第11話 ノコギリザメ

 蓮は鯱たちに背を向けると、驚異的な跳躍を見せ、巨大なノコギリザメの頭上に着地した。そして、蓮の体はずぶり、と、まるで泥沼に沈むかのように、サメの体に沈んで溶けていった。

 蓮の体を取り込んだノコギリザメは、その巨体を重々しく動かし始めた。砂利を引きずりながら体をくねらせ、川の下流側に向かって進み出した。その進みは決して速いものではない。しかし何しろ体長数十メートル、あの大鮫魚メガロドンに勝るとも劣らない巨躯が動き出したのだ。大怪獣の如き重圧感を放っている。

 

「くっ……やるっきゃねぇよなぁ!」


 鯱は少しばかり迷いを見せた。が、それを振り切るように、手りゅう弾を手に正面からノコギリザメを迎え撃った。危険な策だが、硬そうな外皮を避けて口内に爆弾を放り込むにはこの方法しかない。


「凪義ィ、テメェとは戦いたくねぇがよ……こうなっちゃあ仕方ねぇ」


 サメ狩りにとって、サメたちは討伐の対象以外にありえない。それは元仲間が相手であっても同じこと。それでも、戦友と干戈を交えることにためらいがないわけではなかった。

 腕にうなりをつけて、手りゅう弾を投げる。それはノコギリザメの口に吸い込まれ、喉奥で爆発した。けれどもノコギリザメは、何の痛痒も感じていないようだ。


「ちっくしょう! だめか!」


 体内で爆発エネルギーを浴びても足止めできないのだから、このノコギリザメは別格だ。これまで戦ってきたどのサメよりもタフでしぶとい。

 ノコギリザメは、自慢のノコギリ状のふんについた無数の刃を回転させた。その様子は、さながらチェーンソーのようだ。その吻が、横薙ぎにぶん回された。単調な攻撃だが、周りの空気ごと巻き込み風を起こすほどの勢いをもっている。

 鯱は風にあおられながら、何とかジャンプで吻をかわし、右側の土手に着地した。そこには陽葵が、矢をつがえて待ち構えている。


「こうなったら、俺の毒矢で!」


 鯱の次は、陽葵が矢を射かけた。狙ったのは……サメの左目だ。放たれた矢は、ノコギリザメの目……ではなく、その少し上の部分に当たって弾かれた。動く生き物の目を射るというのは相当に難しい。


「ドナルド、テメェは家を回って、逃げるように言ってこい」

「わ、分かりマシタ……」


 鯱に言われた通り、ドナルドは民家のある方へと走っていった。


尾長おなが陽葵ひなたって言ったか。青梅支部にプラスチック爆弾とダイナマイトをわんさか置いてきてんだ。オレたちで何とかしてそこまで誘い込めねぇか?」

「そ、そうですか。やってみましょう」

「よし、じゃあ走るぞ!」


 鯱は砂利を蹴って下流側へ走り出し、陽葵もそれに続いた。歩きづらい砂利の地面を、よくぞと思えるほど軽快に駆け抜けている。

 二人は逃げながら、爆弾と矢で攻撃を試みた。矢は弾かれ、爆弾も傷を負わせるには至らない。それでも敵の注意を引くだけの効果はあるようで、ノコギリザメは攻撃を仕掛けてくる二人の背をひたすら追っている。


「よっし、ようやく見えてきた!」


 斜面を上がり、公道を横断してしばらく走ると、そこには青梅支部の建物があった。鯱と陽葵は青梅支部を通り過ぎ、そこから少し離れた法面のりめんによじ登った。


「おんなじようなこと、葉栗鼠はりす島でもやったぜ……またこんなことになるなんてな。来いよ、ノコギリ野郎」


 鯱はポーチを近くの木に引っ掛けると、ソートレルの引き金に指をかけた。大鮫魚メガロドンに立ち向かったときと似たような作戦であることに気づいて、鯱は自嘲した。あのときは爆破でも倒せなかったが、今度は爆発物の量が違う。


「凪義ィ、テメェと一緒に戦ったの、結構楽しかったぜ。」


 ノコギリザメは、吻を振り回して木々をなぎ倒しながら、青梅支部に近づいてくる。


「オレもテメェも、親父をバケモンにされた仲間だ。テメェの死体は残らねぇだろうが、墓に手は合わせてやるよ」


 ノコギリザメの巨体が、青梅支部の敷地内に入り込んできた。その巨体が倉庫にのしかかったタイミングで、鯱は引き金を引いた。


 ――鯱と陽葵は、それまで見たことのない規模の大爆発を目にした。


「やったか!? やったよな!?」

「バカ、テメェそれはフラグってんだよ!」


 不吉な言葉を口にした陽葵を、鯱は肘で小突いた。


 ……そのフラグは、現実のものとなった。爆発に耐えたノコギリザメが、煙の中から姿を現したのだ。

 ノコギリザメの吻が、ばちばちとスパークした。次の瞬間、ごろごろと雷鳴が轟いて、二人のいる場所に稲妻が光った。雷が、二人の頭上に落とされたのだ。

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