幕間 ドナルド・マコ
Dear Risa,
久しぶりです。立川市での暮らしはどうですか?
あなたがこのメールを読んでいるということは、きっともう私はこの世にいないのでしょう。
……なんていうのはウソです。
このメールを書いたのは、日本語を書くのが上達したことをアピールするためです。
……なんていうのもウソです。
この手紙を書いたのは、理沙に謝らないといけないからです。
中学生最後の試合に、私は出ることができませんでした。試合の直前にひどい腹痛を起こして、試合を棄権してしまったのです。
このお話は理沙も知っているでしょう。島に帰ってきた私を心配して、家まで来てくれたのですから。問題は、その後です。理沙は知らないでしょうから、私の身に起こったことを、ありのままお話しします。
団体戦で負けたのは、私のせいです。剣道部の仲間には、かなり恨まれたのでしょう。部長の望月が、古い灯台に私を呼び出しました。言われた通りに行くと、望月と副部長の森岡が待っていて、そこで二人に殴られました。
気が済んだ彼らが灯台の外に出ると、信じられないことが起こりました。突然、地面からシュモクザメのようなサメが跳び出してきて、森岡が食べられてしまったのです。
サメは私のことも食べようと、灯台に頭を突っ込んできましたが、頭のでっぱりが引っかかって、なかなか入ってこられません。私は怖くて怖くて、何とか上に逃げようとしました。けれども情けないことに、足が震えて動けません。
サメの頭がすぐ近くにまできたとき、私は足元に置いてあった工具箱につまづいて転んでしまいました。そのとき工具箱のふたがあいたのですが、そこにバールが入っていました。
逃げられないのなら、サメをやっつけるしかない。私は何回も、サメの頭にバールを突き刺しました。サメが動かなくなるまで、何度も。
サメをやっつけたとき、もう夕方になっていました。サメの体はだんだんと崩れて行って、最後はピンクの液体になって地面にしみていきました。
後日、私と望月は警察に事件のことを聞かれました。そこで望月は、こう証言しました。
「団体戦の敗北を責められたことを恨んだドナルドが森岡を殺害して、崖の下に突き落とした」
当然、それはウソなのですから、私は真実を話せばよかったのです。話そうとしたのですが、陸地にサメが出てきた、なんてことを信じてもらえると思えなくて、「自分がやりました」と自白をしてしまいました。
私は駐在に身元を預けられた後、船で網底島から東京本土に運ばれることになりました。東京行の船に乗ったのですが、またしてもサメに襲われました。前と同じで姿はシュモクザメなのですが、サメは口からツルのようなものを伸ばして、警察官をからめとって食べてしまいました。
私も、ツルにからまれそうになりました。足をひっかけられて転ばされ、思いっきり頭を打ってしまいました。
その後のことはぼんやりとしか覚えていないのですが……急に勇気が湧いてきて、ツルをつかんでサメを引っぱり上げ、落ちていた警棒で鼻っ面を何回も叩きました。気づいた時には、サメはもう海に沈んでいました。
結局、東京行は延期になり、私は家に戻ったのですが……家には誰もいませんでした。きっと私が殺人犯になってしまったせいなのでしょう。お父さんとお母さんは、自分たちの持っている船を使って、こっそり島を出てしまったようなのです。
私の身元は、頬白八千丞さんが預かることになりました。頬白さんのことは理沙も知っているんじゃないかな、と思います。網底島の名士? だそうですね。サメについて知っていた頬白さんのおかげで、私の潔白は証明されました。
私がサメを叩き殺したことを、頬白さんは知っていました。警察官の中に、頬白さんの知り合いがいたそうで、その人から私の活躍を聞いたそうです。
頬白さんは自分のポケットマネーで、サメを狩る自警団を組織していました。私もそこに入ることになったのです。
サメ狩りの人たちは、みんな荒っぽいです。同い年の
サメと戦うのはとっても怖いです。でもサメに人生を狂わされ、サメ狩りに拾われた私にとって、あの怪物たちとの戦いは義務だと思っています。いざサメを目の前にすると、やっぱり震えてしまうのですが……
何も言わずに理沙と離れ離れになってしまったことを、私はずっと謝りたいと思っていました。本当に、ごめんなさい。もし許してくれるなら、今度また将棋をしましょう。
でも多分、私はサメとの戦いで死にます。だから、メールを送るのは、これで最後にします。
今までありがとうございました。日本語があまりうまくなかったときに助けてくれたこと、将棋を教えてくれたこと、ずっと仲良くしてくれたこと、私を好きだと言ってくれたこと、全部感謝してます。
From Donald E Mako
追記
これを書いてから送信するまでに、三か月もかかってしまいました。くわしくは書けませんが、色々とあったのです。メール送るのは最後と書きましたが、また送るかもしれません。
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