第7話 シャークの覚醒
――どうして。どうしてどうしてどうして。
せっかく力を得たのに、こんな結末はあんまりだ。あまりにも惨めだ。
「はは、はははは」
真帆の口から、笑いが漏れた。コンビを組んだサメは死に、頼れるのはこのハンマーただ一つである。負傷した右腕で、満足に振るえるものか……
凪義もドナルドも、厳しい戦いを潜り抜けてきた戦士だ。「鮫人間」という与えられた能力のみにあぐらをかいてきた真帆が、正面から戦って勝てる相手ではない。
不意打ちに失敗した時点で、さっさと逃げるべきだったのだ。周りは森林が多く、逃走にはちょうどよい土地柄なのだから。
「ぐっ……うぐぐっ……」
突然、真帆は喉元を押さえてうずくまった。何かを察した凪義が、地面を蹴った。チェーンソーを振るって、苦しむ真帆の首をざっくり切り落とした。
胴から離れた首が、地面に落ちる。その顔は、さっきの苦しみようが嘘のように笑っていた。
「あはははは! ざぁんねん! これで私の勝ちね!」
それだけ言い残して、真帆の首は灰になった。だが、残された胴体は違った。飴細工のようにぐにゃぐにゃ曲がったかと思えば、桜色をした風船のようにぶくぶくと膨らんでいく。もはや人間の形は保っていない。
膨れ上がった肉はだんだんと形を変え……とうとう見慣れた生き物の形に固まった。
「鮫人間がサメになったか……僕も見たのは初めてだ」
かつて真帆だったものは、灰色の皮膚をしたシュモクザメの形をとっていた。おそらく全長六、七メートルはある。
シュモクザメの口から、ラグビーボールに似た形をした灰色の塊が射出された。凪義がそれを避けると、塊は背後の建物の外壁を突き破った。どうやらこの塊は岩石でできているようだ。
凪義はとっさに、右に向けて走り出した。それに呼応するかのように、ドナルドは左に駆け出した。左右に分かれることで、敵の狙いを分散させようというのだ。
シュモクザメの注意は、ドナルドの方を向いた。ドナルドにいっぱい食わされたことを、根に持っているのかも知れない。
サメはドナルドの進路目掛けて岩石を吐き出した。ドナルドは大きく跳躍してそれをかわす。岩石は土をひっぺがす勢いで着弾し、地面に埋没した。こんなものが人体に当たれば、まず命はない。
ドナルドが注意を引きつけている相手に、凪義はサメの首元に回り込んだ。
「そこだ!」
凪義が狙ったのは……サメの喉元であった。唸る回転刃が、喉を突き上げた。
「……だめだ、硬すぎる」
喉元の皮膚は、異様に硬かった。まるで岩に刃を当てているかのようだ。刃の方がだめになってしまうので、凪義は喉を突き破るのを断念し、後ずさって距離を取った。
サメは大きく体をのけ反らせると、思い切り顎を地面に叩きつけた。この一撃が地面を鳴動させ、二人の戦士の足元をぐらつかせた。凪義もドナルドも、大きく揺れる地面に耐えきれず、尻餅をついてしまった。
立ち上がろうとしたドナルドに、サメは尾をくねらせながら少しずつ近づいていた。おそらく堅固な装甲に覆われている分、体が重いのだろう。その動きは緩慢そのものだが、それがかえって重戦車のような威圧感を放っている。
「おい、テメェら離れろ!」
二人の背後から、荒々しい蛮声が聞こえた。その声の主を、二人は知っている。
「鯱サン!」
「いいところに来てくれた」
「おうよ! 真のヒーローは遅れてやってくる、なんてなガハハ!」
先ほど真帆から鯱のことを尋ねられたとき、凪義はこう答えた。
「彼は船に乗りそびれたらしくてな……遅れてくるそうだ」
これこそ、凪義のついた嘘であった。実は最初から、鯱は別ルートで青梅支部に向かっていたのだ。
出発前、葉栗鼠島支部のパソコンに送られてきたメールを読んだ凪義は、その文面に不信感を覚えた。
――これは、頬白八千丞のものではない。
八千丞本人が書いたという
凪義の予想は、見事に当たった。青梅支部に呼び出されたのは、天竺真帆という鮫人間の罠であった。
鯱は建物の屋根に座り、クロスボウを構えて狙いをつけていた。それには矢ではなく、黒い円筒状の爆弾が装填されている。これは爆弾を投射する特別なクロスボウで、ソートレルというフランス語名で知られるものだ。
「爆鮫術その二ィ!
石弾を発射しようとサメの口が開いたそのとき、引き金が引かれた。射出された爆弾は吸いこまれるように入っていった。
爆弾を飲み込んだサメは、木っ端みじんという言葉が相応しい破裂の仕方をした。内側からの衝撃に押されて、体を覆う硬い皮膚がはじけ飛ぶ。その場を離れていた凪義とドナルドは、木の陰に隠れて破片を防いだ。
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