第11話 大鮫魚

 もうもうと、天まで立ち上る黒い爆煙。


 ――突如、煙が割れた。そこから、巨大ザメの鼻っ面が飛び出してきた。


「何っ!?」

「嘘だろテメェ!? あの爆発で!」

 

 猛然と突進を仕掛けてくる怪物の姿を見て、凪義も鯱も驚愕を隠し切れない。あの大爆発を受けても、生きていたというのか――

 巨大ザメの突進を、二人は避けようとした。……が、間に合わなかった。巨体による追突の衝撃が二人を襲う。


「があっ……」


 凪義の体は、後方の木造小屋に叩きつけられた。衝突による骨格や内臓へのダメージは相当なものだったのだろう。口の端から血を滴らせながら、ふらふらと立ち上がった。


「鯱……」


 鯱の姿を探すと、彼は地面に突っ伏していた。駆け寄った凪義は彼の上体を抱き起したが、何の反応も示さない。


「そうか……」


 まるで悲しみを表す術がないかのように、凪義は静かに押し黙っていた。打ちひしがれた凪義の心は、もはや仲間の死に捧げる涙さえ出せないほどに麻痺しきっていたのである。

 自分と鯱。それを分けたものは一体何であったか……凪義は思考した。


 ――己が鮫人間だから、耐えられたのだ。


 常人よりも屈強な体を持っているのは、鮫人間に近づいているからだ。サメの匂いを感じ取れるのも、作られたサメたちには同類を感知できる能力が備わっているからだ。忌むべき鮫人間の力がなければ、自分は今まで戦ってこられなかった――凪義は悔しさを押し殺すように、自らの胸を服の上からぐっと掴んだ。

 ふと、凪義の耳が足音を拾った。視線を上に向けると、白い水干に灰色の袴が近づいてきていた。蓮だ。改めて近くで見ると、男のものとは思えない、妖しい色気をまとっている。

 凪義の行動は素早かった。チェーンソーを握り、下から上に振るって切りかかった。蓮はひらりと身を翻して、その刃をかわした。その動きには、余裕のほどが感じられる。


「もうボロボロじゃないか。ボクだってさ、凪義には死んでほしくないんだ。だからさ、無駄な抵抗はやめなよ」


 蓮は優しげに手を伸ばしてきた。その手を……凪義は平手でばしっと打ち、拒絶の意を表した。

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