第九話:魔獣調査の始まり

 王宮に、ヘルハウンド出現の一報がリシュフィール学院から飛んできたのは昨夜だった。リュピアの森には本来いるはずのない魔獣である。即刻、騎士団が集められ、今後の調査と対策を検討する会議が開かれた。


 まずしなければいけないことは、リュピアの森の閉鎖だ。簡単な伝言を伝える魔術で、リュピアの森に最も近いリシュフィリアの街には、昨夜のうちに森を即刻閉鎖するように、との言伝を伝えてある。街の衛士隊が今日中には閉鎖を完了させることだろう。


 次にしなければいけないことは、現場の検証だ。なぜ特定魔獣がリュピアの森に突如現れたのか、その原因を突き止める必要がある。騎士団長のクイン・オールマンは、宮廷魔術省に協力を仰がねばならないな、と頭を抱えた。


 騎士団と宮廷魔術省は端的に言うと仲が悪い。魔術を道具としてのみ扱う騎士団と、魔術を神秘とし、その研究を進める魔術省。反りが合わないのは自明であった。しかしながら、有事の際には手を取り合い協力しあわなくてはいけない。いけ好かない宮廷魔術長の顔を思い浮かべると、クインは自分の顔が苦渋に満ちた顔になっていくことに気づいた。


「しかし、打倒したのはリシュフィール学院の学生四名ですか。信じられませんね」


 騎士団副団長のブランデン・スティネッカートは、驚きの声を上げる。ヘルハウンドは国でも特定魔獣に指定される、危険な魔獣だ。その討伐には騎士団一個師団が派遣されるのが普通で、それでも無傷で討伐というわけにはいかない。それを学生四人が打倒せしめたというのは、俄には信じ難い話であった。どれほどの腕利きの四人が集まっていたというのか。本人たちに事情を聴取する必要があった。


「確かに私も信じられん。だが、学生がヘルハウンドを打倒したという事実自体はとるに足らないものだ」


 重要なのは、なぜ比較的平和なあの森でヘルハウンドが出現したかということだ。クインはブランデン二層告げる。幸いにも、リシュフィール魔術学院を中心とした領土は王国の直轄領である。リシュフィリアの街も、リュピアの森も、その領土の内部に入っていた。領主との無駄なやり取りが少なくてすむ。それを差し引いても頭が痛くなる問題ではあるが。


「しっつれいしまーす」


「入るときはノックぐらいしてくれ」


 宮廷魔術長のネイト・バーカロウが会議室に入ってくる。


「呼ばれたから来たんですけど」


「呼んだのは私だ。ノックぐらいしろといっている」


「はぁい。はいはい、すみませんでしたー」


 ネイトは小さく舌打ちをして、形だけの謝罪をする。こういうところだ。こういうところが馬が合わないのだ。クインは深くため息をついた。


「それで、ヘルハウンドでしたっけ? 場所は?」


「リュピアの森だ」


「ふぅん。作為的なものを感じますねぇ。そもそもリュピアの森はヘルハウンドが生息するにはマナが絶望的に足りていません。打倒されなくても数日でマナ不足で命を落としていたでしょうよ。周囲の生態系を完全に破壊するってのをおまけにしてね。

 誰かが連れてきたり、召喚したりしないとそこに存在し得ない。マナの濃度から自然発生はない。ここまでは、脳味噌まで筋肉でできているあなたでもわかることでしょう?」


 なぜ、この男は説明の中でも息を吐くように罵倒してくるのだろうか。クインは殴りかかりたくなるのをこらえた。


「あぁ、わかっている」


「次は、他の場所からヘルハウンドがリュピアの森まで自身の足で来た、という可能性。これもだいぶ少なくなりますね。足が速いとはいえ、あんな巨大な魔獣がのそのそと移動していたら目立ちます。ヘルハウンドの主な生息地帯は山を二つほど超えたところにある魔の森。どこの国にも所属していない、無所属地帯です」


 ま、現場を見てみなければわかりませんね。涼し気な目元でそう結論づけた宮廷魔術長に、もとよりそのつもりだ、と騎士団長が答える。


「調査の拠点は?」


「リシュフィリアの街だ」


「リュピアの森にも近いですね。うちの若いのを何人か同伴させましょう。当然私も同伴しますが」


「それはありがたい。私は調査の合間を縫って、リシュフィール学院に事情徴収に赴くことにしている」


「学院に?」


 そりゃまたなんでです? と言いたげな顔でネイトがクインの顔を見る。


「今回、ヘルハウンドを打倒したのは、リシュフィール学院の学生四人だそうだ」


「学生四人……」


 ネイトが考え込む。確かに学生四人でヘルハウンドを打倒など、普通には考えられないことである。


「皆のもの。明日早朝には、リシュフィリアの街へ出発する。人員は先程伝えたとおりだ。宮廷魔術省の協力もある。調査と検証が今回の遠征の目的だ。心してかかるように」


 はっ、と会議室に詰めていた騎士全員が立ち上がり敬礼をする。会議は終わりを迎えたのだった。






 騎士団と宮廷魔術省の一団は、次の日の早朝、リシュフィリアの街に到着した。街から出てすぐのところにキャンプを設置し、一団が問題なく生活できるだけの基盤を作っていく。


 騎士団長であるクインはその作業が始まったことを確認すると、残りの指揮をブランデンに任せ、街の長に会いに行った。リュピアの森の閉鎖状況や、その他諸々のことを直接伝えるためだ。王国の直轄領であるこの近辺では、騎士団の自由な活動こそ認められているものの、仁義を通すことは重要だ。


 街長の館で、街長と面会したクインは、事務的に今回の遠征による協力に対する感謝を述べ、その後本題である、森の閉鎖や、調査の内容などを差し支えない範囲で話した。


 森の閉鎖は完了済みであるとのことだった。流石に直轄領だけあって、王国からの指示は速やかに届けられ、実行まで移されていた。リシュフィリアの街は王都に次いで大きな街だ。流石に対応も早い。


 街長の館を出て、キャンプに戻る道すがら、街の様子を観察する。ヘルハウンド出現については箝口令が敷かれているためか、住人らに不安がる様子はなかった。途中、酒場を見つけ、クインはしばらく思案し、中に入る。真っ直ぐにカウンターの席へ向かい、座り、手を挙げ店長を呼んだ。


「ミルクを頼む」


「ミルク……ですかい? ここは酒場で、酒を飲むとこなんですがねぇ」


「職務中だ。次に寄る機会があったら、酒を頼ませてもらうよ」


「そいつは残念で。ミルクなら五十クラムでさぁ」


 クインは、二百クラムをテーブルに置く。


「この辺で、不審な出来事はなかったか? 何でもいい。街中の噂。不審な人物の目撃情報。不思議な現象」


 店主は、代金を検めると、ゆっくりと口を開いた。


「あまり普段と変わってることはないですがねぇ。あ、そういえば、薄汚いローブを着た見知らぬ人物が街を散策していると、客が噂してやがりましたねぇ。体型からして女性。多分20代くらいの若い姉ちゃんじゃねぇかってそんな話で。大体昨日くらいからそんな話を小耳にはさみましてさぁ」


「他には?」


「う~ん。特に何も聞いてないですがね」


「わかった、協力感謝する」


 クインはミルクをぐいっと飲み干すと、追加で五十クラムをカウンターに置き、席を立った。


「また来るよ。今度は職務外でな」


「まいど」


 薄汚いローブを着た見知らぬ人物か。昨日から出没したということは、ヘルハウンドの出現とは直接的には関係がなさそうだ。クインは顎に手をあて、様々なことに思案を巡らせながらキャンプに戻った。






「騎士団長!」


 キャンプに戻ったクインは、新兵の声に出迎えられた。


「なにがあった?」


「それが……」


 なんでも、薄汚いローブを着た若い女がヘルハウンドについて詳しい話を聞かせろと騎士団に迫っているらしい。薄汚いローブ。先程酒場で情報を得た人物だろう。やれやれ、箝口令が敷かれているはずなのに、どこで漏れたのやら。クインはため息をつく。


 追い返せばよい、ヘルハウンドなど嘘っぱちだ、と言ってな、と新兵に告げるが、どうもことはそう単純ではないらしい。王家直属の身分証明書を持ち出して、自分には詳細な報告を効く権利がある、とのたまっているらしい。わかった、私が対応しよう、とクインは新兵の肩を叩き、未だ言い争っている様子の女性の元へ急ぐ。王家直属の身分証明書など、簡単に手に入るものではない。公式書類の偽造は重罪だ。様々な可能性を頭に入れて、クインは女性の肩を叩いた。


「騎士団になんのようですかな?」


 女性が振り返る。真っ赤な頭髪をポニーテールにし、美しいがいかにも苛烈そうな顔貌が特徴的な女性だった。


「私はアレクシア・ロドリゲス。此度のヘルハウンド打倒についての情報提供を依頼する」


「ヘルハウンド等と、どこで聞いた」


「私には私の情報網がある。詮索は無用だ。貴君らには私に情報提供をし協力する義務がある」


 そう言って、アレクシアは一枚の書簡をクインの目の前で広げた。クインはそれをまじまじと見つめる。王家の印、そしてそこにはこう書いてあった。「怪物処理人」と。クインですら噂でしか聞いたことがない、が、書簡が偽物には見えなかった。騎士団長という立場上、たくさんの王家の印が入った書簡を見てきた。本物も偽物もだ。クインの経験が告げる。この書簡は偽物ではない。


 怪物処理人。在るものは言う。化け物だと。大型の魔獣、亜人など様々な化け物を単独で仕留め得る存在。その存在は一部の人間にしか明かされておらず、噂の域をでないものであった。が、本当に存在しているとは。


「確かに、この書簡によると、貴方には相応の権利が認められているようだ。しかし箝口令が敷かれている。公的な場での発言には注意してほしい。何が聞きたい?」


「ようやく話のわかる人間が出てきてくれて助かった。ヘルハウンドを学生四人が打倒したというのは本当か?」


「信じ難いが、そのように報告を受けている」


 アレクシアは僅かに考え込むと、クインに告げた。


「私も調査に同行したい」






 クインはアレクシアを騎士達に客員として遇するように告げ、ネイトを伴ってリシュフィール魔術学院に来ていた。魔術学院の門番は、前もって話を通していたのが功を奏したのか、素直に学院長室に二人を通してくれた。


 二人は学院長室に入り、学院長へ頭を下げる。


「お久しぶりです。学院長」


「ご無沙汰してます。学院長」


「久しいな。壮健かね? オールマン、バーカロウ。風のたよりでは聞いていたが、随分と出世したみたいじゃないか」


 ハワードが懐かしむような声色で二人に声をかける。


「あのいたずら小僧どもが、よくもまぁこんな立派になったものだ」


「私はいたずら小僧と呼ばれてもおかしくないですが、ネイトもそうだったのですか?」


 クインの驚くような声に、ネイトは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。馬の合わないやつだとは思っていたが、もう少しだけなら仲良く慣れそうだ。クインはネイトの評価を少しだけ改めた。


「魔術の研究と称しては、同級生にいたずらしたり、致命傷にならない程度の攻撃を仕掛けたり、それはもういたずら小僧であったよ」


 学院長の目が遠い昔を見つめるように、静かに細められる。


「今日来た理由はわかっている。今、件の学生たちを呼んでいるから、しばらくソファにでも座って待ちなさい」


 二人がソファに座ると、使用人が紅茶を運んできた。クイン達は、しばらくの間、ハワードと談笑しながら茶を啜った。


 数分談笑に興じていたところ、ノックの音が聞こえた。


「入りなさい」


 ハワードの促す声に四人の学生達がぞろぞろと学院長室へ入ってくる。


「お初にお目にかかります。騎士団長様。宮廷魔術長様。カーミラ・ジギルヴィッツと申します、こちらは左からアリッサ・ホワイト、グラム・ハンデンブルグ、ロビン・ウィンチェスターでございます」


 一番親の爵位が上のカーミラが代表して挨拶をし、深くお辞儀をする。他の三名もそれに習って頭を下げた。


「ジギルヴィッツ……公爵家の」


「次女ですわ」


「ふむ、いや、これは失礼。私はクイン・オールマン。すでにご存知かとは思うが、宮廷騎士団の団長を務めている。こちらはネイト・バーカロウ。宮廷魔術省の長だ」


「お二方ともとってもお若いのですね。私、騎士団長や、宮廷魔術長なる方がいらっしゃると聞いてもっと歳上の方を想像してましたわ」


 クインは30代前半、ネイトは20代後半である。確かに異例の若さでの人事であった。


「よく言われるよ」


 クインはにっこりと笑った。


「本題に入ろう。ヘルハウンドがリュピアの森に出現し、君たちが打倒せしめたことは、学院長から報告を受けている。王宮はこの件について、重く受け止め、十分な調査と検討を行うこととなった。ヘルハウンドを打倒するまでの詳細を聞かせてほしい。嘘偽りなく。

 まず、最初に聞かせてほしいのは、誰がヘルハウンドに止めを刺したのか、ということだ」


「私です。使える限りの魔術を行使してヘルハウンドに止めを刺しました」


「君がか」


 クインは首を捻った。どう見てもこのか細い少女がヘルハウンドを殺したようには見えない。


「彼女は学院に入る前から魔術の訓練を受けていて、上級までの魔術を容易く扱います」


 ロビンが補足する。


「ふむ……嘘をついているようには見えない。ではヘルハウンドと遭遇した時から、打倒するまでのあらましをきかせてくれ」

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