第14話 復活

 ツルは三人の方に伸びてこなかった。ツルはサメの体に絡まり、縛りつけた。自分で自分を拘束しているのだ。


「何をしている! やれ!」


 蓮の叫びも虚しく、サメは自縛をやめない。そんな状態で、サメは口から炎を吐いた。炎はツルに燃え移って、サメの巨体を焦がしている。ツルが油でも吸っていたのだろうか。明らかな自殺行為だ。

 その巨体が、動き出した。サメ狩りたち……ではなく、蓮の方へ。


「やめろ! 来るな! お前の敵はあっちだ」


 燃えさかるサメの体が、蓮をひと思いに潰してしまった。地面が震え、巻き上がった風がサメ狩りたちに吹き寄せた。

 ノコギリザメの体は、黒いタール状になって、どろどろ溶けていった。やがてサメの形すら保てなくなり、水溜まりのように地面に広がった。

 そのどろどろの中に、仰向けになった凪義の姿があった。その傍らには彼のチェーンソーもある。


「凪義ィ!」

「凪義サン!」


 二人が駆け寄ると、凪義は目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。左目は潰れており、そこから血を流している。


「僕は……生きてるのか」

「バカなこと言うんじゃねぇよ!」


 鯱の口調こそ荒っぽいが、その声色はどこか嬉しそうである。


「助かりマシタ……凪義サンのおかげデス」

「そうか……よかった」


 凪義の顔面は蒼白であった。まるでここに至るまでに、物凄い労苦を背負っていたかのように……

 サメになった者が再び人間に戻った。鯱にもドナルドにも、凪義自身にも、それは前代未聞のことであった。術師が潰されたことで、しゅが解けたのだろうか。

 凪義の視線が、ある一点に集中した。そこは、蓮が押し潰された場所だった。

 潰れた蓮のところに、黒い塊のようなものがある。それはかろうじて人の形をしており、周囲にまき散らされたタール状の物体を吸収していた。


「グ……ギギ……ガガガ……」


 獣のような声を発しながら起き上がったそれは、確かに人型をしていた。しかし、その裸形はぼろぼろで、肌は黒く焼けただれている。目鼻の位置も分からぬほどに崩れた顔面は、もはや元の顔貌かおかたちを少しも留めていない。数多のサメたちを操り、多くの人生を狂わせた怪物としては、あまりにも惨めな姿だった。


「お前は僕の友を冒涜した。そして多くの人間を犠牲にしてきた」


 凪義はチェーンソーをつかみ、それの目の前に立った。


「先に地獄に行っていろ」


 刃を回転させないまま、凪義はそれを真っ二つに切り裂いた。


「ギエッ……ギッ……ガガッ……」


 縦切りにされたそれは、小さく声を漏らしながら、地面に溶けて消えていった。


 戦いは、終わった――

 

***


 遥か昔、政争に敗れて海に身を投げた公家が、海中で大きなサメに食べられた。公家の霊魂は悪霊となり、自分の命を奪ったサメの姿をとった。

 近代に入り、人間の乱獲によって多くのサメが絶滅の危機に立たされると、悪霊はサメたちの怨霊を少しずつ吸収し、力を強めていった。


 そんな悪霊が、あるとき一人の少年――黒縁蓮を捕らえた。彼は不運な少年だった。父親の会社が倒産して、思い詰めた両親による一家心中に巻き込まれたのだ。そして皮肉なことに、海に飛び込んだ両親は岸に打ち上げられ、蓮だけが離岸流に流されて亡くなったのである。

 生き残った両親の命脈も、長続きはしなかった。蓮の魂を食った悪霊が、彼の肉体を経て動き出し、両親の目の前に現れた。悪霊の祟りによって両親は鮫人間となり、そのままサメ化して海に泳ぎ出していった。

 悪霊は蓮の心の闇につけ込んだ。両親に裏切られた蓮は、凪義というかつての親友だけを心の支えとしていた。その思いを、悪霊は利用しようとした。

 悪霊と溶け合った蓮の心は歪んだ形で凪義を求め、凪義を最強のサメにしようと暗躍した。凪義を想う蓮の心が歪めば歪むほど、悪霊は心の闇を糧として力を増していった。


 けれどもそれは、巡り巡って悪霊自らを滅ぼすこととなった……

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