はがっかりして、「帰る」と言ってのろのろと歩きだしました。
おねえちゃんはすぐに駆け寄ってきて、一緒に並びました。
公園の一本杉の根っこの穴。
そこがカラス玉の隠し場所です。
カラスが悲しそうに、かー、かー、かー、と三回鳴きました。
私がそろそろ新しい職場に慣れてきた頃の連休明けに、おねえちゃんは会社をやめていました。
会社だけでなく、人生もやめていたのです。
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