第5話 再現人形の運命
「助けて、足が」
「楓、どうした、って、ちょっと、なに、これ」
江洲楓が取り落とした懐中電池に照らされて見えたのは、金鉱脈室内に倒れ込んでいる再現レプリカ人形の一体だった。
地面に固定してあったねじが数本はずれて右半身だけ移動できるようになっているのだった。
さらに強引に自らの腕を引き抜いたのか、不自然な長さに伸びている腕が江洲楓の靴の爪先を掴んでいた。
竹園灰は江洲楓の手をとって引っ張った。
「痛い、手が抜けちゃう、待って待って」
人形は左半身をがたがた揺らして足を固定しているねじをゆるめようとしている。
全部で4体ある人形のうち、1体が江洲楓の足を掴み、他の3体はそれぞれに道具を握りしめたまま、足をがたがたいわせてねじをはずそうと不気味な無表情でからだをくねらせている。
関節部分が摩擦音をたて、じじっと焦げくさいにおいがしてきた。
「火気厳禁だって何度言わせるの」
相手が人形だということも忘れて竹園灰が珍しくあせりを見せて言い放った。
「くつ、脱いで、早く」
「脱げないの、すごい力でくつの上からつかまれていて」
強烈な握力で締め付けられて江洲楓は足先の感覚が無くなりつつあった。
それと同時に顔から血の気が引いていく。
「ちょっと痛いけかもしれないけど、我慢して」
竹園灰は江洲楓の足を掴んでいる人形の指と足の間に、雨乞麗嬢こと信川美理愛からもらった巾着から取り出した楕円形のルーンストーンを強引にはさみこんだ。
「痛っ」
「すぐ済む、我慢して」
江洲楓の目に涙が浮かぶ。余程痛むのだ。
竹園灰はブラックライトを取り出すと「カラス玉であることを願って」とつぶやいてルーンストーンに光を当てた。
ぎゃっ、と叫び声がして、江洲楓の足から人形の指がはずれた。
ルーンストーンはくつの上からちょうど親指と人差し指の間にはさまっていた。
竹園灰はルーンストーンを素早く摘まみとると、態勢を整えて再びこちらに向ってこようとする人形目掛けて思いきり投げつけた。
ルーンストーンは人形の額に命中した。
人形は全身ショートしたように手足をばたつかせて、はずれかけていたもう一方の足のねじをはねとばした。
自由に動けるようになったものの、2,3歩こちらに向ってきたかと思ったら、いきなり動きが止まって盛大な音をたてて仰向けに地面に倒れ込んだ。
ブラックライトで額を照らすと、ルーンストーンが割れて中から小さな球体のガラス玉が現れた。
「カラス玉」
「カラス玉は、膜のようなものに包まれていたり、プラスチック製の宝石の中に仕込まれていたり、ルーンストーンに内臓されていたり、どうやら、それ自体をそのままにしておいてはいけないものらしい」
「やっぱり、ウランかな。実は人体に害を成す量がものによって多かったりするのかな」
「それはわからない。余程の遮断効果のあるものでないと、ただ包んであってもだめだろうし。そんなに危険なものだったら、身につけるものには使われない。たまたま急所にヒットしたか、回路を遮断させたか」
「精密機器は壊れやすいのかも、今のものと違って保護装置も完備してないだろうし」
「まさか、こんな風に暴れさせるとは思ってなかったでしょ、開設当初は」
教育施設の展示物として、子どもたちや来訪者に金山の歴史を、郷土の歴史を知ってもらい興味を持ってもらうためにつくられた再現レプリカ人形。
それが、勝手に改造されていたというのは管理責任を問われる状況だ。
「にしても、カラス玉入りのルーンストーン、足の指の間にはさまってくれてよかった。足の甲に刺さってたかもと思うと……助けてもらって申しわけないのだけれど。休日着物暮らしを始めて草履や下駄を最近はいてたから、あしの指の間が柔軟になってたから、入り込んでもすり傷ができるほどではなかった」
「着物暮らし、それは、偶然」
「予感がしてたからかな」
「卒業生のお見舞いに行った先で、暗闇に取り残されて機械人形に襲われるって予感? 」
「どうかな」
「まあ、いいよ。それより、残りの3体にもとどめを刺しておく」
竹園灰が手の指の間にルーンストーンを3個はさんで江洲楓の顔の前に出した。
江洲楓は、目をしばたたいた。
「とどめを刺すって物騒な言い方」
「じゃあ、封印する。邪悪なものがあの人形に宿ってる、禍禍しいもの放出してたし」
「灰は私の写真にも何か見たのよね。私には見えなかったけど」
「だから」
「なんというか、写真は写真でしかないし、人形は人形でしかない。どちらも人為的な介入ができる。わかっていても気味が悪い現象はあるけれど。どちらも霊的な邪悪なものが宿ってるんじゃなくて、こう、悪意ある人間のしわざじゃないかな」
江洲楓が言い終えた時だった。
残りの3体の人形を固定していたねじがいっせいにはずれて、こちらに向ってきた。
1体目が破損されたせいなのか、どうやら操作がうまくいっていないようで、動きに勢いがない。
懐中電灯を当てると人形の表情の禍禍しさも薄れている。動くほどに足がもつれ、腕がぶらぶらとぶつかり合い、顔を上げていることができず、手にした採掘道具を振り上げることもままらず、恐怖を感じる存在からはほど遠いものに成り下がっていた。
「楓、先に奥へ行って。非常口か通気口を見つけて」
「灰、一人で3体一度には無理よ」
「大丈夫、動きが鈍ってる」
「でも」
「早く、とりあえず足留めするから」
「わかった、気をつけて」
江洲楓は懐中電灯を握りしめて金鉱脈室を駆け抜け再現坑道の最奥へ向かった。
その直後、電灯がちかちか瞬きはじめた。
竹園灰は人形たちが電灯に照らされた瞬間を逃さず、3体それぞれの額にルーンストーンを投げつけた。動きの緩慢な人形に当てるのは簡単だった。
ルーンストーンは見事に命中した。
間近だったこともあり3体は次々と将棋倒しに仰向けに倒れていった。
倒れて重なり合うとそのまま動かなくなった。
「これって備品のはず。こんな風に壊したくはなかったけれど」
つぶやきながら竹園灰は倒れている3体のそばにしゃがんで、ルーンストーンの割れ目からのぞいているカラス玉をつまんで取り出した。
ウラン鉱床も金鉱脈もいずれも町に潤いを与えてくれる。
いずれも山からの恵み。
つまり、山のものが力を持っているのが黄金浦の町。
でも、今は、もう、山の恵は絶えた。
専ら海の恵みが、海から入ってくるものが、黄金浦の町を支える資源。
それを快く思わないのが山のもの、久繰里家。
そこに信川家が絡んでくる。
深入りしたら排除される。
「シマス」のメッセージを送ってきたのは、よそものは関わるな、ということに違いない。
竹園灰は、折り重なって動かなくなっている人形たちに一瞥をおくると、江洲楓の後を追おうと足を踏み出そうとした。と、足を前へ踏み出せずにつんのめって転んでしまった。
「え、なに」
今度は両肩をつかまれて何ごとかと振り返ると、最初に破損させた人形の顔が目の前にせまってきていた。
割れた額から血のようなどす黒く赤い液体が流れている。
竹園灰は息を飲んで思わず両手を差し伸べて人形の顔を押しやった。
と、今度は、額から流れていた液体を口に含んだ人形が、彼女の顔目掛けてどす黒い赤い液体を吐き出した。
ぬるりとした感触が舌に触れ、竹園灰は思わず顔をしかめた。
しかし、その液体は、においも味もなかった。
「血じゃない、色水、何なの、これ」
人形は液体を吐き出し終えると力尽きたようにぐしゃりと地面に崩れてしまった。
「いったい何がしたいの。誰なの」
竹園灰は坑道内のどこかに監視カメラがあるに違いないと思い辺りを見回して声を張り上げた。
声は反響して辺りを震わせたが反応はなかった。
「灰、どうしたの、早く来て、あったよー」
最奥部から江洲楓の声が響いてきた。
「今いく」
竹園灰は答えると、全4体の人形が倒れたまま静まり返っているのを確認して走りだした。
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