第6話 二頭の悲哀

 旅館には、村長と駐在が現場に訪れていた。村長はとなったトイレ周辺を見るなり眉をひそめた。


「こりゃ酷い有り様だ。今までサメ狩りを野放しにしていたのが間違いだった」


 宿泊鮫ホテル・シャークを倒した凪義たちサメ狩り。だが彼らに向けられたのは、決して賞賛などではなかった。むしろ平気でトイレを爆破し、壁を切り抜いた乱暴者として、大人たちの怒りを一身に受けることとなった。

 村長と駐在、そして二頭。険しい面持ちをした三人の大人が、旅館のエントランスで凪義たちの前に居並んだ。


「……まだサメがどこかにいる」

「凪義っ! この期に及んでまたサメか!」


 二頭はかっとして拳を振り上げた。だがその拳は、駐在によって制された。


「凪義くん、君も孫なんだからお爺さんにこれ以上迷惑かけるな。取り敢えず三人ともうちで預かるぞ」


 駐在が凪義の右手をむんずと掴み、手錠をかけようとした。が、凪義は駐在の手を振り払った。そして足元に置かれていた血まみれのチェーンソーを掴むなり、仲間の二人に言い放った。


「逃げるぞ」


 サメ狩りたちの行動は素早かった。凪義の一言で、三人は脱兎のごとく逃げ出したのだ。当然、駐在は「こら、待て!」と叫んで彼らを追いかけたのであったが、彼らの足は風のように速く、大人であっても追いつくことはかなわなかった。


***


 その日の夜、雪丘と二頭は、三階にある雪丘の部屋で向かい合っていた。引率中に飲酒するわけにはいかないので、二人は緑茶を飲みながら話している。


「それで、サメ狩りというのは何なんです?」

「ああ……サメに殺された連中が作った自警団みたいなもんだ。サメを殺すためならどんな被害が出ようとお構いなしの異常者どもだ」


 サメ狩り隊は、元々網底島あみぞこじまという島で組織されたものらしい。今年は葉栗鼠島近海でおかしなサメが多く確認されているから、隊はそれを追って島に上陸したのかも知れない……二頭はそう推察していた。


「サメに? サメに殺される人ってそんなに多いんですか?」

「ああ……普通じゃありえないサメどもが現れてからは毎年死人が出ている。陸に上がるサメとかな」

「陸に……?」

「そうだ。おかしな話だろう?」


 二頭は咳ばらいを一つすると、手元の湯呑みにわずか残ったお茶をぐいっと飲み干した。


「……実はあの凪義という少年は私の孫なのだ。娘が生んだ長男だ。五年前か……凪義が十二歳の時に、あいつの両親と弟妹、皆行方不明になっちまった。その後あいつはしばらく網底島で暮らしていたそうなんだが……この前急に戻ってきおった」

「それで、サメ狩りとして活動してるってことですか」

「ああ、仲間の隊士を引き連れて戻ってきたんだ。今ではもうあの通り、めちゃくちゃやってるよ。凪義……優しい子どもだったんだがなぁ……」


 そう語る二頭の寂しげな表情に、雪丘は察するものがあった。

 言い終わると、二頭は大きく咳をした。さっきから声もがらがらで、調子が悪そうである。


「二頭さん大丈夫ですか?」

「ああ、何とか……ううっ……うっ……」


 二頭はのけ反り、苦しそうなうめき声を上げながら、喉を掻きむしり始めた。これはおかしい。診療所に連絡した方がいいのではないか……雪丘がそう思い、スマホをポケットから取り出そうとした。


 だが、スマホを取り出す前に、雪丘は見てしまった。

 二頭の頭が、のだ。


***


 水泳部員の一人、赤木は、廊下のトイレから出てきた所であった。この旅館は客室にトイレがなく、各階にある共有トイレを使わざるを得ないのである。


 ドナルドを旅館に連れてきたのは、この少年であった。旅館の前でぶるぶる震えているドナルドを見かけた赤木は、小便を漏らしそうなのかと思い、この金髪少年を自分たちの泊まる旅館に連れてきたのである。

 赤木は何となくこの異国風の少年が気になり、用を足した後に話しかけてみた。彼は両親が日本を気に入り移住したが孤児になり、サメ狩りの隊士を育てる師匠に引き取られた……ということを聞いた。

 その後、何となく時間を持て余していた二人は、エントランスのテーブルで将棋に興じた。ドナルドは想像以上に強く、赤木は全く太刀打ちできずに負けてしまった。


「あの外人さん、友達になれそうだったけど……あの人たちの仲間なのか……」


 サメ狩り隊。いかなる被害も顧みずにサメを討伐する異常な集団である。大人たちはそう言っていた。確かに砂浜での戦いは無茶苦茶であったし、先ほどの旅館の廊下でも、爆破やら壁の切り抜きやらでやりたい放題であった。赤木はあの心優しい金髪少年が、異常な集団の仲間であるとは思いたくなかった。

 けれども、彼らがサメを倒したのは事実だ。サメが陸や旅館の中にも現れる以上、もう安全な場所はない。現に部員二人が殺されているのだ。彼らサメ狩りを頼るより他はなさそうである。

 そのようなことを考えていた赤木の耳に、叫び声が聞こえた。声は顧問の雪丘の部屋から聞こえる。


「うわぁっ!」

「先生!」


 雪丘の部屋から、雪丘本人が飛び出してきた。この教師は、まるで妖怪にでも会ったかのように恐怖で顔を歪めている。


「赤木も逃げろ!」

「えっ……」

 

 雪丘に言われたが、赤木には何が何だか分からない。雪丘に続いてもう一人、大人が部屋から出てきた。


 現れたのは、頭がサメになっている奇妙な人間であった。サメ頭と、怯えた先生……赤木には状況が全く理解できなかった。

 

 そのサメ頭が、赤木の方を向いた。


 ぐるるる……


 サメ頭が、ぐにゃりとひしゃげたように歪む。ぐにゃぐにゃと歪んだサメ頭は、やがて分裂し、に変化した。


「化け物!」


 赤木は雪丘とともに、廊下を全力疾走した。

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