第十一話:残存兵
「さぁて、全員集まってるか?」
帝国騎士団長、ビリー・ジョーが笑いながら、周囲の騎士団員達に声をかける。少なからず負傷してはいるが、その場に居たものの中に致命傷を負った者はいなかった。彼らの練度の高さの何よりの証拠である。
「しかし、お前ら、よく生きてたな」
ビリー達とは遅れて転移してきた副団長と彼に控える騎士達に、ビリーが笑いかける。彼らは王国騎士団とジギルヴィッツ公爵の隊に少なくない傷を負わされた一行だ。騎士団が撤退するときも、その負傷の大きさから殿を務めた。そのため、転移の魔術によってこの場に来るのが少し遅れたのである。
「適当にあしらった上で、混乱に乗じて逃げましたよ。いやぁ、もう相まみえたくないですね。王国騎士団。あの練度は平和ボケした王国の騎士とは思えませんでした」
副団長が苦笑いを浮かべながらビリーに返す。本当に奇跡的であった。王国騎士団長、クイン・オールマンに負傷させられた副団長は、負傷でもう立ち上がれないふり、つまるところ死んだふりをし、王国騎士達が去った後、周囲の兵を適宜あしらいながら戦線の混乱に乗じて逃げ出してきたのである。
彼らがたむろしている場所は、王家直轄領のリュピアの森、そのど真ん中であった。数ヶ月前一騒動となったヘルハウンド、それが出現した、その場所である。
「じゃあ、副団長。全員いるか確かめてくれぃ」
「はいはい、分かりました。総員! 整列!」
森の中で帝国の騎士団員たちが、各々少なくない痛みにうめき声を上げながらも、素晴らしい速度で隊列を組む。副団長が、消音の魔術をここら一帯に行使する。これで彼らの発する音は周囲にバレることはない。
「点呼!」
団員達が、各々番号を叫ぶ。団員の総数は団長、副団長含めて五十名。全員揃っていれば、団員が叫ぶ最後の数は四十八となる。だが、団員が全て数を叫び終わった時、その数は四十五であった。
「……三人死んだか、はたまた捕虜にされたか。まぁ生きててくれりゃいいけどなぁ」
ビリーが少しばかり寂しげな表情を浮かべ呟く。部下が行方不明。それは騎士達にとって重い事実、そのものであった。
「三人とも新人ですね」
「あぁ、分かってる。アランとゴードンとグランだな」
ビリーは自身の頭が良くないことをよく理解している。記憶力も良くないこともだ。だが、それでも騎士団の長として団員全員の名前と顔を覚えること、それだけは自身の責務として自覚していた。
「まぁ、大丈夫だ。俺の部下だ。死にはしてねぇさ。ただ、王国の捕虜ぐらいにはなってるかもなぁ」
ビリーの預かり知らぬことではあるが、彼の予測は正解であった。この場にいない三名。彼らはカーミラの置き土産によって意識を刈り取られ、そのまま王国の捕虜となっていた。
「さぁて、副団長。流石にここからは俺が話す」
「はっ。頼みます。団長」
ビリーが綺麗に隊列を組む団員の前に立つ。
「お前ら! あの大混戦のなか、よく生き残った。まずは褒めてやる! ここにいない三人は気の毒だが、それもまた戦争だ。くよくよしている暇はねぇ。俺らは暫くここに拠点を置き、王国の動向を探りつつ、王国中で散り散りになった兵士どもと合流する。その後は上が考えた作戦通り動く。交代交代で消音の魔術と、遮光の魔術をここら一帯にかけ、王国に俺らの存在を悟られないようにしろ。以上だ」
はっ、と隊員たちが敬礼する。一糸乱れぬその動きは、まさに彼らが騎士団として常日頃から訓練されている、その証拠であった。
「と、まぁ、お題目はここまでで、とりあえず治療だ。皆よく頑張った。作戦の開始は大体二週間後。ゆっくりと英気を養ってくれ」
その言葉の後は、副団長から各団員にそれぞれ役割が与えられた。帝国兵の生き残りを斥候をしながら探す者、拠点の護衛をする者、魔術によって拠点を隠匿する者。
役割を与えられた騎士団員達は、手早く自身の治療を済ませ、少しばかりの休憩をとり、次なる任務に備えるのであった。
「うーん……」
エライザは自身の執務室――以前の執務室とは違い、女王としての執務室だ――で、情報官から報告された内容、その書類をみて首を傾げていた。
「どうしたのよ。エリー」
呼び出されたカーミラが、うんうん唸るエリーをじろりと見る。カーミラの隣に佇むロビンも、エライザのその様子に、何を悩んでいるのだろうと、心の中で首を傾げた。
「あぁ、すみませんね。カーミラ。呼び出しておいて、放ったらかしにして。ロビンもご苦労さまです。貴方達の働きは私の想像以上でした。そこの袋に褒美が入っています」
エリーが書類から目を離さないまま、部屋の真ん中のテーブルに置かれた袋を指差す。カーミラとロビンが少しだけ顔を見合わせ、ロビンがおずおずとその袋を手に取る。ずっしりと重い。中を見てみると大量の金貨が入れられていた。カーミラがロビンの横から袋の中身を覗き込み、そして頭を抱えた。
「えっと、こんなに大量の金貨をもらっても使いみちがないのだけれど」
カーミラは公爵家である。金には困っていない。ロビンに関しても、程度の差はあれど同様で、ウィンチェスター子爵が善き内政を行っていることから金に困っているという状況にはなっていなかった。
「しょうがないでしょう。貴方達は学生。勲章を授けるわけにも領地を授けるわけにもいかないのですから」
「……確かに学徒動員なんて、政治的に聞こえが悪いものね」
「よくおわかりですね。ですが、何の褒美もなし、というのもきまりが悪いものなのです。どうぞ受け取って頂戴な」
白銀の少女がロビンが携える大きな袋をちらりと見て、それからロビンの瞳を見つめる。どうやらロビンも同じ思いのようだ。
「私達、これはいらないわ。金貨を貰うために闘ったんじゃないもの。このお金は、今回の戦で亡くなった兵達の遺族にあげたり、怪我人の治療に当てて頂戴」
その言葉にずうっとうんうん唸っていたエライザが、ようやく二人の方をチラリと見た。
「あら、欲が無いこと。でもそれは助かります。遺族年金に、負傷者の治癒、戦でボロボロになった平原の修復。これからの軍事費。国庫は火の車ですもの」
税金は上げたくないんですよねぇ、とエライザがぼやく。ぶつぶつと何やらつぶやき続けるエライザを見ながら、ロビンはそっと袋を元あったテーブルに戻した。
「で、女王陛下は何をお悩みなのですか?」
「あら、ロビン。聞いてくださるの?」
単純にウンウン唸っているエライザが気になっただけで、本格的に話を聞くつもりはなかったのだが、エライザが一転してとても聞いて欲しそうな顔でこちらを見てくる。心の中で大きくため息を吐いた。
「帝国の死者、捕虜、そして逃げていった兵達。どう計算しても数が合わないのですよ」
「えっと、死者と捕虜はわかるのですが、逃げていった兵はどうやって数を数えたのですか?」
キンズプレンズ平原に転がっている帝国兵を一つ一つ数えさせられた人間には同情を禁じえない。だがそれ以上に、撤退した兵士の数等、普通に考えて王国が把握できるはずがない。
「帝国軍は未だキューベスト領を占領中。予め斥候を忍ばせてあります」
元々キューベスト領は捨てるつもりでしたから、とエライザがぼそりと呟き、そしてまた書類に目を戻す。なるほど、とロビンは納得したが、それと同時に目の前の王女がどれだけ先を見越していたのかと、驚き、考え、そしてやめた。天才の考えは凡人にはわからないものだ。ロビンは短いこの女王との付き合いの中で、そのことを痛いほどに痛感していた。
「なので、帝国軍の駐屯地の状況は筒抜けなのですよ。斥候は普通の平民として一年ほど前からキューベスト領に潜伏させています。あそこの領民たちはそれほど酷い扱いを受けているわけでもないみたいですよ。帝国が蛮族という認識は少しばかり改める必要がありそうですねぇ。勿論反抗的な人間は散々な目にあっているみたいですけれども」
一年ほど前? 一年ほど前といったのか? この女王は。ロビンは目の前の美しい女王の非凡さに驚き慣れたと感じ始めていたのだが、その認識をすっかりと改める。
「ま、そんなことはどうでもよいのです。とにかく数が合わない。それが重要なのですよ。まぁ、ほんの数十名なのですけどね?」
またエライザが書類から目を離し、チラリと二人の方を見遣る。
まず、帝国の死者、捕虜、そして逃げた帝国兵の数、それを把握しようとする発想がロビンには全く理解できなかった。そして、ほんの数十名である。ともすれば、見落としてしまいがちであるその数を当たり前のように気にするエライザに、ロビンは彼女の優秀さを改めて痛感する。そして、それほどの情報を提示されたのだ。そこから導き出される結論、そこに至るにのにはロビンでも時間がかからなかった。カーミラがやれやれと肩をすくめる。
「つまり、その書類上から消えた帝国兵が、まだ王家直轄領に潜んでいる、ってそういうことね?」
「正解。その様子だと、ロビンも答えにたどり着いていたみたいですね」
感心、感心、とエライザが笑う。だが、その目は笑っておらず、ただただ書類と向き合っていた。
「わからないのは帝国の狙いがどれなのか。ただ、落ち延びた兵士が散り散りになっているだけならここまで問題視はしません。ですが……」
「相手は帝国。何を企んでいるかわからない」
カーミラの答えに、書類から目を離し、女王がニコリと微笑む。
「正解です」
エライザが引き出しから折り曲げられた一枚の紙を取り出し、机の上に広げる。広げた後、手でロビンとカーミラをこっちに来いと招く。二人は少しばかり顔を見合わせてから、彼女が広げた紙を覗き込んだ。王家直轄領の地図だ。
「怪しいのはこことここ」
「リュピアの森と、アナトリカトゥヴァシラの森ね」
「えぇ、隠れるのにはうってつけです」
すでにどちらにも大隊規模の兵を送り込んでいます、と女王が呟く。
「ですが、めぼしい成果は得られそうにありません。牽制程度にはなるでしょうが」
その言葉にロビンが思わず疑問を投げつける。
「それはどうしてですか?」
「消えた数十名。その内の殆どが、帝国騎士団なのですよ。ロビン」
彼は思い出す。目の前で転移魔術によって消え去った帝国騎士団長を。忘れかけていた憎しみが思い出され、右手をぎゅっと握りしめる。
「帝国の騎士団は優秀です。騎士団という名前で呼ばれているのがちゃんちゃらおかしいぐらいには。彼らは、戦の際に先陣を切るのは勿論、斥候、潜入、暗殺、内乱の鎮圧、様々な任務を遂行します」
騎士道精神も何もあったものじゃありませんね、と女王が嗤う。
「仮に帝国騎士団が潜入していた場合、王国の有象無象の兵では見つけるのは困難、いえ不可能です。消音の魔術。遮光の魔術。両方を同時に使われたら、見つけられません。それに、大隊が近づいた瞬間、彼らは痕跡一つ残さずに移動するでしょう」
奴らはそれだけの高い水準の練度を維持しています、と付け加える。
「不幸にも、捕虜とした騎士団員は三名。いずれも新人のようでした。尋問しても拷問しても、それと言った情報は出てきませんでした。多分知らされていないのでしょうね」
「拷問って、あんた!」
拷問という言葉に、カーミラが鼻息を荒くする。その言葉はカーミラにとってトラウマ以外のなにものでもない。
「カーミラ。情報というのは重要です。捕虜から情報を絞り出すのは当たり前。いちいち突っかからないでくださる? ことは王国の存亡なのです。こちらもなりふり構っていられません」
正論も正論である。うっ、とカーミラがうめき声を上げ、不承不承ながらも怒りを引っ込める。
「とはいえ、気にするだけ無駄ですね。帝国の企てがどれかわからない以上、対策は練れてもどうしても事後対応となってしまいます」
エライザが一つだけため息を吐くと、凝った肩を右手で揉みほぐす。肩凝りを治す魔術って無いのかしら、と益体もないことを考え始めるが、そんなことを考えている場合じゃないことに気づき、いけないいけないと気を取り直す。
「えっと、女王陛下」
ロビンが恐る恐るエライザに声をかける。聞いてみたいことがあったからだ。
「あら、ロビン。私と貴方の仲ですわ。カーミラと同じように『エリー』と呼んでくださっても構いませんよ?」
そんな畏れ多い真似できるか、とロビンは心の中で毒づくが、そんなことはおくびにも出さず、次の句を告げた。
「女王陛下なら、陛下が帝国の指揮官だった場合、この後どうしますか?」
そう、エライザはさっき「帝国の企てがどれなのかわからない」と言っていた。何かしらの見当はついているはずなのだ。
「私なら?」
そうねぇ、と女王が顔をうつむかせて考え始める。実を言うと考えるまでもなく答えはでているのだが、二人を前にしている体面上、考え込む振りをした。ややあって、顔を上げたエライザはゆっくりと右手の人差指をロビンの顔の前で立てる。
「一つは……、王都を直接打ちますかね。私を殺すか、質にすれば、帝国の勝利です。そのための策はいくらでも思いつきます。ま、当然対策もその数だけ用意していますが」
中指を立てる。
「二つ目は、王都、もしくはリシュフィリアの街に潜伏して流言を流します。流す流言はいくらでもあります。『女王が戦争によって重税を課そうとしている』だとか、『これを機に東方諸国が便乗して攻めてくる』だとか。民心は混乱するでしょう。致命的なのは『帝国はすぐにでもまた襲いかかってくる。その数は前回の倍以上だ、王国に勝ち目は無い』とかですかね。亡命する金持ちがたくさん出そうです。そうなると税金が不足して大変なことになりますね」
薬指を立てる。
「三つ目は王国の集落を片っ端から襲います。決して村人は殺しません。死なない程度に痛めつけ、火を放ち、食料やら物資やらを強奪します。王国はそれに対応せざるを得ません。村人を助け、糧食を分け、復興支援をしなければなりません。国庫が圧迫されますし、人的コストも馬鹿になりません」
そして、最後に小指を立てる。
「最後は、そうですね。魔術学院を襲います」
「魔術学院を?」
エライザが指を三本立てた手を解いてひらひらとさせながら、肩をすくめる。
「この戦争が、短期決戦とはいかないのは、どれだけお馬鹿さんでも容易に想像がつきます。となれば、次代の兵となり得る学生たちを根絶やしにする、というのがどれだけ有効か。わかりますね?」
その言葉にロビンがごくりと生唾を飲む。魔術学院が襲われる。それはつまり、グラムが、アリッサが、ヘイリーが、エイミーが、戦争という大きなうねりに巻き込まれる、ということである。そんなロビンの表情に気づいたのか、エライザがニコリと微笑む。
「大丈夫ですよ。どれもこれも対策はしています。とはいえ多少の死傷者は出るでしょうが」
多少の死傷者? 死傷者が出ては困るのだ。その中に、二人の大切な友人たちがいないと、誰が断言できるだろうか。
「それに、学院はもうすぐ再開します。戴冠式も終わりましたしね。そうすれば学院にはカーミラ、貴方がいるでしょう?」
じっとエライザを値踏みするように睨めつけていたカーミラが、突然話を振られ、ピクリと眉を動かす。
「……私だって、学院の全員を守れるわけじゃないわ」
「……ふふふ、まぁそうでしょうね」
カーミラの言葉にエライザはただただ微笑んだ。その微笑みにロビンは気づいた。気づいてしまった。この女王は、魔術学院を囮として使うつもりなのだと。目的は帝国騎士団の撃滅。
「女王陛下、貴方は……」
「エリー!? あんた、もしかして!?」
いきり立つ二人。だが、その怒気を持った言葉は他ならぬエライザによって遮られることとなった。
「さ、お話はこれでおしまい。私、忙しいの。精々気をつけなさいな。大丈夫です。有事の際には、リシュフィリアの街に潜伏させている兵がすぐに駆けつけますから」
エライザが手をぱんぱんぱんと三つ叩く。常に消音の魔術がかかっているこの部屋だが、エライザの右腕につけられた腕輪、それにより彼女の拍手の音だけは外に聞こえる、そういう仕組みになっていた。
その音に、女王付きの侍女が一斉に執務室へ入ってくる。
「お客様がお帰りです。丁重にお送りして下さい」
丁重にという言葉とは裏腹に、ロビンとカーミラは侍女達に両脇を抱えられ、王宮を追い出されるのであった。
一人になった執務室。無表情でぼそりと呟く。
「あの二人は、優秀ですし、色々と使えますけど、少し優秀すぎますわね……。まぁ、いいですわ。優秀な人間はいすぎて困ることはありませんもの」
いざとなれば、どうにでもなるだろう、と考える。また、その可能性は少ないだろう、とも。エライザにとって、ロビンもカーミラも自身の抱える駒、その一つに過ぎないのである。御し方は手慣れたものである。
「やることが多くて困りますね」
そう言って、エライザは一人、ニコリと微笑み、そして執務に戻るのであった。
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