第7話 シャーク・ヒューマンの攻撃
「な、何ですかあれ!?」
「先生にも分からん! 二頭さん……旅館のオーナーが急にサメ頭になったんだ!」
赤木と雪丘の二人は廊下を駆けていた。背後から聞こえる足音は、間違いなくサメ頭の二頭のものだ。
その時、寝間着姿の青年が客室から出てきた。他の宿泊客と思われる。
「あ、危ない!」
雪丘が叫んだが、遅かった。青年の頭部は、サメ頭の大口によって一口に食いちぎられてしまったのだ。
「人食った! ヤバい!」
「赤木! 逃げるぞ!」
雪丘は、赤木の手を引いて走り出した。この水泳部顧問は赤木を連れてそのまま部員の泊まる客室に入り、扉を閉めて鍵を閉めた。
「先生! どうしたんですか!?」
「人食いサメ人間だ! しかも頭が二つある!」
「サメ人間? 頭二つ?はははそんなのいるわけ……」
「本当なんだよ! 先生は嘘なんかついてない!」
部員たちは当初こそ嘲笑をもらしたが、二人の切迫した表情を見て顔を凍りつかせた。陸に上がるサメやトイレに出るサメを見た後では、二人の話を疑う気になどなれなかったからだ。
その時、突然、どしんという音とともに扉が揺れた。
「……来た!」
赤木は震えて、部屋の奥に後ずさった。彼の精悍な顔は、すっかり恐怖で青く染まっている。雪丘は生徒を庇うように、扉と奥の間に立った。
数回、扉が揺れた。外から体当たりされているのだ。この旅館の古さを思えば、扉が長い時間耐えてくれるとは思えない。雪丘は汗まみれの手を握った。
しばらく扉が揺れた後、突然、ぱたりと揺れなくなった。もしや諦めてくれたのか……しかしだからといって、雪丘も部員も、安堵はできなかった。標的が切り替えられたのだとしたら、他の宿泊客が犠牲になってしまうからだ。それでも、この部屋が狙いから外されたことで、四人の緊張は幾分か緩んだ。
四人の体のこわばりがほぐれていった……まさにその時であった。
大きな音とともに扉が破られ、
「で、出たぁ!」
四人は金切声に近いような叫びを発した。双頭のサメ怪人は、そのまま部屋の中に踏み込んでくる。
もう駄目だ……サメ頭を前にした雪丘は、両腕で顔を覆った。
だが、雪丘がサメ頭に襲われることはなかった。
「え……」
サメ頭の二頭の右肩に、チェーンソーの刃が食い込んでいる。二頭の体は、そのままチェーンソーによって、袈裟切の形に切り裂かれてしまった。
倒れるサメ頭。その体から、血は流れていない。サメ怪人の体は徐々に崩れ、白い灰のようになってしまった。雪丘も水泳部員も、怪人の灰化には驚かなかった。火を吐くサメやホテルに現れるサメなどは、彼らの感覚を麻痺させるに十分であった。
後に残された灰の山。その後ろには、冷たい美貌をたたえた少年――凪義の姿があった。
「助けてくれてありがたい……でも今君が手にかけたのは君の……」
「ああ、分かっている。だがあれはもう僕の祖父ではない。サメになりかけの
凪義は抑揚のない声で、至極冷淡に返した。彼の無感動な冷たい瞳を、雪丘は末恐ろしく思った。曲がりなりにも自らの血縁者を手にかけたというのに、この美少年からは少しの動揺も感じられない。
「……優しい子どもだったんだがな……」
彼について、二頭はそう言った。孫のことを語る二頭の寂しげな表情を、雪丘は思い出したのであった。
***
翌朝、旅館には鯱とドナルドも戻ってきた。やはり駐在は彼らを捕まえられなかったようである。
サメ狩り三人の前には、水泳部員三人と雪丘、そして老若男女様々の宿泊客が立ち並んだ。凪義が館内アナウンスで招集をかけたのである。
「今からこの旅館は我々サメ狩り隊の司令部とする。異論は許さない」
凪義は開口一番に言い放った。
「助けてもらったとはいえ、文句を言う権利はあるだろう。横暴だ」
「黙れ! 爆破すっぞ!」
不満を言いに前に出た雪丘に、鯱が噛みついた。
「重ねて言うが異論は不許可だ。死にたくなければ指示に従ってもらう」
凪義に睨まれた雪丘は、思いがけずたじろいでしまった。この美貌の少年の放つ威圧感たるや、言葉で言い表せないほどである。
凪義は居並ぶ宿泊客たちの前で、険しい表情をしながら言い放った。
「この島には、敵の大将がいる。奴を討伐できなければ、この島は滅ぶ」
「誰だ、その……大将ってのは」
「この島が滅ぶって……いきなり言われても……」
居並んだ宿泊客たちが、にわかにざわめき出す。彼らの中で、戸惑いの表情を浮かべない者は一人としていなかった。
「敵は人をサメに変える、魔法使いのような者だ。
「じゃ、じゃあ昼間の便所ザメも……」
赤木がおずおずと凪義に尋ねた。問われた凪義は、ちらと赤木の方を見やって答えた。切れ長の美しい目を流す様は、視線を向けられた赤木をどきりとさせた。
「
凪義の話に嘲笑を投げかける者はいなかった。皆が皆、顔を青くしながら話に聞き入っている。火を吐くサメやホテルのトイレから出てくるサメといった存在が、「人をサメに変える魔法使い」などという突拍子もないファンタジーにいっぱしの説得力を与えていた。
「鮫人間が旅館に侵入してくるかも知れない。ドナルドをここに残して、僕と鯱で大将首を
凪義の話が終わると、宿泊客たちは無言でとぼとぼ階を上がり、部屋に戻っていった。宿泊客たちにあった反抗の意志は、すっかり霧消してしまった。
管理人室に引っ込んだ凪義は、椅子に座ってスポイトから口に赤い液体を垂らしていた。赤い液体……それは、火炎鮫や宿泊鮫との戦闘の後、どさくさに紛れて採取したサメの血液であった。
サメの血を飲み干した凪義は、そっと腕をまくり、左腕を上からなぞってみた。左の二の腕の皮膚はほんのり固く、ざらついている。まるで鮫肌のように……
「……進んでいる」
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