第五話:有意義な休日の過ごし方

「素材採集?」


「そ」


 四人の親交を深めてから、数日たったある日の放課後、アリッサが突然素材採集に行こうと言い出した。基本的にリシュフィール魔法学院における魔法薬学の授業では、教師が準備した素材を利用して魔法薬を作るため、素材採集を好んで行う学生は少ない。理由は2つある。一つは前述した通り、授業で用いる素材は教師が責任を持って用意してくれることである。もう一つは、魔法薬の素材となるような場所、それこそ森や沢になるが、そういった場所には野獣や魔獣など、様々な危険な生物が棲んでいることである。それらの理由から、素材採集を自分で行う学生は変わり者であり、アリッサもそのうちの一人であった。


「私、魔法薬作成を実用も兼ねた趣味としてるの」


「へぇ、そうなの」


 カーミラが感心したような顔をする。カーミラでさえも、授業以外では魔法薬の作成を行ったりはしない。というか普通の学生はしない。単純に面倒だからだ。予習復習であれば、教科書を見れば足りる。魔法薬そのものが欲しいのであれば、近くの街に行って買えばいい。アリッサは趣味が高じて、魔法薬を店に卸したりしてお小遣いを稼いでいる。そのため普通の学生では行かないような素材採集に定期的に行っている。お金はいくらあっても足りないのよ、というのは昔ロビンが魔法薬の作成について訪ねたときのアリッサの言である。


「ちょっと前に取りだめした素材がだいぶ少なくなってきちゃってね。ちょうど明日安息日だし、行きたいなー、って思ってたんだけど」


 アリッサは普段は、学院の近くにある広い原っぱで素材採集を行っている。取れる素材は他の場所と比較して少ないが、一人で採集を行うとなると安全に採集ができるのがそこだけなのだ。地道すぎる作業に嫌気がさすこともあった。


 アリッサはカーミラ、グラム、ロビンの順番で視線をやってから、言い放つ。


「カーミラも、グラムもそれなりに魔術得意でしょ? ロビンは……」


 微妙だけど、とアリッサが言いにくそうに言う。わかってるよ。僕が器用貧乏だってことは。ロビンは両手を上げて、気にしてないということを身振りで伝える。


「でもでも、ロビンは悪知恵がきくし、戦力外とは思ってないよ!」


 フォローになってないフォローありがとう、ロビンはため息交じりにそうつぶやいた。フォローしたつもりが、余計に他人を傷つけるいい例だった。


「ほら、四人で行けばちょっとだけ危ないって言われてるところにも行けそうな気がするのよね。魔法薬分けてあげるからさぁ」


 お願い、と両手を合わせるアリッサを目前に、ロビンはグラムとカーミラの方を伺う。グラムは「オラワックワクすっぞ」みたいな表情をしているし、カーミラもキラキラした笑顔でロビンの方を見ている。あぁ、行きたいのね。了解了解。心のなかで敬礼しながら、ロビンは面倒くさいなぁ、という思考をゴミ箱に捨て去る。


「わかったよ。明日の安息日に行こう。場所の目処はついてるの?」


 なんで自分がリーダーみたいな役割を担っているんだろう、と半ば愚痴めいた心の声を無視しながら、ロビンがアリッサに向き直る。


「リュピアの森! マナの質も良くって、素材採集には最適なの!」


 リュピアの森か。学院から馬に乗って3時間くらい。朝早く出たとして、素材採集に使える時間は4時間くらいか。ロビンは考える。


 問題はリュピアの森に棲んでいる野獣や魔獣の類だ。狼なんかは勿論いるだろうし、ウォーキングマッシュルームや、ゴブリンなんかもでるかもしれない。


「じゃあ、私お弁当作って持っていくわ」


 カーミラがウキウキした表情を浮かべる。カーミラにとっては友達と初めての外出だ。楽しみで仕方ないのだろう。でも。


「カーミラ、ちょっとまって、お弁当ってどんなの作ってくるつもり?」


「え? サンドイッチとかチキンのフライとか、そんなのをお弁当箱に詰めて持っていくつもりよ」


 厨房は食堂のものを借りればいいかしら、などとすごーく楽しみにしているところに水を差すようで非常に言いづらい。


「リュピアの森だと、野獣や魔獣に遭遇する可能性があるから、悠長にお弁当を広げられる余裕は無いと思うよ。荷物になるしね。食堂のコック長に言って干し肉と乾パンをもらってくるのがいいと思うよ」


「えぇ? そうなのね」


 酷くがっかりした顔をされてしまった。カーミラの吸血鬼の力があれば、野獣や魔獣など瞬殺であることは間違いないが、それを表沙汰にするわけにはいかない。カーミラには飽くまで人間基準で動いてもらわなければいけないのだ。至極常識的な意見を言ったはずなのだが……。


「ロビン、貴方には人の心ってものがないの?」


「ロビン、お前、見損なったぞ」


 アリッサとグラムがロビンを人類の敵を見るかのような目で睨みつけた。なんで僕が悪者みたいな目で見られないといけないんだ。憤るを通り越して呆れてしまって、ロビンは大きめのため息をつく。


「リュピアの森はこの近くの素材採集地としては、危険度は高めだよ。荷物はいざというときにじゃまになるから身軽にした方がいいし、食事も歩きながら食べられるほうがいいよ」


 この四人がいれば問題ないと思うけど、備えあれば憂い無しだよ、とロビンが付け足す。カーミラは未だにがっかりした顔のままだ。


「ピクニックは別日に他の場所でやろう。カーミラはピクニックしたかったんでしょ?」


 カーミラの顔が一転して輝く。そこまでしたかったのかピクニック。


「えぇ、私ピクニックしたかったの! さすがねロビン」


 カーミラからのお褒めの言葉に、ロビンも鼻高々だ。


「ロビン、貴方ってやっぱりいい人ね」


「ロビン、お前は変わり者だけど、人の気持ちを尊重できるできたやつだ」


 悪びれもなく、さっきとは180度回転させたことを言い放つ二人に、ロビンはいつかこいつらを崖から突き落としてやろう、そう心に決めたのだった。


「じゃあ、アリッサは僕ら四人分の外出許可書をもらってきて。言い出しっぺなんだし、それくらいはお願いしたいんだけど」


「了解!」






 そして、次の日、ロビン達は馬に乗って、リュピアの森の入り口まで来ていた。ロビン以外の三人はワクワクが止まらないといった顔をしている。


「ここがリュピアの森かぁ」


 アリッサがウキウキとつぶやく。初めて訪れる採集地に胸を踊らせているのだろう。


「ところで、目的はどんな素材なの?」


「そうね、薬草類は一通り揃えておきたいところ。魔獣の素材なんかも集まればベストね」


 魔獣の素材かぁ。ロビンは魔獣との戦いを想像して少し不安になった。この四人でかかれば、この森にいるぐらいの魔獣は狩り殺せるのはわかるのだが、何分実戦経験が少ない。気を引き締めないとな、とロビンは両頬をパチンと叩いた。グラムなんかは、実家の手伝いとして魔獣狩りの討伐隊に参加したりもしているとロビンは昔聞いたことを思い出す。自分が足手まといにならなければいいが。


 野獣と魔獣の違いは、その体内にマナを有しているかどうかである。体内にマナを有していることから、当然マナを利用して獲物を狩ったり、自身の縄張りを守ったりする。その一方で、死んでも死体に僅かなマナを残存させるため、魔法薬を始めとする、様々なものの素材として高値で取引される。


 ただし、魔獣はマナを保有していることから、生態系の上位に立ちやすい存在である。あまりにも増えすぎた場合、その近辺の生態系が大きく変わってくるため、定期的に王国の騎士団や、領主の私兵による討伐が行われる対象となる。また、魔獣はその生態が不明なところも多く、最近の研究ではマナの潤沢な地であれば、生殖によらず自然発生する場合もあるとのことである。


「何不安な顔してるの。この辺の魔獣は私一人じゃ厳しいけど、魔術師が二人がかりで攻撃すればやっつけられるって聞いてるよ。カーミラとグラムが戦力になってくれるなら、余裕だよ、余裕」


 そこに自分の名前が出てこないことに、かすかな情けなさを覚えつつも、ロビンは他の三人を見やる。


「じゃあ、行こうか。十分に気をつけながらね」


 慎重に森の中へと歩を進める。あたりは鬱蒼としていて、木漏れ日が彼らを時折照らした。腐葉土が靴の裏に柔らかい感触を伝え、そよ風が木々の葉をゆらしさらさらと音が流れる。潤沢なマナの気配を感じ、ほぅ、と息を吐く。


 森の中は迷いやすい。グラムが通り過ぎるたびに、木々にナイフで傷をつける。流石に慣れてるな。ロビンは心の中で感心した。


 一方でアリッサはキョロキョロとしながら素材を探している。しばらくあたりを見回すと、顔を輝かせる。


「あった! お目当ての薬草!」


「あれは……ヴィーヴィルの花だね。へぇ、こんなところにも咲いてるんだ」


 薬草を見つけたアリッサはかばんから鎌を取り出し、慎重に薬草を刈り取っていく。ロビンが予想している以上にたくさん生えているようだ。


「入り口から近いこんな場所にこんなたくさん群生してるなんて。やっぱり、いつもの原っぱとは違うね」


 ホクホク顔で、アリッサが刈り取った薬草を素材袋にしまう。そりゃ良かったね、とロビンが声をかけた。


「森の中心部に行けば、もっとたくさんいい素材が集まると思う。今日の目標はそこね」


 リュピアの森は、比較的小さな森だ。中心部に行くのであれば、ゆっくり歩いても一時間程度でたどり着けるだろう。じゃあ、改めてしゅっぱーつ、とアリッサが鎌をぶんぶんと振り回しながらにっこりと笑う。ロビンはカーミラの方をチラリと窺った。楽しそうにあたりを見回している。カーミラにとっても有意義な休日の過ごし方になっているようだ。


 森の中という環境に徐々に慣れてきた一行は、次第に足取りが大胆になる。ロビンの不安もすっかり拭い去られ、今は普段見られないような光景に感心しきりだ。こんな様子ならピクニックでも良かったかな。ロビンはそんなことを思った。その時だった。


「ストップ」


 グラムが小さくつぶやく。他の三人がグラムを見遣る。


「囲まれてるな。マナの気配は感じないから、狼かなんかだろ。追っ払うぞ」


 流石によく気づく。伊達に討伐隊に参加した経験を有していない。ドキリとロビンの心臓が大きく脈打つ。


「えっと、どうすればいいかな」


「連中に、こっちが格上だって、教え込んでやればいいんだ。命までは取る必要はない」


 下手すりゃ、生態系が崩れるからな。グラムはぼそりと付け足した。


「野獣は大体、火が苦手だ。ロビン、お前火の魔術使えたよな」


「うん」


「そこらにぶっ放してやれ、ただ注意しろよ、森が火事になったら本末転倒だ」


「了解」


 ロビンは、杖に記憶させている魔術を思い出す。今は二十強くらい記憶させており、その中で火属性のものは、確か四つだ。発火、炎の矢、炎爆、炎壁。この中で、一番火事になりにくそうで、かつインパクトが強いものは……。ロビンは杖を構えた。


「術式展開。キーコード、炎壁!」


 身体からマナが杖に引き出されているのを感じる。そのマナの奔流をできるだけ小さくコントロールし、杖から変換されたマナを放出する。


 炎の壁が一行の全面に現れ、周囲を熱していく。


「ちっ、一匹命知らずが来やがった。皆、気をつけろ」


 舌打ちをして、グラムが叫ぶ。


「術式展開! キーコード、魔剣!」


 グラムは自身の杖にマナをまとわせた剣を作り出し、構える。狼が一匹炎の壁をくぐり抜けて、こちらへ肉薄しようとしてきた。カーミラが杖を構え、臨戦態勢をとる。


 直線上に突進してきた狼を、グラムはひらりとかわし、すれ違いざまにマナの剣で横薙ぎに斬りつける。狼が悲鳴を上げ、体勢を崩す。が、致命傷には至らなかったようですぐに体勢を整え、ターゲットを移した。手負いの狼がカーミラとアリッサの方へ猛スピードで迫っていく。


「術式展開。キーコード、水銃」


 凛としていて、かつ落ち着いた声が、その場に響く。カーミラの体の前から、極限まで圧縮された無数の水の球が音速を超える猛スピードで打ち出された。水弾の8割程度が、狼の身体に突き刺さり、苦しげな断末魔の声を上げ、狼が絶命した。


「カーミラ、やるぅ」


 アリッサがちょっと引きつった笑顔で、カーミラに声をかける。


「流石にちょっと怖かったけど、なんとかなったわね。他の狼は?」


 カーミラが事も無げに言う。そりゃそうだろう。狼なんて彼女の敵じゃない。怖かったというのも建前だろう。狼と吸血鬼だと生物として格が違いすぎる。


「散り散りになって、逃げてったっぽいな。あたりに野獣の気配はもうねぇよ」


 グラムが辺りを見回しながら狼の不在を確認し、杖を振って、マナの剣を消し去る。あぁ、ドキドキした。遅ればせながら、背中を冷や汗が伝っているのをロビンは気づいた。


「ロビンもやるじゃねぇか。あんな緻密なコントロール、なかなかできねぇぞ」


「マナの量が少ない分、コントロールは随分練習したからね」


 ふぅ、と一息つきながら、グラムの褒め言葉に返答する。


「この調子なら大丈夫そう。よーし、ずんずん進むよ!」


 アリッサがえいえいおー、と腕を振り上げる。小さな冒険はまだまだ始まったばかりだ。

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